第9話 007 東北ユーラシア支部地下通路A(2)

 仕方がない、と言って、彼はバッグを探り始めた。

 手を抜き出す。

 次の瞬間、黒光りした手榴弾が俺と絵麻の目の前に現れた。


「弾はほぼ尽きた。こいつで駄目だったら、後は肉弾戦しかない」

 そう言うと、八神は手榴弾を同種たちに向かって投げつけた。


 閃光が暗がりを貫いたかと思うと、耳を塞ぎたくなるような爆発音が鳴った。

 同時に、同種の群れが一気に吹き飛んだ。八神は連続して手榴弾を投げつける。煙、火、血、部位、そして正体不明の物体の数々が俺たちの周辺を覆いつくした。


 曇った空気が晴れていく。

 そして、煙がなくなった先には大きく開けた階段までの道。


 これを見た俺と絵麻がほっと一息ついた瞬間だった。

 俺たちの視界の反対側にあった柱から爆発を逃れたのであろう同種が大量に這い出してきた。

 彼らの数を確認した俺のランボー・ナイフを握りしめる手が少し緩まった。


 同種たちがひとつの塊のように身体を寄せ合って俺たちへと覆いかぶさってくる。まるで巨大な生物にでも襲われているかのようだった。絵麻がどのような身体能力の持ち主であれ、このような人数を相手にすることはできるはずもなかった。


 これを見た俺は苦渋の選択をした。決死の覚悟。自らの犠牲を覚悟し彼女の肩を押し込んだ。襲いかかってくる同種から、彼女だけは逃がそうとしたのだ。

 

 その時だった。同種の塊にいた一体の額に一本の釘が刺さった。眉間に目をやったその同種は力なく空を漂い始め、俺たちから離れていった。


 釘の銃撃はそこで止むことはなかった。

 すぐにもう一体。さらにもう一体。もうひとつおまけにもう一体、といった感じで、同種たちの眉間に次々と釘が刺されていった。

 そして、釘の発射音が消えると同時に同種の塊はその体を失った。


 瞬く間にその塊を蹴散らしたその釘が飛んでくる方向へと俺は目をやった。

 早野だった。

 にやりと頬を吊り上げ、その目は先刻までの気弱なものと違い狂気を帯びていた。


 彼のネイルガンからはさらに連続して釘が発射され、攻撃を受けた同種たちはそれぞれ頭に刺さった釘を引き抜こうとするが、そのすべてが途中で力尽き無機質な地下通路Aの空間で本当の死を迎えていった。


 さらに地下通路Bの階段付近に目をやってみる。

 美雪はアサルトライフルの扱いに慣れていないせいか思うようにその銃を扱えていないようだった。だが、一方の芽衣はネイルガンで彼らの額に次々とヘッドショットを決めていた。


 すべての音が鳴り止んだ。


 空中を力なく浮かぶ大量の同種たち。彼らの常時発していたうめき声は一切聞こえない。静寂という言葉のみがこの場を支配していた。

 それはまた、この長かった戦いが終わりを告げたことを示しているかのように思えた。


 宙を前へと進みながら八神が彼らの身体を壁の方へと押しのけていく。柱に身体をぶつける者、身体を壁にぶつける者、地に力なく身をぶつける者、それぞれがそれぞれの位置にその身を置かれていった。


 そして、彼が最後の一体を横にやった後、通路にはようやく一本の道ができた。


 全員がゴールである地下通路Aの階段前に集まった。

 額についた同種の血を腕で拭いながら、周囲にいるみんなの様子を確認した。

 この惨劇を乗り越えたとはいえ、服や顔は血だらけ、さらに内臓や正体不明の液体が身体のいたるところにこびりついており、誰もが晴れやかな顔はしていなかった。


 さらに早野に至っては、不気味な顔をしてにやつきながらネイルガンに向けて何かブツブツと語りかけていた。

 だが、八神がネイルガンを取り上げると正気に戻ったのか、彼の顔は普段の温厚なものへと戻った。


 次に何故か洋平のスナイパーライフルを取り上げる八神。

「おまえは降格だ」

 短くそう述べたかと思うと、すぐにそれを早野に手渡した。と同時に、ネイルガンを洋平の手へと軽く放り投げる。


「え、いいんですか? これ……もしかして、ドラグノフじゃないですか? まさかこれを使える日が来るとは思わなかった」

 早野が歓喜の声をあげる。


 一方の洋平は手にぱさりとおさまったネイルガンを見てしょんぼりと肩を落とした。

 慰めようとしてか、その傍にいた芽衣が、ポンポン、と彼の長い足を撫でるように叩いた。


「さあ、行きましょう。ぐずぐずしている暇はないわ」

 洋平の項垂れている姿を無視して絵麻が言った。

「うん、そうですね。まだ敵は上の階にいるかのしれませんし、気を抜いては駄目ですよ、みなさん」

 と、美雪。


 俺は深く頷いた後、階段の方角へと身体をやった。


 その瞬間、がちゃり、と隣にあった研究室らしき部屋のドアが開く音がした。同種かと一瞬ビクついたが、中から現れたのは金髪のロングヘア、青い目、白い肌に純白の白衣に白のワイシャツ、黒のタイトスカートの女だった。

 その肌つやから同種ではないことは明らかだった。


「あれ……八神君?」

 不思議そうな顔をしてその女は八神の顔を覗き込みそう尋ねた。

「ちっ、またおまえか……」

 と気怠そうな声を零してから、八神は嫌そうに口を曲げた。

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