檸檬硝子の園
久々の更新です!お待たせしました!
~これまでのあらすじ~
「王都」にある「大陸魔法協会」が営む「学園」の魔術師学科に属する少女「オークルオード=ビブリオテーカ」は、地味な黄土色な上に癖毛の髪に
彼女は病床の祖母を元気づけたいと、祖母の想い出の品である「
市場で容易く入手できるものもあるが、それは味が違う、もうあの味には巡り合えないのかしらと話す祖母のため、学業の傍ら、淹れ方や品種などを調べる日々だった。
そんなある日。
オークルオードは学園の図書室で、
そしていよいよ、
果たして、祖母の記憶に残る檸檬硝子のお茶は見つかるのか――。
◇
雲一つない……わけではないけれど、青々とした空の下。
緑が生い茂る山々が連なる地域の一角、そこだけ綺麗に森を切り拓いた集落が見えた。
「あれが
「ひろーいのですー!!」
降りられそうな
「おーーーーい! なのですー」
リコットちゃんが無邪気に腕を振る。
わ、あぶ……。
ねぇ、ちゃんと周り確認しよ……? あいたっ。私にぶつけないでくれる……?
杏色髪の
ヒポグリフを指さす作業着姿の人……って、私たちの姿を認めると、慌てた様子で繁みや建物へ引っ込んでゆき、そのうちの数名が弓を持ち出し、……こちらに向けて矢を
ひょっとして……。
弓矢を番え構えるだけの牽制かと思いきや――そのうちの一人がいきなり矢を放ってきた!
ソラ君が咄嗟に防御壁を展開させると、向かってきた矢が感高い音を立てて跳ね返り落下する。
「何するのです! 危ないのです!」
殺気立ち抗議の声を上げるリコットちゃん。
大人たちにどよめきが走る。
ヒポグリフごと下降を始めようとする彼女を、ソラ君はその眼前に来て箒を握っていないほうの腕を真横に伸ばし制する。
「僕が行くから」
「うん……なのです」
静かにそう言うと、私に目配せ。
「リコットをお願い――」そう聞こえた気がした。
お願い、と言われてもどうしたものか。
何もしないわけにもいかず、考えあぐねた私は杏色の頭をそっと撫でる……。
「――!!」
わたしの手の感触に驚き跳ねるリコットちゃんに、私も驚き跳ねる。
「あっ! ご、ごめんなさいっ……! そのっ……」
「驚いちゃってごめんなのです! 気遣ってくれてありがとうなのです! ……もっと、なのです」
振り向きざま、目を見開いて怒りに満ちていた表情はすぐに落ち着きを取り戻し、リコットちゃんは私にいつもの人懐っこい眼差し、いや、それよりも甘い照れた視線を向けていた。
「ちょっと待つのですー」
声の調子も戻っている。これでもう大丈夫そうだ。
撫でるのをせがむよう、私の
下を見ればソラ君は地上に降り立ち、農園の大人たちと話をしている。
居合わせた大人たちは半信半疑、子供だけで? 魔獣を使役して、魔族じゃないのか? と口にするような険しい表情。
声は聞こえないけど、なんとなくわかる。
大人って……子供の言うことを信じないから。
体格のいい大人たち――男女入り混じっている――の中で、一際体の大きな男性が前へ進み出て、ソラ君に向かい合い右手を差し出す。
敵意の無い意思表示で握手を求めているのか……。
ソラ君はそれに応じる。
ソラ君がこちらを見上げ、手招きする。
話が通ったのかな。
リコットちゃんが手綱を引くと
「急に攻撃を仕掛けて悪かった。作物を荒らす魔獣が出るのでな」
「この子にはこれをかけますから」
リコットちゃんの弟、フィグくんから預かった無力化の首輪を、ソラ君は
どうみても大きさが合わないのに、首輪は吸い込まれるように魔獣の毛むくじゃらの首に収まった。
さすが魔力の込められたものね。
「これで敵意が無いと思っていただければいいのですが」
