俺以外誰も採取できない素材なのに「素材採取率が低い」とパワハラする幼馴染錬金術師と絶縁した専属魔導士、辺境の町でスローライフを送りたい。

狐御前

第1話:天才錬金術師と無能な専属魔導士

「ねえ、ロイド。素材の鮮度は錬金物の完成度に大きく影響するっていつも言ってるよね。なんでこんな簡単な事がわからないかなー」


 俺が採取してきた素材をゴミ箱に全部捨てながら怒気を含んだ声で俺を睨む。

 現在俺を睨んでいる人物は、俺の幼馴染で恋人として付き合っているルビーだ。

 年齢は俺と同年齢の19歳。


 鮮やかな赤い髪に橙色の瞳、瑞々しい桃色の唇、白磁のような傷一つない白い肌。

 年相応の幼さが残る顔立ちは可憐であり、男性の保護欲をじかに刺激する。

 紺(こん)色のコートは体の線を目立ちづらくしているが、赤い髪とのコントラストを意識してコーディネートされており、全体的な服のまとまりと静謐さを彼女にもたらしている。

 丈の短いスカートに、すらりとして長い脚。

 胸の起伏は少ないが、それもまた彼女の美術品のような品の良さに一役買っていると言える。


 町を歩けば10人中10人が振り返るであろう恵まれた容姿を持っている。


 しかも彼女は王国に三人しかいない《宮廷錬金術師》の称号を持つ天才錬金術師にして、一代限りの貴族として叙任を受けたアルケミア卿でもあった。


 王国が誇る心優しき大錬金術師--それがルビーに贈られた世間からの評価であった。


 しかし、それはルビーの表の顔しか知らない人々からの評価であり、猫を被った対外的な姿に過ぎない。

 幼馴染の俺からすれば彼女は悪魔そのもので、日常的にパワハラを受けている。

 俺が死ぬ気で採取してきた幻の花 《フルールド・エインセル》を「鮮度が足りない」と吐き捨てて、全部ゴミ箱に捨てたのだって立派なパワハラだ。


「次元袋にも入れて、ちゃんとプロテクトも張って、俺なりに鮮度を保って慎重に運んだつもりだ」

「言い訳禁止。基準はロイドじゃないの、わかる? 私達がやってる事は遊びじゃないんだよ。れっきとしたお仕事なの。頑張りましたが通じるのは趣味だけの世界なの。ちゃんとプロ意識持ってよ、《専属魔導士》でしょう?」


 俺は言い返すことができなかった。

 《専属魔導士》は錬金術師が求めるレベルの素材をかならず提供しなければならない。

 これは《専属魔導士》ならば誰もが知っていて当たり前ともいえることだ。


 ルビーが納得しなかった時点で、すべての非は《専属魔導士》にある。

 とても悔しいが世間の常識なので認めるしかない。


 もちろんそれだけで、《フルールド・エインセル》をゴミ箱にポイしてもいい理由にはならないが、ルビーは錬金術師というだけあって非常に頭がよく、理詰めでこちらを言い負かすのが上手だ。

 今回だって『プロ意識』という部分で確実にこちらの逃げ道を潰した。

 口げんかになった場合は俺は絶対に彼女に勝てない。


「あのね、私もロイドが普段から自分の仕事をちゃんとできているなら、こんなに怒ったりしないよ。ちゃんとできてないから怒っているんだよ」

「わかっている。ルビーは優しいから怒るのにはちゃんと理由がある」

「いや、わかってないよね絶対。彼氏ならちゃんと私の話聞いて。あのね、ロイドの『素材採取率』は王国最下位なの。私はそれがとても恥ずかしい。それをちゃんと自覚してよ」


 上から目線の言い回しは苦痛であったが、今は胸の内に秘めて全部我慢している。

 俺自身にも欠点がある事を自覚していたからだ。


 《素材採取率》の低さ。

 俺にとって最大のコンプレックスであり、ルビーが槍玉に上げる一番の原因だった。


 王国には魔導士のランキングが存在する。

 魔導士の職種によって評価観点が異なるが、錬金術師の素材を採取する《錬金術専属魔導士》の場合、《素材採取率》がもっとも高く評価される。


 錬金術はレシピを発想・調合する錬金術師と、そのレシピに記されている素材を調達してくる専属魔導士の二人で成り立っている。

 どちらが欠けても錬金術は成り立たない。

 世間一般では、錬金術師が太陽で専属魔導士が月と比喩される。

 裏方ではあるが俺の役割は非常に重要だ。だからこそ責任を常に求められている。


 一般的な専属魔導士の素材採取率は『90%』以上。

 よほどの難易度でない限り、素材を集めてこられないという事態にはならない。

 俺の素材採取率は『40%』と極めて低く、他の魔導士からは嘲笑の対象だった。


 無能の専属魔導士、金魚のフン、ルビーの幼馴染であること以外何の価値もない男。


 これが世間一般の俺の評価だ。


 一応タイムリミットさえ気にしなければ、すべての素材を採取することは可能だが、いかんせん錬金術の依頼は『時限式の依頼』が常識だ。タイムリミットを超えてしまうとアトリエの評判が大きく落ちてしまう。


 ルビーの場合はレシピ発想と調合が『100%』の成功率を誇るので非難の対象になる事はない。

 よって、依頼失敗=タイムリミットまでに素材調達が間に合わないという図式になる。


「はぁ……この依頼はもう失敗だね。今から《靫蔓の群生地》に出向いても絶対タイムリミットまでに間に合わないもん。ロイドのせいでまたアトリエの評判が大きく下がっちゃったよ」

「俺が至らないばかりにルビーに迷惑をかけてすまない」

「だーかーらー。そうやって謝る余裕があるならちゃんと仕事してよ。ロイドって本当役立たずでグズでノロマ。ロイドが下げたアトリエの評判を取り戻すのすごく大変なんだよ」

「ごめん」


 ルビーは地面に散乱している本を蹴り飛ばした。

 彼女は整理整頓ができないため部屋に本が散乱している。そのせいか、ルビーは機嫌が悪くなると地面の本を蹴り飛ばす悪癖がある。

 物に当たるのはみっともないのでやめろと注意しても『ロイドの分際で私に指図するな』と聞く耳を持たない。


 錬金術師になったばかりの頃はもう少し穏やかで、俺に対してもある程度優しかったが、世間から天才錬金術師としてもてはやされた事で天狗になり、人としての性根が腐ってしまった。


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