不安だらけの出発は、少年に見送られて
それからね、事態は動き出したわ。
手掛かりを求めて動くことになったの。
ここから、私にとって大冒険の始まりよ……。
◇
鷹と獅子と馬の合成魔獣『ヒポグリフ』との空中散歩とノミ騒ぎから一週間が経った。
私たちは幻の薬草茶・
文献を当たったり、取り扱いのあるお店や学園の教師に話を聞いたり……。
ノミ取りのため必死にヒポグリフを洗ったり洗ったり洗ったり……!
決め手になる情報は得られなかったけど、一つの結論に至った。
「生産農家に会いに行くの?」
「そうなのです! おとーさんが言うには、品種改良されて味が変わった可能性があるから、昔から作ってる農家さんに会いに行って話を聞いたらどうか? ということなのです!」
ある日の放課後。
いつものように三人で下校していると、リコットちゃんからそんな提案があった。
そう、
リコットちゃんのお父さんは
そのために農業関係者にも顔が広いそうで、色々聞いてくれたみたい。
正直調べ物はできても行動に結びつくものが無くて、手詰まり感があったわけで。
渡りに舟、ね。
「ありがとう、私のわがままのために……」
「気にしなくていいのです! お友達の為なのです!」
「友達……」
お礼を言うなんて、なんだか気恥ずかしくて気後れしてしまったけど、それ以上の返事と真っすぐに私を見つめる瞳に言葉が詰まる。
「友達……」
嚙みしめるように繰り返してしまう。
「そうなのです! 友達なのですー!」
今まで友達なんていなかったわ。
作ろうとも思わなかった。
自分を磨き、学び、を蹴落としたり出し抜いてでも私は宮廷魔術師になるべきなのだと思っていたから。
蹴落とすことになるなら最初から慣れ合わないほうがいい。
そうやって自分を縛っていたわ。
……けれど、助け合う、語り合うことのできる仲間がいるのは、悪くないことかもしれないわね。
微笑みを浮かべ、不思議そうに首を傾ける
「善は急げ、だね。さっそく計画を詰めよう」
穏やかに告げるソラ君。
もちろん、君とももっと仲良くなりたいんだよ?
……などという軽口は喉まで出かかっていたけれど、とうとう口にする勇気は無かった。
そのままリコットちゃんの家に寄り、日程を決める作戦会議。
リコットちゃんのお父さん、お母さん、ツンツン頭の弟フィグ君まで首を突っ込んできては
ふふ。こういうのちょっとドキドキするわね……。
◇
家に帰り、週末は勉強合宿すると両親に外泊許可を取る。
次の試験で、成績順位を必ず上げる、という条件のもとに――。
◇
迎えた週末、リコットちゃんの家に集まり荷造りし、日程の最終確認。
仮眠をとって夜明け前に発ち、昼前に着き、とんぼ返りで夕暮れまでに戻る
ソラ君が行き先までの地図を持ち、箒で飛んで案内役になることに。
一日飛びっぱなしで魔力も体力も
ちょっぴり憧れていた
私は相変わらず学園通学用の
迎えた早朝……にもなり切らない夜更け。
正直不安がいっぱいでほとんど眠れてない。
顔を洗いに洗面台に立った私の、鏡に映る目元はクマになってる。
欠伸を連発するソラ君に、……寝たまま動くリコットちゃんは、どうなってるのか意味不明。
リコットちゃんのお母さんが用意してくれた、防寒のため
ヒポグリフを放つために厩へ向かうと、馬たちの餌遣り支度をするリコットちゃんのご両親に会った。
お世話になったお礼を丁寧に述べると、手を止め笑顔で送り出してくれる。
こんな両親だったら、私ももう少し優しくなれたのかな……。
私たちの重要な移動手段になる
その獣のところにはリコットちゃんと同じ
まだ若い――幼いと言っても過言ではない彼もまた、この牧場の重要な担い手の一人なのだと改めて実感する。
ヒポグリフに丁寧に
獰猛な鷲の顔をした魔獣が、雛鳥のように気持ちよさそうに目を細め、手入れを受けている。
ノミがいなくなり、触り心地が一段と良くなったヒポグリフの背中に私とリコットちゃんが跨る。
空気を含んだ体毛の層は毛布のように温かい。
昼間は暖かい初夏の陽気とはいえ、朝晩は冷えるため心地よい。
「ふたりとも、姉貴のことよろしくな!」
「な、まるで私が頼りないみたいなのです!」
「みたい、じゃなくてそうだろーが」
「ぐぬぬぬぬ。生意気なのですー!」
お互いにあっかんべーをし合う姉弟を見て呆気に取られてしまう。
「まぁまぁ。それじゃ、フィグ、留守をよろしくね」
箒に横乗りし準備万端なソラ君の声かけに親指を立てるフィグ君。
私はかける言葉を見つけられず、なんとなく手を振ってみたらツンツン頭の弟君は一瞬目を剝き、そっぽ向いてしまった。
え。いつの間にか嫌われてるのかな……。
何か言ったっけ……。
「いざ出っ発ー!」
私の心情など知る由も無く、リコットちゃんの掛け声を合図に魔獣ヒポグリフが四足を踏み出し駆け、片方だけで大人の背丈以上ある逞しい翼を左右両方、大きく上下させ浮かび上がる。
振り落とされないように、情けないけど他に
「あの……っ!」
かき消されそうな声が聞こえ、薄目を開けると真下をフィグ君が走っていた。
身体能力の高いリコットちゃんの弟とはいえ、馬の早駆け並みの速度に追いつくのはギリギリのようだった。
汗を散らし息も絶え絶えながらも、杏色ツンツン頭の
「見つかると……っ! いいですね……っ!」
かけられた言葉に目を見開き、けれどあまりに突然のことに言葉が出ず、微笑むのが精いっぱいだった。
どの感情のものか分からない涙が一粒、風の悪戯によって飛ばされた。
彼は急に眼を見開いて硬直し、草原に立ち尽くす。
みるみるうちに距離が離れ、暗がりに佇む少年はあっという間に豆粒のようになっていく。
フィグ君の顔が朱に染まっていたように見えたけど、あれは全力疾走したからよね。
見送りありがとう――。
◇
この時の私は、まだ何も知らなかったわ……。
初めての内緒の冒険に浮かれていて……。
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