第32話 俺は再び人生を間違える

それからしばらくして王城から兵士が集まり敵は全員捕縛され取り敢えずは一件落着したと思う。

だが、


(俺は落着にはならないんだけどな・・・)


昔の癖でちょっと調子に乗っちゃったかな?という思いがある。

ただ王女殿下を攫われるのはさすがにまずいだろうということは俺でもわかる。

国の威信にかかわる。

結果オリオン家も被害を被(こうむ)る。

ならこれが俺にできる最善だったのではないだろうか?と、思わなくもない。


お父様の騎士隊にも衛兵の方にも死傷者は出ていない。

だが混乱に乗じたとはいえ、肉体能力に優れた獣人と一般兵士では明らかに差がある。

数で押したがこちらも傷を負った兵は多い。

まあ盗賊団は10人近く死んだらしいから、これも含めるとなかなかいい結果を出せたと思う。


(慢心絶対ダメ!!)


と調子に乗りそうな心を抑え、昔の失敗を思い出し心に歯止めをかける。


王城から近衛騎士隊が来て、王女を連れてすぐに帰ってしまった。

俺たちにも明日あたりに出頭するようにとのご命令だ。


チッと舌打ちしたいところを抑え、あとはお父様に任せてお父様の騎士10人に護衛されて家に帰る。


そして家が見えてきた。

神眼で見てみるとお母様が門の前に立っていた。

その風格はさながら立ったまま死んだとされる武蔵坊弁慶のごとき風格に思えた。


「あのちょっと用事を思い出したので・・・」


すると騎士の1人が


「申し訳ありませんが取り押さえてでも帰らせろとのお父様からのご命令です」


「ちょ、ちょっと野蛮では?」


「・・・」


目が今までの己の行動を振り返ってみろと言っている。


俺は死刑執行を待つ死刑囚のような面持ちで家路を歩く。


それからしばらく歩き、家がしっかりと見え、お母様が視認できた。

お母様もこちらに気づき、ドレスを着ているとは思えない速度でこちらに走ってくる。


俺は確実に怒られると思い、1歩後ずさり逃走の準備に入る。


だけどすぐ


(いや罰は受けるべきだ)


と思い直し、そのまま腹に力を入れ歯を食いしばる。


俺は前世で親に殴られたが、別に子供を叩くこと自体を反対しているわけではない。

言ってわからない奴には殴ってわからせるしかないと俺は思っている。

それと人としてやっちゃいけない事をした場合でもきっちり体で覚えさせるべきだと思う。

俺が反対しているのは無意味な暴力だ。

子供が殴られたことを納得できるように殴った理由についてきっちりと話さなければならない。

前世の親にはそれがなかった。俺は実年齢26歳になった今でも微塵も殴られたことに納得なんてしていない。


だが今回は違う。俺は殴られるだけのことをした。

故に罰は受けなければならない。


目をつぶり、歯を食いしばり衝撃に備える。


だがそんな俺の心情をよそに来た衝撃は予想よりも遥かに弱かった。


目を開けた俺が見た光景。


それはお母様が俺をギュッと抱きしめているところだった。


「あ・・・

お、おかあ「心配しました!!!」」


とお母様が俺を抱きしめながら言った。


「心配しました!!

あ、あなたはいったいどれだけ私を心配させれば気が済むのですか!!」


「あ、そ、その・・・」


今目の前で見ている光景が信じられなかった。

前世の俺の親の価値観が粉々になるような光景だった。

自分の母親が涙ぐみながら俺を抱きしめている光景が。


「あなたお付きの侍女から貴方が部屋にいないということを聞いて私は心臓が止まるかと思ったのですよ!!」


「あ、えっと、あの・・・」


「それから貴方達が王女様を攫った盗賊を捕まえたと聞いたときは目の前が真っ暗になりましたわ」


「ご、ごめんなさい」


そんなに心配されるとは微塵も思っていなかった。

自分なんていなくなっても誰も気にしない、誰も傷つかないと心のどこかで思ってた。


「いえあなたは何もわかってませんわ!レイン!

私が、私とロンドがどれだけあなたを愛し、そしてあなたのことを考えてるかを!!」


「私たちにとっては貴方の身がこの世の何よりも重要な者なのです!

