第2話 神様、それ先に言ってくださいよ

「ハッ⁈ ゴホッゴホッゴホッ、オエェー」

突然目が覚め、苦しくもないのに喉に何か詰まっているような不思議な感覚があり、つい咳き込んでしまう。

「ここは、どこだ? 確か俺は……死んだ、よな?」

視界は一面真っ白で明らかに普通の場所ではない。そこに一人、ポツンと座り込んでいた。

「ああ、お前は死んだよ」

「うおっ⁈」

突然、低音なのに何となく女性っぽい声を後ろからかけられ振り向くとそこには……。


神がいた。


神としか言えない存在がそこにいた。本能が知っている。見た瞬間にその言葉が浮かぶ。

間違いなく目の前にいる存在が神と呼ばれる者だと断言できる。

俺の人生最速の動きで土下座した。

多分今の動きは世界中のありとあらゆる生物の中で最速だったと思う。

「面をあげよ」

神はそういった。

「ハッ、ハイ!」

心が折れていてかつネガティブスキルが発動して卑屈になってしまう。

(いやいやいや、無理だから。何だこれ? どうしてこうなった? つか神様にあって偉そうな態度とる異世界小説の主人公に是非とも言いたい。お前らすげーな。無理だよ。理性が、本能が言っている。逆らったら死ぬと)

「さて、話を始めようか。坂上宏人よ」

「……」

そんな唐突にフレンドリーに話そうか、と言われても困る。

「まずは、お前が死んだ理由について簡単に説明しよう。ざっくり言うと出血多量だ。かつ心臓やその他臓器が破損していた。たとえ目の前に救急車があったとしても助からなかった。ここまでで質問は?」

聞いてもいないのに俺の死因を話してきた。

「ハ、ハァ〜、御座いません」

そんな事言われなくても分かっている。直感したのだ。これは無理だと。そんな事より出来れば早くこの状況から解放してほしい。

「うむ。では早速だがお前をこの場に呼んだ理由を説明しよう。ここしばらくの間、我はお前を見ていた。わざわざ見ていた理由はお前の事を面白いと思ったからだ。お前は人の命を救ったのにもかかわらず本当に救えたかどうかは全く気にせず、死ぬ事をとても後悔していた。

そうそういないぞ。命助けたのにも関わらず達成感が全くない奴なんて」

神様は、苦笑(目に入れても痛くない輝きでよく見えないので恐らくだが)しながら答えた。

(見ていた? 何で? ちょっと矛盾していないか?)

その言い方だとまるで俺が事故に会うのが分かってたみたいじゃないか。

そんな俺の疑問をよそに神様は喋り続ける。

「だから私はお前を転生させる事にした」

疑問だらけの俺を無視して、唐突(とうとつ)にそう告げた。

「はっ? はい? 今なんと?」

「お前が面白かったから異世界に転生させる事にしたといったんだ」

「ハ、ハハッ!」

(いや何でだよ! つか異世界の部分言ってないだろう! 異世界ってなんだ? どんなとこなんだ?)


俺は異世界の存在、いわゆる宇宙人は信じる派だ。別にテレビでよくやっているなんかよくわからないエイリアンを信じているわけではない。

でもこの宇宙の何処かに宇宙人は必ずいると思っている。

見たことはもちろんないのだが、この宇宙に幾つかの星雲や銀河があるらしい。地球は確か天の河銀河に属しているのだそうだ。


それを前知識とした上で逆に聞きたい。何故宇宙人がこの広い宇宙にいないと思うんだ?

見た事がないから?

冗談だろ? だとしたら地球が丸いという事実も信じてないのか? 地平線が丸いのをみたことがある? 君が見たとこがたまたま丸かっただけなのかもしれないぜ? ありとあらゆる場所、世界中を回って地球の丸さでも証明したのか? 違うだろ?

  太陽だって空に張り付いてるだけの明かりかもしれないぜ? 触ったことがある奴なんて一人もいないわけだし、大抵の人間は宇宙に行ったことがないのだから。

この広すぎる宇宙で逆に地球しか生命がある星がないと思っている方がおかしいと俺は思う。

証明されて無いから?

この地球ですら証明出来ない不可解な現象や出来事なんて腐るほどあるぞ。

この議論すると延々と続く話題なのでここで割愛するが、よって俺は宇宙人を信じる派だ。

宇宙人を信じてるから当然異世界も信じている。

だから、突然異世界があると言われても驚きはするが別に疑わない。


「では、お前の質問に答えよう」

(なっ⁉ 俺は何も言ってない!)

