第31話
「デッドエンド様……そんな……なぜ……」
同じ隊の仲間を容赦なく吹き飛ばしたデッドエンド。
その光景を間近で見て、キーラの頭の中は『なぜ?』と疑問に溢れ思考が停止して――
――パァンッ
「――しっかりしなよっ!!」
「ナナ……さん?」
キーラは遅れて自身の頬が熱くなっていることに気付く。
すぐ近くにはナナが居て、キーラの胸ぐらを掴んで揺さぶっている。
それを認識して初めて、キーラは自分がナナにぶたれたのだと理解して。
「あれがシェロウな訳ないでしょ!? さっきのカラレスと一緒よ。姿かたちは確かにシェロウだけど、中身が違うわ」
「で、ですが部下達を一瞬で吹き飛ばしたあの手腕……あの強さは間違いなくデッドエンド様の――」
「こんの……馬鹿っ!! 強さだけで人を判別するんじゃないわよっ。
確かにアレはその強さも含めてシェロウっぽいよ? けどね、あいつは絶対にあんな下衆な笑みは浮かべない。だからアレは変な力でシェロウの姿かたち、そして強さを真似た偽物だよ」
「何を馬鹿な……姿かたちを真似ると言うのならまだ理解できます。しかし、そんな簡単に他人の強さを真似できる訳が……あ――」
キーラは何かに気付いたかのように途中で言葉を止める。
それを肯定するようにナナは頷き、
「多分だけどそう言う事だよ。あり得ない現象を起こす奇跡。そんな物を私たちは最近よく見かけてる。つまり――」
そこまで言ってナナは今も自分達を下卑た笑みを浮かべながら見つめているデッドエンドの方を見る。
――否。それは決してデッドエンドではない。
ゆえに――
「エンウィディア……だっけ? アンタ、星持ちなんでしょ? そして、察するにその星の
デッドエンドの姿をとっている敵、エンウィディア。
そんな敵に対し、ナナはどこか自信ありげに問いかけた。
結果――
「くははははははははははっ。ご名答だよナナ。さすがはオレの守るべき対象じゃねぇかっ。凡夫風情がよくもそこまで頭が回るなぁ。褒めてやるよ
デッドエンドの口調そのままに肯定するデッドエンド。もといエンウィディア。
「だが、そこまで分かってるなら抵抗も無駄だって理解出来てるだろう? お前らじゃオレには勝てねえよ」
確信と共に一歩を踏み出すエンウィディア。
「くぅっ――」
「ふんっ」
そしてエンウィディアが一歩を踏み出すのと同時に、ナナとキーラの二人は悔し気に後ろへと下がる。
エンウィディアの言う通りだった。
ナナとキーラ……二人の力はデッドエンドには及ばない。
そもそもナナは非戦闘員であり、対抗できる戦力は今の所キーラのみ。
そしてキーラではデッドエンドには勝てない。
ゆえに、抵抗は無駄なのだが――
「――それがどうしたと言うのですか」
「……キーラ?」
ジリジリと後ろに下がっていた二人だが、不意にキーラの足が止まる。
そして――
――ドンッ
「きゃっ――」
足を止めたキーラは何を思ったのか、ナナを後ろへと突き飛ばした。
「キーラ――」
「振り返らないでくださいっ!!」
ナナを突き飛ばしたキーラは長刀を構え、エンウィディアと対峙していた。
自分から仕掛ける事なく、しかしこれ以上先にはいかせないとその場に足を止めていたのだ。
「そのまま走ってっ! 村に居る本物のデッドエンド様にこの状況を伝えてきてくださいっ。その間、この場はわたくしが守り切ってみせますっ!!」
「で、でもキーラッ――」
迫るエンウィディア……デッドエンドの姿をとり、その力も真似ている男。
そんな男を相手に、時間を稼ぐ。
それがどれだけ困難で、かつ無謀な事なのか。ナナにも容易に理解できた。
ゆえに、
そもそも、敵の狙いはナナ本人だ。
ならば自分が大人しく敵に付いていけばこれ以上被害は広がらないという事でもあり――
「早く行ってくださいっ!! わたくしに……いえ……どうかわたくしから唯一の友を守る機会を奪わないでくださいっ!!」
「っ――」
友と。
初めてキーラはナナの事を自身の友人だと口にした。
だから――
「くっ――無事で居なさいよっ。死んだら承知しないんだからっ!!」
その意志を
ナナは一目散に本物のデッドエンドが居るリ・レストル村へと走り――
「はぁぁぁぁぁぁ」
偽デッドエンドのエンウィディアが深いため息を吐く。
その表情にあるのは深い『呆れ』だ。
「お前らよぉ……このオレがそれを容認するとでも?」
そう言うと同時にエンウィディアは動き出した。
無造作に前進するエンウィディア。
その先には逃げ出すナナと、その途上にはキーラが待ち構えており、
「――させませんっ」
当然の如くエンウィディアの行く手を阻もうとするキーラ。
だが――
「うっ――」
エンウィディアに相対したキーラの動きが一瞬硬直する。
何か予想外の事があった訳ではない。今も単純にエンウィディアは警戒も何もなしに前進してきているだけだ。
しかし、だからこそキーラは硬直した。
(デッドエンド様――)
その堂々とした態度も、野性味のある顔も、どれもこれもがデッドエンドのものだから。
相手がデッドエンドの偽物であると頭では理解している。
しかし、こうしてデッドエンドの姿をした敵(エンウィディア)を前にしていると、どうしても敬愛するデッドエンドに刃を向けているような気がしてしまって――
(――いえ、違いますっ! これは……これは偽物なのですっ! 後ろにはナナさんが居る。だからここを通す訳には絶対にいきませんっ!!)
