第29話
「――落ち着いた?」
「そう……ですね。少しスッキリしたような……そんな気分です。おかしいですよね? 何の解決にもなっていないのに……それでも少し視界が開けたような……救われたように感じる自分がどこかに居るんです」
自身の想いをナナへとぶつけたキーラ。
いや、ここはナナによってそうぶつけさせられたと言うべきだろうか?
ともかく、そんなこんなでナナに自分が抱えていた想いをぶつけたキーラだが、今は冷静さを取り戻し、今もナナと共に森に設営された簡易テントの中に居た。
「悩みは誰かに話すだけでも楽になるものだよ。それで悩みの種がどうにかなる訳じゃないかもしれない。でも……誰かに吐き出すだけでスッキリするでしょ? 特に今のキーラの場合、そういう気分転換は大事な事なんじゃない? 星持ちって想いどうこうが重要って話だし」
「それは……確かにそうかもしれませんね」
通常、キーラが気分転換をしたところで彼女の悩みが解決するわけではない。
なにせキーラの望みは『デッドエンドの横に並べるくらい強くなる事』なのだ。気分どうこうで解決する訳がない。
しかし、この世界には星持ちという
想い一つで星持ちへと覚醒を遂げればキーラは飛躍的に強くなれる……かもしれない。
なので、キーラ自身の気分転換は割と重要事項であると言われれば、その通りでもあるのだ。
――と、そこで。
「ふふっ――」
キーラは何を思ったのか。ナナの方を見て笑いだした。
「な、なに? いきなりどうしたの、キーラ?」
「いえ、さすがはデッドエンド様の見込んだ方だなと思いまして……。なんとも甘っちょろく情熱的な……わたくし、ああまで面と向かって友であるなどと言われたのは初めてです。ふふふっ――」
「んなっ……ほ、ほっときなさいよっ! あの時の私はなんだかしっちゃかめっちゃかで何を口走ったのか正直曖昧で――」
「ふふふっ、それはなんともまぁ。なおさらに嬉しいですね」
「……はい?」
なぜキーラが嬉しがるのか分からなかったのだろう。
ナナは頭の上に疑問符を浮かべてその首をかしげる。
そんなナナにキーラはその理由を明かした。
「だってそうでしょう? ナナさんが混乱する中でわたくしにかけてくれた言葉。それが虚飾に彩られたものである訳がありません。
――それはつまり、あの時ナナさんがわたくしに言った言葉はナナさん自身の中から漏れ出た本物だという事でしょう? ふふふっ、あぁ嬉しい。これほど嬉しい事などそうありはしない。そう思いませんか?」
「うぐっ……そ、それは――」
顔を真っ赤にしながら口をパクパクとさせるナナだが、続く言葉がこれっぽっちも出ない。
今になってナナは自分が口走った情熱的なセリフを思い返して、『またやってしまった』と後悔はしていないものの気恥ずかしくなり――
「本当に……さすがはデッドエンド様が守りたいと願うお方。少し羨ましいです」
――しかし、その熱は一瞬で冷めた。
「そう……ね。あいつは私を守ってくれる。あいつは誰でも助けちゃうようなお人よしの馬鹿だけど……それでも私はあいつにとっての特別なんだと思う」
どこか悲し気にそう呟くナナ。
デッドエンドは自分を守ってくれる。自分を特別扱いしてくれていると。そう肯定するものの、なぜかその表情は暗い。
「ナナ……さん?」
そんな一変したナナの様子に気付かない訳がなく、戸惑うキーラ。
それに気づいているのかいないのか、ナナの独白は続き、
「だってあいつにとって私は――」
――その時だった。
「ナナちゃーん。そろそろ俺も治療してもらっていいかーい?」
そう言いながら今まで外で待機していた第49部隊の男は簡易テントの中を覗き込んできた。
「すんませんねキーラ副隊長。なんか取り込み中だから入るなって聞いてはいたんですけど……ね? ちょーーっとさっきの訓練で負ったこの傷が思いのほか……いててて」
キーラの部下でもあるその男は少し腫れあがった目元を見せながら、そうこた割を入れて簡易テントの中へと入ってきた。
どう考えても上司に対する態度ではないが――