「ああ、心が読めるからな」

(それを先に言ってくださ――――い‼)

つい心の中で叫んでしまった。

「さて一つ目の質問、見ていた、についてだが、世界七十億の人間の中でお前にしかないものがあったのだ。我はそれが気になってな。それで見ていたと言ったのだ。

お前は「まるで俺が事故にあうのが分かっていたみたいじゃないか」と思ったな。

それについての答えだが未来を見ることは出来るからな、勿論知っていたぞ。だからなんだ?」

あっけらかんと神様はそういった。

(……)

特に言うことがない。だからなんだ、そう言われてしまえばそれまでだ。

俺も言うことだから人のこと言えないのだが、たまにピンチの時神様に祈ってそれが聞き届けられなかったとき、神様はああだこうだと言うやつがいる。

でもよく考えてほしい。世界七十億人の中からわざわざ神様がその重い腰を上げて出張ってくるほどのことを自分はしたのだろうか、と。

してないよね? してないのに一方的な享受はわがままというやつだぜ?


押し黙った俺を置いて、

「次に異世界って何だ、は、必要ないな。お前が思った通りこの宇宙の別の場所にある星だ。

最後にどんなとこだ、だがお前に解りやすく簡潔に言うとスキルや魔法やレベルが存在するファンタジー世界だ」

「お? おお! おおおおおお‼」

びっくりしすぎて「お」しか言えない。

(魔法とスキルとレベルが左右する世界か〜、ヤベェ、今からドキドキしてきた)

気持では全然ハッスル状態なのだが、何故か少しも興奮してこない。


「ありがとうございます。これが人の命を助けたご褒美なのですね」

「違う」


違った。即答だった。恥ずい。死にたい。(もう死んでるけど)

「言い忘れていたが我はお前に微塵たりとて同情していない」

恥ずかしさに悶えている俺に神様はそういった。

(えっ? そうなの?)

「うむ」

(だから頭の中を読むのマジでやめてください!)

俺の懇願を無視し、神様はこう言った。

「たかだか2人の命を救った程度でわざわざこの我がその手で異世界に転生させるわけないだろ。お前にとって「二人も」かも知れないが、お前より多くの人の命を救った人間の数は数えればキリがない。もちろん、我は数えられるが。

例えば外科医。

ガンなどは放っておけば死に至る可能性の高いものだ。

では、その外科医はお金をもらっているとはいえ、人の命を百、人によっては千、一万に達する数を救っている。

その全員が満足した人生、納得のいく死に方だと思うか?

そんなわけないだろ。

では、わざわざ彼らが納得するような場を我が整えねば成らぬのか? 違うだろ? それが人生というものだ。

故に二人救ったからという理由でお前をここに呼んだのではない。

同情もまた同様の理由だ。

お前より多くの人の命を救って、お前よりよっぽど不憫な人生を送った人間も数えればキリが無い。

故に神はお前に微塵も同情していない。と、言うより、この世のすべての人間に等しく同情などしない。これもまたキリがないからだ。

因みにお前が救った女子高生だが、お前が助けなかった場合二人が即死、一人が、跳ねられた二人の体がクッションになり事件から二三日後に目覚める意識不明の重体で、最終的には助かる予定だった。

故に助けた命の数は二だ。

では、お前をここに呼んだ理由を詳しく説明しよう。

お前の様に人の命を救った直後に死んだ人間はたくさんいるが、お前の様に救った事を全く気にせずに自身の死を嘆くだけで終わった人間はそうそういない。ゼロでは無いがな。

だが、そこにお前の様な人生経験を合わせるとこれはきっかり一になる。

つまりお前だ。

この者の人生をもう一度やり直させたらどの様になるのかが非常に興味がわいてきた。

故に我はお前を呼んだ。ここまでのところで質問はあるか?」

「――ない、ですか、ね。」

(別に無いよな? 言い方はともかく、納得はいく話だ。異世界転生の話のインパクトがでかすぎて、ぶっちゃけ話半分にしか聴いてないけどな)

俺に異世界小説の主人公並みの勇気とふてぶてしさがあったら、「そんな事はどうでもいいから異世界の説明を早くしてくれ」と、言っていただろう(そして消されていただろう)。

「うむ。ではリクエストにお答えして異世界の話をしよう。」

「……」(もう何も言うまい……)

