鋼に与える鉄槌

五三六P・二四三・渡

第131番個体の記録――任務開始から100年後地点

 限りなくゼロに近かった鼓動がゆっくりと脈打ち始める。体内に流れていた駆動人口血液が取り換えられていく。人口冬眠明け時に外気に触れると肌を気付つける。それを防ぐために回りは液体で満たされていた。冬眠から覚める時は深海がら浮上するのに似ている。暗がりからゆっくりと空へと向かっていく。押さえつけていたものが緩やかにい解きほぐされ、ある地点を超えると、自分自身が大きくなっていくかのような……

『おはようございます。あなたは50年間人工冬眠をしていました。現在ダウタ24星系から6AUの位置を飛行中です。船内AIの進化レベルは3となります。あなたが現在の社会生活に適応できることを心から応援しています』

 アナウンスにより起こされる。メリナ・131・レプオルモは身体を起こし、周囲を見渡す。カプセルは半透明になっており、同じ部屋に多くの人が冬眠していることが分かった。

 そして振り向くと、装甲を身に纏った人たちがメリナを囲んでいた。その数おおよそ30人。そして銃器をこちらに向けている。

 寝起きそうそう何やら穏やかな事態ではないことはわかった。メリナは慎重に一人一人を見定めようとした。

「メリナ・131・レプオルモ、お前をスパイ容疑で拘束させてもらう」

 武装集団の一人が銃を構えつつ、メリナに言う。

「えっと、どういうことでしょうか? 寝起きで頭が回らないので、よくわからないこと言わないでもらえますか?」

 次の瞬間メリナは頭に衝撃を受けて、突っ伏すこととなった。どうやら銃筒で殴られたようだ。

「――っ」

「立場をわかっていないようだな。逃げようなんて考えるなよ」

 頭を触ると血が流れていた。

「……痛いなあ。コールドスリープ明けなのに……砕けたらどうするんですか……」

「そんな減らず口をきいていられるのも今のうちだ」

「ちょっと待ってください。わたしは何もしてません。どうしてこんなことを?」

「黙れ。犯罪者め」

 再び強く殴られる。今度は頬が傷ついた。

 いい加減痛みに耐えきれなくなったので、黙ることにした。集団は全身を鎧のような防具で覆っており、顔面もガスマスクめいた仮面で覆われている。そのため顔もわからない。重装備でどうやっても素手でかなう相手ではなさそうだった。

「あの? 服とか着させてくれないんですか?」

「そんなものを着れる立場だと思うか? と言いたいところだが、我々は寛大だ。特別に途中で布切れをくれてやる」

 次の瞬間液体を吹きかけられた。そして体の表面でそれが固まって、服のようになる。災害時に使われるような簡易服だが、ないよりはましだろう。

 メリナは出来た服を眺めながら、言葉の真意を探る。スパイ相手に服を着せるかどうかは文化レベルの基準になるという言葉があるが、この場合はどうだろうか。

 そこから無理やり立ちあがらされて、銃でつつかれながら、その部屋を後にすることになった。廊下は無機質で飾り気のないものだった。壁紙もない。窓もなく、天井には照明が灯っているだけ。扉がいくつもある。

「これからお前を取り調べる場所まで連れて行く。大人しくついてこい」

 本当に照明と椅子以外何もないような部屋に連れられ、厳重に拘束される。ほぼぐるぐる巻きと言ってもよく、指一本動かせなくなった。

 相手はこの区画の制服を着ている。平凡さを感じて特徴的な所はない。さらに一番特徴的じゃないことを上げるとすれば、

 顔がないことだろうか。

 左右にも人が立っており、マスクを外しているところだった。もちろん二人とも顔がなかった。

「われわれ『無顔有貌の民』の教えを宣言しろ」

 尋問官が突然そんなことを発声した。慌てて、メリナは冬眠前の記憶を掘り起こした。

「わ……『我々は生まれた時は皆同じ。姿、性、心、自らを作るのは己のみ。どこから来たかよりどこかへ向かうのかを心しよ』」

 出来るだけ大きな声で宣言したが、尋問官たちは答えず、ただメリナを観察していた。おそらく今宣言した声の繊細な抑揚やタイミングを脳内ディバイスに記録しているのだろう。やがて、しばらく黙ったのち、存在しない口から声を出す。