「そう……ですね。そういえば今はあなた達の治療の最中でしたね。それを邪魔する形になってしまい申し訳ありませんでした」
「いえいえいえ。こちらこそ、この程度の傷で騒ぐ軟弱者で申し訳ないっす」
互いに謝罪するキーラとその部下。
キーラは『なんだかんだで長居してしまいましたね』と心の中でぼやきつつ腰を上げ、
「さて――そろそろ村に戻らないとデッドエンド様が心配なされるかもしれませんね。ナナさん、申し訳ないのですけれど少し急ぎで作業してもらっても――」
早くデッドエンドの居るリ・レストル村へと帰らねばと。申し訳ないと思いつつ手早く治療を済ませるようナナへと頼もうとするのだが――
「アンタ……誰?」
「「は?」」
重なるキーラとその部下の声。
その間もナナの視点はただ一点――キーラの部下へと向いている。
「な、なーに言ってるんすかナナちゃん。俺だよ俺。第49部隊所属のカラレスだよ。三か月前デッドエンドの大将にこっぴどくやられて入隊したカラレスっすよ。まさか俺の顔を忘れちまいましたか?」
「そんな訳ないじゃない。私、これでも一度見た相手の顔は忘れないの。あなたがカラレスさんだって事は分かってる」
「なら――」
「でも、違うわ。顔は確かにカラレスさんだけど、何かが違う」
「な、何を訳の分からない事を……いい加減に――」
キーラの前で展開される二人の問答。
いや、それは問答と呼べない代物かもしれない。
なにせ、どう聞いてもナナの言っていることが意味不明なのだ。
目の前の男は確かにカラレス。第49部隊隊員のカラレスである。
しかし――何かが違う。
そんな訳の分からない事を言うナナにカラレスは苛立ちを
「――それに、私の知ってるカラレスさんは確かにお調子者で少し粗野な部分もあるけど、決して女子供に手を上げるような人じゃなかったわ」
そんなカラレスに恐れることなく、ナナはビシィっとカラレスと名乗るその男に指を突き付け、言う。
「それに何より……アンタ臭いのよっ! 私の知ってるカラレスさんはねぇ!? そんな腐った匂いをぷんぷんさせてないんだからっ!!」
致命的なまでにお前は臭い。
ゆえにお前は自分の知るカラレスでは決してないと、そうナナは断言するのだった。
「は……はは」
こめかみに怒りマークを浮かべるカラレス。
「全く、何を訳の分からない事を言っているんだか……ねぇ? キーラ副隊長からも何か言ってくれませんか? こいつ、頭がおかしいですよ」
振り返りながらカラレスは副隊長であるキーラにそう同意を求める。
どうかこの訳の分からない事ばかり言うお嬢様をどうにかしてくれと。
そう助けを求めるカラレスだが、しかし――
――ギィンッ
簡易テント内に火花が散り、それと同時にテントは中から切り裂かれて中に居た三人の姿を表に出す。
設営されていた簡易テントの外では、少し距離を置いて待機していた第49部隊の面々……総勢20名が何が起こったのかとキーラ達にその視線を向けており――
「――茶番は結構。正体を現しなさい、偽物」
キーラがこの森に修行する為にと連れて来た隊員の数はちょうど20。
その全員が簡易テントから少し距離を置いたところでキーラ達を見ている。
その中に当然の如くカラレスは居て、それはつまり――
「――ああ、なんだ。意外と
キーラの長刀による一閃。
それを受けとめたカラレスが偽物である事を示していた。
「好機到来と勇んで来てはみたものの、まさか貴様のような
カラレスに扮したその男はキーラとの鍔迫り合いから一旦その身を引き、その手を自身の顔に当てる。
――瞬間、男の顔……否。体がカラレスとは別の物へと変化した。
それはガリガリに痩せた骸骨のような男だった。
四肢はやせ細り、少し小突いただけで折れてしまいそうに思える程の貧相な体。
まるで貧民街にて飢え死に寸前で放置されていた乞食のような……そんな色黒の男がキーラと対峙していた。
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