「お前が転生する大陸の名前はオルシオン大陸という。

そこには大小八十を超える国々があり、今なお世界中の国々が大なり小なりの戦争をしていていつ争うのかわからない緊迫した状態が続いている。

解りやすく言うと、昔の戦国時代の日本のような状態だ。

夜も眠れないというほどではないが悠長にもできないといった感じだな。

そこで我はお前に幾つかのスキルと魔法の才能を授け転生させたいと思う。

オルシオンではかなり珍しいスキルなども含めてな。スキルの内容について転生してからのお楽しみにさせてもらおう。

質問は受け付けるが、基本的には転生して自ら学べ。

本の普及率は日本よりはるかに悪いが、無いわけではないし、でなければ人伝にでも頼れ」

と、堂々と言い切った。俺は緊張しながらも、

「は、はい! 畏まりました!

では早速質問の方をよろしいでしょうか?」

「うむ」

「まずは魔法についてなのですが、授ける? ということはどういったことなのでしょうか?」

他にするべき質問があったが、一番気になった部分をつい先に聞いてしまった。やっぱ、聞くならまず魔法の事だろう。

「ノーコメントだ」

出だしからノーコメントをもらってしまった。

(ふむ、何となくだけど、言葉から察するによくある魔法を使う才能が必要ってことかな?)

仕方がないので自分で予測する。

「では、次に人口はどのくらいですか?」

「ノーコメントだ」

「では、他に転生者などは?」

「ノーコメントだ」

「では、レベルの上げ方は?」

「ノーコメントだ」

(ノーコメントばっかりだな……)

四連ノーコメントを頂いてしまった。

「我はお前に楽をして欲しいわけではないからな、さっきも言ったが基本的に自分で調べろ」

「わかりました。では、次の質問ですが、異世界転生をするにあたってメリットとデメリットについてのご説明をお願いします。」


「うむ。もっともだな。では、メリットから説明する」

とやっとまともに質問に対する返答が来た。

「まずはやはり何と言っても人生を、やり直せることだな。

我は、基本的にお前がその世界で何をしようと干渉しない。

お前が現代日本の技術をあちらに持って行ってパワーバランスを粉々にしたとしても何か行動を起こす気はない。

我が与えたスキル群と魔法を駆使して、前世でできなかった事をするも良し、守りたいものを守るも良し、自由気ままに旅するも良しだ。

また逆に、大陸に知らぬものがいなくなるほどの殺人鬼になるも良し、力でねじ伏せ女を犯すのを生き甲斐にするも良しだ。

悪い事をしたら死後、淡々と地獄に落としはするが、生きている間に我がお前の行動を止める事はない」

(後半はやらないだろうな。多分分かってて言っている。俺の人生を端から端まで見たなら尚更だ。後、話から察するに前世の記憶はそのままみたいだな)

「次に、今回は我が直々に手を加えるからな、普通に転生するよりも生きる上での選択肢が多い。簡単に死なれても困るしな。

後は、そうだな……お前、何の階級に生まれたい?」

「?」

(話の途中で質問をしてくるの、本当にやめてほしいっす。話を必死に理解しようと頭フルで使っているんで……)

「階級だよ、王族、貴族、平民、奴隷の中から好きなもの選んでいいぞ」

(奴隷がいるんかい‼)

相変わらず説明不足な方である。

「ど、奴隷はちょっと無いですかね〜……」(明らかに人生ハードモードになるのが目に見えている)

「案外楽しいかも知れないぞ? 奴隷からの成り上がり。少なくとも気になるジャンルではあるのではないか?」

「た、確かに」(ジャンルって! それは小説の中の話です‼ 現実は小説の中よりも遥かに厳しいのです‼

だからと言って特になりたいものもないな~。

死亡率が一番低いのは、やっぱり王族だろう。

だけどそれだけはない! 断じてない! 俺の言葉一つで国が動くなんて考えただけで吐き気がする。しかも宰相とかにクーデターを起こされるのが目に見えている。それなら、奴隷の方がまだましじゃね?

貴族は位によるな〜、平民は乳幼児の病気が怖い。その他にもいろいろ危険がある。でもそんなこと言っても始まらんしこの際そこんとこのリスクは無視で。王族以外なら何でもいいな)

心の中で結論が出たところで返事をする。

「では、王族以外で神様のオススメでお願いします。」

「……うむ。分かった。メリットはこれくらいだな。後は自分で探せ」

(あれ? 今、間がなかった? 気のせいか?)

