第23話
【光を失わぬ勇気の心、ここにあり。
恐れを知る人間の心、ここにあり。
恐れを乗り越える不屈の心、ここにあり。
神々よご照覧あれ。これこそが人間だ。
愚かで
全知全能の神々は笑うだろう。
だが、愚かであるからこそ奇跡は彼らに舞い降りる。
貴様らの知らぬ境地、それをとくと見よ。
諦めぬ、諦めないと叫ぶ心が起こす奇跡。貴様らの失った激情を今こそ知るがいい――】
どこに居るとも知れない神々への訴え。
人間は愚かである。しかし、だからこそ素晴らしいと。そんな想いを乗せた詠唱をデッドエンドは唄う。
それは、胸の内から勝手に出てくる唄だった。
しかし、止まらない。
――否。止めようとすら思えない。
ゆえに――
【
そうして――デッドエンドの纏いし赤のオーラが消滅する。
「なっ――」
『にぃ?』
イリアとハシュマダが未だ至っていない境地である
そこにデッドエンドが至ったのかと思えば……この結果はなんだ?
通常、共星すれば体を覆うオーラがその量を爆発的に増加し、それが一帯を覆う。
だというのに、共星したデッドエンドはそのオーラの量を増加させるのではなく、消滅させた。
これでは覚醒ではなく、ただの弱体化ではないか。
「バカに……スルナァっ!!」
その覚醒に内心期待していたイリアは、だからこそ許せない。
共星を果たしたデッドエンドめがけ、イリアは走る。
『おいイリアッ』
対する彼女の星であるハシュマダは何かあると感じたのか、イリアを静止させようとするがイリアは聞き入れない。
「そんな物でイリアがお前を認めるとでも本当に思ってるの!? ふざけないでっ!!」
滅びのオーラを纏った蹴りがデッドエンドに迫る。
それをデッドエンドは――
バシィンッ――
「――舐めてるわけがねぇだろう。俺はいつだって全力だ」
さも当然のように、イリアの蹴りを拳の裏で受け止めていた。
「――なっ……んで!?」
滅びのオーラを纏った蹴り。
大量のオーラを纏い、ガードしているのなら理解できる。
しかし、今のデッドエンドはなぜかオーラを微塵も纏っていない。
そんな彼がイリアの一撃を受け止めるなど、不可能なはずなのだ。
しかし、実際にこうして受け止められている。それも、とてもあっさりとだ。
そして、事態は更にイリアの想像の外へと展開していく。
「今度はこっちの番だ」
イリアの脚を払い、デッドエンドは拳を構える。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
雄たけびを上げるデッドエンド。
その肉体に、変化が訪れる。
失われていたデッドエンドの右足。
その傷口からはとても濃い赤のオーラが漏れ出ていた。
そうして――
「嘘……」
イリアは目の前の出来事が信じられなかった。
消滅していたはずのデッドエンドの右足。
その足がゆっくりと、しかし確実に再生し始めていた。
その現象を前にして、イリアは考える。
(こんな異常事態の数々……普通なら絶対にあり得ない。
そして、あり得ない事が実際に起きているという事は、これはほぼ間違いなく星の力。
だからこれはデッドエンドの星の力によるもののはず。
そして星の力という事は、何かしら一貫した法則があるはず)
イリアのように何者かを滅ぼしたいという強き憎しみから生まれた星は滅びに関する奇跡を起こせるが、逆に言えばそれ以外には何もできない。
ここに居ないエルハザードやエイズの星もそうだし、その他全ての星持ちの星がそうだ。
自分が強く願った事象。それに関連する奇跡しか起こせないのが星持ちの共通点であるはずなのだ。
なのに――
(イリアの星を完全に跳ねのけて、再生までするなんて――いや……違う。そうじゃない)
そこでイリアは思い出す。
先ほどのデッドエンドの詠唱。その中身を。
あれがもし宿星の先にある力である共星発動の物であるならば。
イリアですらまだ未到達の共星。その域へとデッドエンドが到達していたのならば。
その詠唱には彼の強き想いが乗せられているはず。
(確か勇気と……人間の心と……不屈の心。人間の愚かさを認め、諦めが悪いからこそ人間こそが奇跡を起こせる唯一の種と謳う歌。そして――)
【諦めぬ、諦めないと叫ぶ心が起こす奇跡。貴様らの失った激情を今こそ知るがいい――】
諦めない。その激情を表す歌。
おそらくそれこそがデッドエンドが抱く星。
つまり――
「諦めない……それが……デッドエンドの星?」
デッドエンドの唄った詠唱。その中身を解読したイリアの結論はそれだった。
しかし、当然ながら疑問は残る。
諦めないという星をデッドエンドが抱いていたとして。
それが一体どんな奇跡を起こすと言うのか。
少なくとも『諦めない』を極めた所で負傷した傷が再生するはずなどなく――
「まさか――」
イリアの脳裏にある一説が浮かび上がる。
そして――
「喰らえやオラァァァァァァァッ――」
右足の再生を終えたデッドエンドの一撃がイリアへと振り下ろされる。
速度で勝るイリアは
「おせぇ」
「なっ――」
その速度に何の苦もなく追い付くデッドエンド。
無論、イリアが手加減しているのではない。
デッドエンドの速度が異常なほど増しているのだ。
常識外の再生速度。
通常では考えられない程の速度強化。
自身の滅びの一撃を訳なく跳ね返した事。
そのどれもが通常ではありえない出来事であり、しかし何の関連性もない。
そこから導き出される結論は一つ。
(まさか……諦めない星じゃなくて……諦めない事で星持ち自身に覚醒を促す星?)
