第4話 003 東北ユーラシア・日本支部間DMZ保守本部
現在、俺たちは東北ユーラシア支部との境界線にある東北ユーラシア・日本支部間DMZ保守本部へと向かっていた。
変わってしまった彼らを倒しきれないと判断した八神が、それほど遠くない場所にあり、自衛機能のあるそのDMZ保守本部で身を保護してもらうことを提案してきたからだ。
これを拒絶する理由もない俺たちは、通路の彼方へと去っていく八神の背中を追った。
「八神さん、でいいかしら。あの交番の中にあった死体はどうしたの?」
八神の横にようやくの態で並んだ絵麻が訊いた。
「……同種だ。商業区で本部と連絡を取ったあいつがそう呼んでいた。俺の警備隊第七交番の同僚で、あいつ自身がその同種に変わっちまったから、その同種を撃ち殺した」
若干面倒くさそうに、八神は答えた。
その後の彼の短い説明から推測すると、商業区へ巡回に行っていたその同僚が肩を負傷し帰ってきた後、商業区には宇宙服の男と同様の状態になった人間が大量にいてその中の誰かに肩を噛まれたとのことを八神へ説明している最中に、一度軽いミイラ状態になったかと思うと真っ青な表情へと変わり、いきなり彼に襲い掛かってきたのでたまたま手に持っていたコルトパイソンで撃ち殺した、というような経緯があったらしい。
なぜたまたまそのリボルバー拳銃を手に持っていたのかという疑問はあるが、どうやら八神にしても状況をほぼ把握していないらしいことはわかった。
また、この日本支部警備隊員が宇宙服の男たちを同種と呼称していることから鑑みると、彼らの呼び名はおそらく「同種」と固定する必要があるようだ。
程なくしてDMZ保守本部があるドーム状の敷地へと到着した。頭の整理が追いつかないせいか、それまでの間誰もが終始無言だった。
見上げるほどの高い天井を持つ広大な敷地へと身体を移すと、身体に重力が戻り大理石で埋め尽くされた地へと足がついた。
俺たちはそのまま中央にあるDMZ保守本部の入り口へと足早に歩を進めた。
周囲には何かしらの資料と見受けられる紙が散乱し、誰の姿も見えなかった。
遠くの方では、東北ユーラシアと日本支部の間の境界を区分けする横幅がどこまであるのか不明なほど長い鋼鉄製の棒が数十本重なり合っている光景が見受けられた。
「様子がおかしいわね」
絵麻がぼそりとした声を漏らした。
俺も彼女の意見に賛成だった。宇宙船地球号はかなりの人数がコールドスリープで寝ているため、起きて船内活動している人口はそう多くはない。だからといって、このような場所で人がひとりも見当たらない状況など、いまだかって経験したことはない。
八神はすでにDMZ保守本部の中まで入っており、コルトパイソンを上下左右しながら、周囲の安全を確認していた。
俺たちも彼に続いて、建物の中へと歩を進めた。
「おい、全員武器の用意をしておけ」
俺たちの姿を確認するなり八神が言う。
階段に少し身を乗り出し上の様子をうかがった。
次の瞬間、バタバタとした騒音が鳴った。それは複数の足音で、すぐにうめき声が周囲から聞こえてきた。
「逃げましょう。もうここは安全じゃない」
絵麻が零すかのように言った。
俺たち五人は建物の出口へと身を動かした。先ほどの広場へと出る。
全員がその場で足を止めた。多数の同種が俺たちを広く円状に取り囲むように立っていたのだ。
同種は俺たちの姿を確認すると、そのまま一斉に俺たちの方へと走り出した。
スピードはかなり速い。普通の人間と同程度かそれ以上。通路で見た同種は動きが遅いように思えたが、それは単に手すりを持たず宙へ浮いていたことが原因だったようだ。
「東北ユーラシア支部に保護してもらおう」
俺は叫んだ。
同種たちが多少ぶつかりあいながら走ってきたため、先ほど見たDMZの方角に一筋の隙間ができたのだ。
その場にいる全員が俺の言葉に頷く。そして、俺たちは同種たちによって造りだされたその糸のような細い道をまっすぐに進んでいった。
途中掴まれそうになったりしながら、ようやく鋼鉄の格子の前へとたどり着いた。
その先をよく見てみると、東北ユーラシアの警備隊と思われる男たちがこちらに銃を向けて立っていた。
俺はそれを無視して、東北ユーラシア側へと身体を入れ込もうとした。が、鋼鉄の棒同士の間に隙間がほとんどないので、一ミリもその先には進むことができなかった。
業を煮やした俺は柱に打ち付けられた動かない鋼鉄の棒を縦に揺さぶり、「助けてくれ」と彼らに懇願した。
だが、彼らは顔を見合わすだけで何も言わない。それを見た俺は自らが身に纏う日本支部乗務員用制服の袖の先を確認してみた。
制服に搭載されたサイバーテクノロジーの機能により、自動翻訳の成功を示す色が現れていた。
その点は何も問題はない。その色の変わり具合を確認した俺はそう思った。
もう一度彼らに呼びかける。
だが、何故か彼らは俺たちを中に入れようとする気配を未だ見せなかった。
八神は少しでも時間を稼ごうとしてか、コルトパイソンやいつの間にか大型のバッグから取り出していたアサルトライフルで周囲にいる同種の殺戮を始めていた。
銃声が鳴る度、血が辺り一面に飛び散っていく。それに呼応するかのように、東北ユーラシア側の警備隊たちも同種に向けて銃撃を始めた。
空気が赤くなるほどの血しぶきが舞う。
次第に同種たちは倒れ込んだ同類たちに躓き始め、少しずつこちらへと向かってくる速度が弱まっていった。
「感染原因がわからない以上、おまえたちをここに入れることはできない」
若干の余裕ができたと判断したのか、東北ユーラシア警備隊のひとりがそう声をかけてきた。
「何を言ってんだよ。俺たちはどこも怪我なんてしていない――感染なんてしていない」
洋平が反論するかのように言った。
まだ台詞を続けようとしてか、口を開きかける。だが、彼はその後言葉を発しなかった。東北ユーラシア側の建物から同種たちが飛び出してきたからだ。
迫りくる地鳴りのような足音に気がついたのか、東北ユーラシア警備隊は全員後へと振り返り、悲鳴にも近い叫び声をあげながら銃を乱射し始めた。
同種の足音より大きい轟音が鳴る度、また、血がそこらかしらで飛び散った。
「おい、あの先へ行くぞ」
八神が言った。彼らの行動に一切興味を示していない。かくいう俺も、彼の視線の先へと便乗した。
先刻の東北ユーラシア警備隊のこちら側への銃撃のおかげで、いつの間にか同種たちの間に大きな通路のようなものができあがっていた。
それは壁と一体になっている建物まで伸びており、俺たちの助かる道はそこに入るしかない、とでも教えてくれているようだった。
「八神さん、絵麻、洋平、美雪。行こう」
俺は彼らにそう呼びかけた。
そして、その次の瞬間には道とはいえない道を走り出していた。
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