「『これより尋問を行う。全てをさらけ出して同胞として我々は問う。だから汝もまたすべてをさらけ出し真実を答えよ』」

「はい……わかりました」

 メリナは両側の監視員から顔の表面に手をかけられた。脳内のロックをはずして、ゆっくりと義顔を取り外してもらう。

 目の前の人と同じような何もない顔をさらけ出し、一息ついた。

 これから本格的な尋問が始まるようだ。メリナは気合を入れてスパイだとバレないようにしなければ、と気合を自分に入れた。


 『無顔有貌の民』は生まれた時に顔を削り、表面を平らにする。その後自由に作れる義顔を装着して生活していくというコミュニティだった。

 義顔事態は普遍的な技術であり、多くの人が使っている。しかし『本当の顔』を削り取って使う人はなかなかおらず、そこから『生まれた時から』という条件を足すとさらに該当者数は少なくなっていく。わざわざ何故そんな特異なことをしているのかと言うと、外見主義に対しての一つの回答だそうだ。

 義顔は確かに思い通りに自分の外見を作ることが出来る。しかし結局のどこまで言っても『本当の顔』から付きまとわられることとなった。義顔はあくまで偽物の顔だという考えを捨てきるのは何百年たっても出来ず、顔の情報を盗み出し売買したり誹謗中傷したりして悪用する者はどの時代にもいたのだ。

 ならば、最初から削ってしまえば、そのような悩みから解放される、本当の顔など最初から存在しなかったのだ、自分の姿とは自分自身で作っていくべき。というのが『無顔有貌の民』の教えだった。

 コルソンはそんなコミュニティ……いやもはや国と言っていい程度にはなった規模の団体に潜入していた。

(とはいっても特定の場では義顔をはずして、何もない顔を晒す、というマナーは少し本来のコンセプトからずれているのだと思うのだけれども)

「あなたの所属は?」

 いろんなことを考えているメリナをよそに、尋問官は質問してくる。

「『無顔有貌の民』の六番街の係員です」

「冬眠状態を受けてない状態の年齢は?」

「24歳です」

「あなたがこの『無顔有貌の民』の施設に送られてきた理由は?」

「送られてきてはいません。この施設のカプセルベイビーとして生まれました」

「冬眠前の仕事は何をしていましたか?」

「食品ラインで働いていました」

 同じような質問が流れるように切り返される。気が遠くなるほど続けられた。一旦尋問官が離れて休憩なのかと思うと、別の尋問官が現れてまた同じような質問を繰り返す。

 眠くなってくると電流を流された。本当にテクッとする程度で形式上本気の拷問にはまだ移れないらしい。しかしそろそろ時間の問題なのかもしれない。


「準備が整いました」


 尋問官が後退するときそんなことを言い出した。これは何だっただろうかと頭の隅に引っかかるものを何とか掘り起こし、拷問の準備だろうかという案がせりあがってきて、嫌だなあと思っていたところに、そういえば捕まった時仲間が脱出させてくれる時の合図だという事を思い出した。