「ない」

「いや、ない人はないって言いません」

(あったんじゃねーか‼ 怖い! 何かある! これは絶対何かある!)

だが、変更をお願いしようとしたら、


「次にデメリットについて話そう」

次の話題に無理矢理突入してしまった。

「異世界転生する上でのデメリット、まず一つ目はお前が天国行きのチケットを手放す事だ」

「えっ⁈ 俺天国行けるんすか⁈」

今さっきの事も忘れ、突然の「貴方は天国行けます」宣言に驚く。

「うむ、先程はたった二人とは言ったが、それでも人の命を救った事には変わりはない。

それにお前は事あるごとに小さいが善行を積んでるしな。

逆に偶に人を馬鹿にしたり見下したりするところがあり、小さいマイナスは多々あるが、人の命を救ったことと比べれば些細な問題だ。

故にお前は天国に行ける。

異世界転生するならこれらのポイントをすべてリセットし、一から善行を積む必要がある」

「……」

口が開いたままポカンとしていた。

俺は電車で立っているご老人が入れば必ず席を変わるし、迷子の子供を警察のところに連れて行ったこともある。確かに本当に小さい出来事だがその回数は百はいくだろ。

いわゆる塵も積もれば山となるという奴だ。

(なるほど……天国行きのチケットを破り捨てての異世界転生直通列車と言うことか……)

「二つ目に、いい事ばかりとは決して限らないという事だ。前世よりもよっぽど酷く納得のいかない死に方をする可能性もあるという事は念頭に入れておくことだ。

我はお前に幸せになって欲しくて異世界に送るわけではないからな」

そう言われてハッとする。

(そうか、そうだよな……不幸になる可能性だって十分あり得る。

天国行きのチケットを破り捨ててまで異世界に行ったのに世界に絶望して終わる可能性は十分あるわけだ)

「どちらでも構わんぞ? 我の楽しみが一つ減るというだけだからな。

お前が「そんな危険な橋なんか渡れるか!」と、言うのであればそれで構わぬ。強制はしない。

もしくは「神の楽しみの為に遊び半分で送られてたまるか」と、言うのであればそれで構わぬ。

ただ、一つ言わせてもらおう。我は別に人が苦しんでるところを見て楽しむ性癖は無いということだ。

不幸にしようとは思わぬ。ただ野に放った以上は手を貸さないだけだ。

あくまでも目的は知的好奇心の部分が多いからな」

(どうしようか……)

危険な橋だ。頭から信じるのはマズイ。だが、俺一人を騙すためにここまで大掛かりなことをするか? と、考えると言っていることは信じてもいいのではないかと思う。

そう悩んでいる俺に神様は追い打ちをかけてくる。

「お前は天国行きが確定している」

「?」

(突然なんだ?)

唐突な言葉に俺が固まってしまっていると、次の瞬間、衝撃的な言葉を神様が口にした。


「お前、確か童貞だったな?」

「グハァ‼」

知っているのは当然なのだが、面として言われると結構傷付く。

(そうだ……。俺、童貞だったわ……。天国ではもう少しでいいから積極的に動いて女の子と付き合いたい。そしてあわよくば……)

そんな不埒な妄想をしていた俺に神様は衝撃的な一言を添える。

「お前の望みは叶わないぞ? 天国ではやれないからな。必要が無いから勃たない」

「な! なん、だと……。そ、そんな、じゃ、じゃあ俺は……」

とあまりの衝撃的事実にショックを隠せない。

「うむ。童貞のまま天国にいった奴はそのまま魂ある限り一生童貞だ。

即ち貴様は天国で永遠に「えっ? 童貞なの? そうか……ドンマイ!」という生暖かい目線を受けて過ごさなければならないのだ‼」

今までで一番いい声で神様はそう言い放った。


「――行きます」

血の涙を流しながら俺は喉からそう絞り出した。

「えっ? 何て?」

「異世界転生します! 是非とも転生させて下さい‼」

若干イラっとくる出来事がありながらも俺は異世界転生を決意した。

「うむ、うむ。そうかそうか。では異世界転生させてやろう。最後に何かあるか?」

「産まれてすぐ死ぬというのだけは勘弁してほしいです」

それは流石に無い。死んでも死に切れない。

「よかろう。そこだけは我も便宜を図ろう!」

「失ったもの、無くしてしまった物、手に入れられなかった物をその手に掴むがいい。


では、良い人生を」


最後に今までとは比べ物にならないほど優しい声が聞こえ、俺の目の前は真っ白に染まった。


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