そうすれば全て
合ってしまう。
諦めない、諦めてたまるかという想いは即ち、目の前の問題が困難であればあるほど強く抱く想いだ。
圧倒的優位であったり、勝敗の行方が分からない状態で諦めない事を強く想う事は難しい。
壁にぶち当たり、それを突破する事が難しいからこそ諦めてたまるかという想いは湧くのだ。
デッドエンドは絶望的とも言えるメテオレイゲンの軍勢をたった一人で追い返した。
報告によれば実質敗北のようなものだったらしいが、それでも快挙であるのは間違いないだろう。
ましてやそれを為したのは星持ちとして目覚めたばかりのデッドエンドだ。奇跡と言って差し支えない功績なのは間違いない。
そしてイリアとの戦闘中、最初こそ不甲斐なかったデッドエンドだが。、
防げないはずの一撃を防ぎ、通常ではありえない再生速度で傷を治し、常識外の成長速度でもってイリアの速度に追い付いた。
それらに共通している事項はただ一つ。
デッドエンドが窮地に陥り、それでも敵に立ち向かっているという事だ。
「なんて星――」
イリアは自身に迫るデッドエンドの拳を為すすべなく見つめながら呟く。
恐らくだが、デッドエンド自身も自らの星の性質をなんとなくでしか掴んでいないだろう。
事実、その通りだ。
デッドエンドは自身が星持ちであるという自覚はあるが、自身がどんな想いを抱いて星持ちとなったのか、自身の星持ちとしての能力すらも理解できていない。
アギトという星の力をただ単純に『力が湧く』程度の認識で行使しているのだ。
奇跡を起こす星。
なるほど。そう聞けばチートも良い所だ。まさにご都合主義の物語。デウス・エクス・マキナとでも言った所だろう。
しかし、イリアは思う。
なんと強大で、しかし扱いづらい星なのだろう――と。
デッドエンドの星は諦めないという強い意思を持った状態でのみその真価を発揮する。
つまり、よほど上手く自分の感情をコントロールでも出来ない限り、好きな時に星持ちとしての能力を使う事は出来ないのだ。
そして、少なくともデッドエンドはそうな器用なことが出来る男ではない。
もっとも、自身の感情をコントロールできるようなロジカルな者を諦めないという意志こそを尊重するアギトは選ばないだろうが。
つまるところ、やはり星持ちであるデッドエンドが窮地に陥り、それでも諦めないと吠えない限りデッドエンドの星であるアギトはその真価を発揮しないのだ。
付け加えるならば、この事実をデッドエンドは知らない方が良い。
当然の話だろう。
自身が窮地に陥った時、ヒーローが助けてくれる。
そんな未来が約束されている状態で、諦めないと吠える事が出来るかと言われれば疑問が残るからだ。
――どうせ自分の星であるアギトがなんとかしてくれる。
そんな考えが心の片隅にでも浮かぼうものなら、決してアギトは手を貸さないだろう。
つまり、デッドエンドが自身の星について理解した場合、下手をすれば二度と星の力を使えなくなる恐れがあるのだ。
「ああ……でも――」
しかし、だからこそだろう。
扱いが難しい星ではあるが、上手く扱えれば確実にエルハザードを倒せるとイリアは確信する。
どれだけ劣勢に陥っても、その心ひとつで奇跡を起こすことが出来る星。
ならば劣勢など幾度でも覆せるし、覚醒を繰り返せば例え相手がエルハザードでも必ず最後には勝利できるだろう。
そしてデッドエンドとエルハザードはこれから先、確実に敵対する事になるだろう。
自分以外の他者を息を吸うように殺すエルハザードと、民衆の敵を駆逐せんが為に全力を尽くすデッドエンドはまさに水と油。交じり合う事は決してない。
ここで仮にイリア自身が死亡したとしてもそれは変わらない。
だから――
イリアはデッドエンドの拳をその身に受け、どこか満足そうにその瞳を閉じるのだった――
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