ソラ君の言葉に、さっきの屈強な男性――ここの責任者だというヤナ=ギネーズさんが大きく頷く。
彼の話によると――。
私の――いえ、私たちの探している
生育とともに空気中や大地から魔力を吸い蓄えることで、美しい
より質のいい花びらになるよう魔力が溜まるのを自然に任せた場合は生育に年月がかかるが、最近は人工的に魔力を与えられる技術が開発されたため、成長を早めることができ一年を待たずに出荷できるようになったのだという。
……価格が下がったのはそのためですって。
人工的に魔力を与えるには、自然界に存在する魔力の塊、中でも
檸檬硝子は本来、森の中で多種多様な木々や大地の魔力を得て育つもの。
魔力の出所や、育った土壌の細かい成分の違いから味も変化するらしいわ……。
純粋な魔力だけを与えられ育つことで、平たく言うと味の深みが無くなってるとか。
味が落ちてしまったとはいえ、生産効率を考えると大幅に楽できるようになった生産方法を元には戻せない。
微量な元素を人工的に集めようと思ったら途方もない時間と労力がかかり、誰も手の届かない高級品にしかならない。
売れなければ話にならないのだ。
多少質が落ちようが……。
「王都でぬくぬく生きているお嬢さんがたには、生産農家の苦労なんてわからないだろう。自然の育て方をしろ、と正義振りかざして農家を疲弊させた上に売れなくして飢え死にさせたいのか。技術が進歩して、やっと少し楽になったところだ。作らなければ供給不足と文句を言うだろう。消費者は勝手なもんだ」
農家さんの一人が恨めしそうに話す。
その苦労は消費するだけの私には想像できないものだろう。
「……わかるのです」
「あ?」
「うちは馬を育てる牧場なのです。……育てる苦労は……分かるつもりなのです。毎日毎日、休みなしなのです……。少でも楽ができたらいいのです……。でも、生まれながらの力でのびのびと育つのじゃなく、育てる側の勝手で育つものの質が下がったら、育つほうがかわいそうなのです……。たとえ数が少なくても、値段が上がっても、自信をもって売り出せるほうがいいのです……。と私は思うのです」
リコットちゃんが俯きながら、絞り出すように話す。
何か言いたそうな中年男性を、責任者のヤナさんが制する。
「でも、それぞれの都合があるのです……。生活のためにやむを得ない、なのです……」
リコットちゃんは自身のズボンの裾を左右それぞれ、握りしめる。
その手は微かに震えていた。
沈黙。
「まぁ……、お嬢ちゃんの気持ちは分かった。悔しいよな……。とにかく、ここにはあんたらの欲しがる天然の檸檬硝子はない。無駄足させて悪かったな。腹減っただろ? 農園の野菜で作った食事出してる
子ども相手にいきなり仕掛けたり、きつい言葉を投げてしまった罪悪感もあるのか、ヤナさんは妙に優しかった。
私たち三人で出し合ったお小遣いでは食事もままならない状態だったため、この集落の厚意に甘えることにした。
鮮度抜群の野菜たちはとっても瑞々しくて美味しいけど、さっきのヤナさんたちの話の後だからか、味気ない。
何か物足りないのは気のせいなのか……。
「自然に生えているところへ、行くしかないね」
ポツリ、とソラ君が呟いた気がしたが、私の心にはどうにも響かなかった。
不自由のない生活をしてきた私が、何の疑問も持たず当たり前に享受してきた豊かさの裏にある事情……。
それが、心に鉛みたいに重くのしかかった。
帰り際、手土産にと、取れたての新鮮な檸檬硝子をヤナさんから貰った。
無事に王都へ戻り、着の身着のまま戴いた
そこまでは覚悟が出来ていた。
だけど、その後に迎えた学術試験で、私は――――。
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