そんなあなたがこんなボロボロになって帰ってくるなんて・・・」


確かに俺の服は所々やつれたりほぐれたりしていて、動き回ったせいかボロボロだ。


「け、けがはしてませんが・・・」


何の言い訳にもなっていない。

だけど自分は大丈夫だということを伝えたかった。

こんな男のために泣かないで欲しかった。


「ケガの有無は問題ではないのです!

王女様を助けたということは1歩間違えれば命の危険があったということでしょう!?

私はそのことを言っているのです!!」


「す、すいません」


正直最後はさすがにあせった。

それ以外でも作戦がうまくいったことが大きい。


死にはしなかっただろうが最低限の危険はやはりあった。


「レイン!約束しなさい!

もう2度とこんなバカなマネはしないと!

もうこんな危険なことはしないと!」


できない。

そんな約束できない。

これからこの程度の危険は日常茶飯事になるようなことをするのだ。

俺はクズだ。前世では事あるごとに約束を破ってきた。今では思う。

こんな信頼できない男はいないだろう、と。

だからこの世界に来た時決めたのだ。

嘘はついても約束だけは破らないと・・・。


「さあレイン!約束しなさい!そして私を安心させて頂戴!!」


とお母様の目がしっかりと俺をのぞき込んでくる。


はい、約束します。


そういえたらどれだけ楽だろうか。

だけど


「・・・できません」


何とかそう言葉を絞り出し、それからいつものようにお母様から目をそらす。


「なんで・・・何でよレイン・・・」


と言ってお母様が俺から離れ、ふらついてしまう。


すぐに横にいた侍女が駆け寄りお母様を支える。

そして


「い、今はレイン様もお疲れでしょうし奥様も気を張って大変疲れております。きょ、今日はこれくらいにしてまた後日お話ししましょう」


と提案してくる。


「そ、そうですわね・・・

レイン、あなたも今日はゆっくり寝てまた明日お話しましょう」


といってお母様はそのまま家に戻っていく。


「さあ、レイン様も」


と促され俺も家に戻っていく。


そして一言もしゃべらないまま着替えとご飯を食べた後自室に戻る。


そこには・・・メイドがいた。


「あ、と・・・」


とメイドの方を見る。


「・・・なぜ私を連れて行かなかったのですか?」


と聞いてきた。


「止めると思いましたので・・・」


するとすぐに


「はい、絶対にお止め致しました」


といった。


「私はレイン様の身に危険が迫れば、たとえこの身が燃え尽きようとお守りするつもりです。

それがあの時助けられた私の使命であり、しなければいけない職務だからです」


そして一度深呼吸をして口を開いた。


「私は、私はもし貴方が傷1つでもつけて帰ってきていたら責任を取り自害するつもりでした」


!!??