自分にそう言い聞かせるキーラ。
そんなキーラにエンウィディアは野性味のある笑みを見せ、
「なぁ、キーラ。お前、俺に逆らうのか?」
「っ――――――」
今度こそ完全に硬直するキーラの身体。
それは誰が見ても隙と言う他になく――
「オラァッ――」
「きゃぁっ――」
その隙をエンウィディアが見過ごすはずもなく、その剛腕がキーラを吹き飛ばす。
「キー……くっ――」
音だけで何が起きたか察したのだろう。
ナナは反射的に振り返りそうになる自身を抑え、やはり一目散に逃げていく。
そんなナナに――
「ハハハハハハハッ。お友達を置いて逃げるとはなぁ。そんで振り返りもしないとは……全く大したやつだよナナァッ。そんなに自分が大切か? あぁ!?」
そう言葉を投げかけるエンウィディア。
しかし、ナナは止まらない。
偽物の言う事に耳を貸す義理はない。
自分に出来る事はただ懸命に足を動かす事だと……逃げ切る事など不可能であると分かってはいるが、それでもここで諦める事など出来る訳もなかった。
そんな足を止めるどころか振り返りすらしないナナを見て――
「無視……か。全く、凡夫ごときが
その言葉通り面倒くさそうに頭を掻き、それでもゆっくりとナナの後を追うエンウィディア。
既に障害はすべて消えた。
デッドエンドの身体能力を持つエンウィディアであればナナを取り逃がす事など万に一つもないだろう。
そして――
「くっ……ふふ。なんてザマなのでしょう」
吹き飛ばされたキーラはその光景をただ見ている事しか出来なかった。
「何が守らせてくださいですか……全然……わたくしは守れていないではないですかっ!!」
情けなかった。
あの男がデッドエンドではないと、そんな事は百も承知のつもりだった。
なのに――
「相手が同じ顔だというだけでこの体たらく……これではデッドエンド様の足手まといになってしまっている現状にも頷けますね。ふふふふふふ」
本当にどうしようもないくらい自分が情けなくて、怒りすら湧いてくるキーラ。
その怒りの対象は言うまでもなく自分に対してのものだった。
「ですが――」
そんな自分にも、大切な物がある。
いや、正しくは大切な物が出来たというべきだろうか。
「ナナさんはわたくしを……こんなわたくしを友と呼んでくれたのです」
つまらない家に生まれ。
そのしがらみから抜け出したくて、だから血まみれになって。
そんな血まみれの女が自らの伴侶くらい自分で選びたいと願い、そうして自分より強いあの方と出会った。
一度は捨てられたけれど、次に会ったあの方は単純な強さのみならず心まで強くなっていて、一生ついていきたいと思った。
そんな自分などどこにもなく、ただただ我がままで血に塗れた女。
そんなつまらない女の事を彼女は友と呼び、真正面から向かい合ってくれたのだ。
だから――
「――そんな友を守れずにのうのうと生きるなど……女が廃りますっ!!」
エンウィディアが放ったデッドエンド級の攻撃。
それを喰らって立ち上がれるはずのないキーラは、されど根性で立ち上がった。
「ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
守る。
守る。
守りきる。
もはやこの身などどうなろうが構わない。
デッドエンドの隣で戦いたいなど、そんな憧れなどもはやどうでもいい。
だからどうか――せめてたった一つの大切な物くらい守らせて。
「おぉ……いや……ちっ――忌々しい。身体能力には目を見張るものがあるが、衝動が面倒だな。やはりエイズ様になるべきだったか――」
そんな立ち上がるキーラを、エンウィディアは無視することが出来なかった。
エンウィディアの変身能力は脅威だ。
一度でも自分が触れた相手にしか変身出来ないという力だが、逆に言えば一度でも触れてしまえばいつでもその人物に変身可能と言う能力。
変身すればその人物の顔だけでなくその強さまで手に入れることが出来るというまさに脅威の力。
だが、デメリットが無いわけではない。
確かにエンウィディアは星の力で他者に変身することが出来、その力を行使することが出来る。
だが、それと同時に変身先の影響をある程度受けてしまうというデメリットがあるのだ。
ゆえに、エンウィディアは今デッドエンドが常に抱いているであろう衝動を胸にいくらか秘めてしまっている。
自分は民の為に戦う矛であり、その為に戦う仲間達は素晴らしいと。それが自分の感情から来るものではないと分かっていても、どうしてもそんな想いがふつふつと湧いてきてしまっているのだ。
ゆえに、エンウィディアはキーラを無視することが出来ない。
ナナの為に立ち上がり、向かってくるキーラが眩しくて仕方なくて、だからこそ無視など出来る訳がないと……そんなデッドエンドの衝動にエンウィディアは引きずられていたのである。
「例えこの身が砕けようとも、ナナさんには絶対に指一本触れさせませんっ!!」
「ああ、そうかい凡夫。そんならてめぇを砕いてからあいつを回収させてもらう事にすっかねぇっ!!」
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