「な、なんで!?そ、そこまでする必要は「ないでしょう」」


と口を挟んで否定した。


「あなたの命が無事であれば近衛侍女としての役目は果たしているといえるでしょう。

ですが私(・)が納得できないのです。

平民の分際で公爵の次期当主であらせられるレイン様の護衛を任せられながら自身は安全なところでのうのうとしていることが!!」


と語尾を強めながら言った。


「で、でもそれは僕が・・・」


「関係ないのです!!」


と突然大きな声を出し言った。


「大声を出して申し訳ございません。

ですが関係はないのですよ。

レイン様がどこへお向かいになられても横に居続け、そして有事の際には盾になってでもレイン様をお守りするのが近衛侍女たる私の役目なのです。

故に危険な地に赴こうとするのであれば身を賭してでもお止めするのは当然ではありませんか?」


「そ、そう・・・です」


「なにより私は奥様にご心配をかけさせたくないのです。

レイン様の事はすべて奥様にお話ししています。

でなければきっとレイン様に何かあった時私たちは何もできなくなってしまうだろうと奥様からのご命令です。

私もそうです。

結果私は今回何もできなかった」


そんなことはない。


「そ、そんなことはないです。

スクナとアイナを鍛えてくれて非常に助かりました」


「私の仕事は盾になり剣になることです。

総大将が前で戦っているのに後ろで指揮する将軍がいるでしょうか?」


討ち取られたら敗北の決まる総大将が前に出ているのに前線で戦うはずの人間が気づいたら後ろに取り残されていた。

勝ったからいいものの本人がそれを許せるかは別問題だ。


「スクナとアイナに魔法の才能があるとはいえ魔法は決して万能ではありません。

彼女たちはまだ戦士とは程遠い存在です。

それをお忘れなきよう・・・」


・・・


打ちのめされていた。

軽い気持ちでやっていたのにここまで心配され、しかも傷一つで危うくメイドを失うところだった。


「・・・

軽率な行動でした。

心配をおかけしてすいませんでした」


と言って頭を下げる。

自然とそんな言葉が口から出た。

まさかここまで言われるとは思わなかった。


「これからはくれぐれもよろしくお願いします」


といってあちらも頭を下げる。









そして戦う人間として興味が出てきたのだろう。

俺にこう聞いた。

「あの一つ質問をしてよろしいでしょうか?」

「はい?どうぞ」

「ありがとうございます。

では、スクナとアイナのレベルですが10レべを少し超えるくらいだったはずです。

倒した盗賊は4人とお聞きしました。

レベルまでは聞いておりませんが、15から強い者だと30いくかどうかだったと思います。

レイン様ははっきり申し上げれば5レべいくかどうかのはず・・・

どうやって倒されたのですか?」

5ではなく50レベなのだがもちろんそれを言うわけにはいかない。

(・・・どうするか。

メイドは確実に俺の魔導王のスキルを知っているだろうし・・・

迷惑かけまくったみたいだしこちらも誠意をみせる必要があるよな・・・)

あそこまでやって実は俺を騙すための演技ということもないだろう。


そして深呼吸を1つする。


「あ、あのですね、実は僕、魔法が使えるんですよ」


と言った。


「は?」


こんな時に何言ってんだ?という顔になった。


「ですから僕はスクナが魔法書を見ているのを盗み見て魔法を覚え、そして密かに練習していたのです。

ごめんなさい!」


ととりあえず謝っておく。


「い、いえれ、レイン様・・・それは嘘ですね」


と気を持ち直したメイドがそう言った。


「え?な、なぜ?」


(?

なんだ?

今のは聞いてなかったことにしてやる的なあれか?)


そう思った俺にメイドは言い放った。


「何故なら・・・」


と少し言いよどむ。


「何故なら?もしかして魔法才能が一個もないことですか?」


すると突然メイドが

ビクッ

とした後信じられないものを見たという顔で俺を見た。


「ご、ご存じだったのですか?」


当たり前だ。

そもそも魔法書を見せてもらったらふつう唱えるぜ?


「はい」


するとメイドは一呼吸していった。


「であるならば仕方ありませんね。

レイン様には魔法の才能が1つもありません。火、水、土、風、光、そして闇の1つもです」


「はい知ってますが?」


そんなこと関係ないだろう?


「いいですか?落ち着いて聞いてください。

魔法才能がない魔法は絶対に使うことはできません。

魔法才能は完全に先天的才能。

そしてそれがないレイン様は今後生涯絶対に魔法が使えるようになりません」


とこれ以上なく真剣に俺に言った。


「はっはっはっは!!いやいやそんなこと関係ないですよ!」


と俺は場を和ませるためにちょっと無理して笑った。



「だって僕には魔導王がありますから」



・・・

場がシーンとなった。


「あれ?どうしました?」


するとメイドは口を開いた。




「魔導王って何ですか?」




「え?」

お父様とお母様から聞いてなかったのか?

(いやいや俺は覚えてるぞ!!俺が生まれた日確かに彼女がお父様の後ろにいたことを。

なら一緒に魔眼石で俺のスキルが見えているはずだ!

なんだ?ここにきてど忘れっすか?)


「いえですから魔導王ですよ、お父様かお母様から聞いているでしょうに・・・

ああ、それとも能力を知らなかったのですか?

でしたら仕方ないですね・・・

信用して一部をお教えましょう。

それは・・・」


「ま、まってください!お待ちくださいレイン様!

何を仰っているかが全く分かりません!

魔導王など見たことも聞いたこともありません!!」


「は?」


え?ここで嘘ついちゃうの?わかってるんだよ?見たことはあることを。


「ど忘れですか?

それともあれでしょうか?

聞かなかったことにしてやるから今後一切その話はなしみたいなあれですか?

ならすいませんが僕そういうのに鈍いのではっきり申してもらっていいですか?この場を盗み聞きしている人間は絶対にいないと保証いたしますので」


神眼を発動し、部屋の外や屋根裏、クローゼットの中まで見渡す。

当然潜んでいる人はいない。


折角マジな話をしようとしていたのにはぐらかされさすがの俺もちょっとだけカチンときた。

俺の怒った空気がわかったのだろう。

メイドが焦ったように言った。


「い、いえ違います。

私は本当に魔導王なるものは知らないのです」


「?

聞いてないのですか?

レア度9のスキル 魔導王を?

ありえないでしょう」


すると逆に気持ちを建て直した侍女が言った







「スキルの最高レア度は7です」


と。


「は?何を言っているのですか?」


突然背筋に何かが走ったような気がした。

なにか絶対的な過ちがあるような気がしたからだ。


「ですからこの世界に存在するスキルの最高レア度は7です」


とはっきりと言った。


心臓が今までで一番鼓動を打っている。

手先が震え、適温に保たれているはずの室内にいるのに寒気がしてきた。


「い、いやだって・・・」

(なにか・・・なにか反論できるもの!!なにか!そ、そうだ!)


「こ、この国にはたしか伝統として魔眼の儀があったと聞きました!

貴方ならその場にいたはず!!なら・・・」


そう焦りながら言った俺にメイドはこう返した。


「はい、確かに私はレイン様がお生まれになるときあの場にいました。

当然あの場で魔眼石でレイン様のステータスを見ております」


「な、なら・・・」


「あの時書いてあったスキル欄のスキルは

レア度4 MP上昇率大

レア度5 神速

レア度6 我が矛は最弱なり、我が盾は最強なり

レア度7 魔力全吸収

レア度7 無詠唱


・・・以上です」


「な、なにをいってる・・・?なにをいってるんだ?、お前はいったいなにをいってるんだ!!!

嘘をつくな!!

その下にあったはずだ

レア度9のスキル魔導王が!!

そうだろう!!!???」

俺はその時はっきりと見たのだから。

外聞を捨てて語尾が荒くなる。


「いえ・・・その下は確かに空欄でした」


「な・・・なんだと

でも俺・・・魔道具本で・・・」


俺は魔道具本で確かに見たのだ。

全てのスキルを見る事ができる、と。


「レイン様、あの魔道具の本ですが魔眼石の部分には魔眼で魔眼石を見た説明と違うのですよ」


「な・・・なに?」


そして決定的な一言を口にした。


「魔眼でみた場合の文章・・・それは「対象のレア度7以下のスキルを一定距離内にいる人間は見ることができる」です。

もし仮にレア度9というスキルがあってもそれは私たちには見えません」


と言い放った。


「あ・・・あ・・・」


(繋がった。全部わかった。

あの時のお父様とお母様の態度が・・・。

見えなかったら・・・知らなかったとしたら今までの態度に納得ができる。

じゃ、じゃあなにか?

俺が勝手に勘違いしただけか?

そんな・・・

また、また俺は人を裏切ったのか?あんなに俺のことを愛してくれている人を・・・?


そんな・・・そんな、じゃあ俺は・・・)



「あ・・・あ、あああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!」


「レ、レイン様!!!???お気を確かに!!」


「あああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーーーーーーーーーーーーーー、またマチガエタァアアアアアアアアアアァァァァァァーー!!!!!!!!」


この人生でもまたおれは間違えた。

あれだけいい人生を送るつもりで意気込んでいたのにまた人を裏切った!!


「レイン様!落ち着いてください!!」


と言って俺の体をメイドが抑える。


「オレに、チカヨルナアアアァァァーーーーー!!!」


こんなクズ野郎に近寄るな触るな!

病気が移る!

STR全開でメイドを突き飛ばす。


「オレはマタアアァァァァーーーーーーーーーー!!!!!!」


結局俺は前世と全然変わっていなかった。

勝手に距離を置いて

勝手に見下して

勝手に信用しようともしないで

勝手に嫌われてると思って

勝手に嫌おうとした。


嫌われている理由を聞こうともわかろうともしないで勝手に離れようとした。

そもそも嫌われてすらいなかった。

愛していたから、心配していたからああやった。

彼らはちゃんと俺のことを考えてくれていた。

それを勝手に勘違いして冒険者になろうとしていた。


(何が冒険者だ!!!)


信用も信頼もしてない?


(する気もなかっただろ!!!)


叫んでいるうちにも今までの光景がフラッシュバックする。


どれもこれもすべて・・・


俺が悪い。


「あああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーーーーーーーーーーーーーー、

ガフッゴホツ、カハッ」


のどが裂けたらしい。

血を吐いた。


そして目の前が真っ暗になった・・・。

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