 ようやくかという気持ちと、拷問に移る前だったに充分間に合ったので「でかした」と言う気持ちが混在した。

 それはそうとしてそろそろ動かなければならない。

「ええっと、性別は?」

 何十回目かの質問が来た時、メリナは吐き捨てた。

「うるさいな……」

 尋問官が一瞬固まる。そして、脳内ディバイスの情報を書き換える首の角度をしていた。

「それは我々に敵対するという意思表示か?」

 尋問官が声のトーンを上げた。

「ちげえよ。極端かよ。これは私が尋問に疲れて悪態をついただけだ。そんなこともわからないのか」

 メリナはわざとらしくため息をついた。ようやく堅苦しいやり取りから解放されるのだ。

「お前の態度は取り調べの場においてふさわしくない。これは警告とする」

「それは昔散々言われたことか? 死刑囚フラボ・6・ラジアータ」

 そこで初めて尋問官に動揺が走った顔は見えなくとも雰囲気でわかる。

「どこでそれを聞いた? いやそもそもどういうことだ? 我々は義顔をはずしている。顔は個人を特定するものではないはずだ」

「いや、顔でだいたいわかるよ。いくら表面を削ったって、その平らな顔の内側にある骨の形はごまかせない。確かフラボの罪は……人間兵器の製造。一秒間に34回の妊娠と中絶を行わせることにより人体を強化する、という非人道的発想を実行したことにより、死刑が確定したもののこの社会実験に参加することにより免除されている」

 尋問官の動揺がどんどん大きくなっていく。おそらく脳内ディバイスの情報を改変する処理が追いつかなくなってきているのだろう。ついには耐えきれなくなったのか、動揺を表に出し始めた。

「馬鹿な!」

 尋問官が立ち上がった。そしてメリナにつかみかかる。

「そんな奴は知らない! でたらめを言うな!」

「いや別に知らないならいいけどよお……さてほかの二人はどうかな」

 と、ようやく静観していたほかの見張りが止めに入る。

「おい、尋問官Y、多少荒いのは許容範囲だが、そんな奴相手に本気になるな」

 見張りのもう一人もまた止める。

「大体顔の内側で個人が特定できるなんてことないだろう。もしそうだったら我々の教義が根底から否定されることになる」

「そうだな。我々は外見というものを天性的なものでなく自分たちで作り上げるものとした。だから我々は尋問するとき個性をなくす。だから区別できるなど言われたら、大問題だ。まあ、そんなことはないだろうが」

 声を出して二人は笑う

 その笑いはだんだん大きくなっていき、次第に狂気差を帯びるようになった。尋問官はじっと震えていた。

 メリナは二人が笑い終わるのを待ち、やがて部屋に静粛が満ちるまで耐えた。

 そしてぼそり、と言う。

「左がシルタータ・53・ミルタ。クローン人権過激派団体所属。700年ほど前まではクローンの人権がないに等しく、臓器移植用の家畜同然だった。しかし一時期から臓器だけのクローンが作れるようになり、魂人のクローンの人権は保護されるようになった。シルタータの所属していた団体はそれでもクローンの内臓を使うことには反対していて、そこで行われたのは意思を持った臓器を作ることだった。これを臓器市場に流通させて、『臓器は意思を持っているために移植するのは人道に反している』という考えを推し進めた。まあ失敗したわけだが。人体実験でかなりの人間が死んだ。

 右はゴリス・9ソン。殺人マルチ商法の発案者。要は紹介会員制の殺し屋組合のトップだが殺人人数のノルマと依頼人の紹介者を集めるノルマがあるということでかなり凶悪。これにより数千人が殺された。模倣犯も多く、惑星規模で考えると国一つの死人が出たという」

「あれは結局のところ形態が特殊なだけでギャングがやってる殺人とそこまで変わらない! ただちょっと変わった名前の方法を思いついただけで、模倣犯の罪まで被せられた冤罪なんだ!」

 メリナがゴリスと呼んだ見張りが声を荒らげた。どうやら図星だったようだ。

 また三人が黙りこくってしまった。やはり顔がないので表情を読み取るのは限界がある。しかし様々なことが渦巻いているだろう。じっとり三人は近づいてきていた。

 おそらく、ここでメリナを殺してしまった方がコミュニティ全体の危機にはならないんだろうかという事も考えているはずだった。三人の顔の向きが何度か交差した。おそらくログが残るから通信はしていない。ただ目的が同じだというだけでメリナを殺そうとしている。心臓の音が聞こえてきそうだった。

「3」

 メリナは数字を口に出した。

 それだけで尋問官たちに動揺が走る。何の数字だ? 他の二人には伝わっているという事か? そういった疑心暗鬼が渦巻いている。顔はなくとも雄弁にその表面が語っているという事かメリナにはわかった。

「2」

 見張りの一人がブラスターガンを抜いた。銃口はメリナに向いている。

もう二人は釣られるように拳銃を抜く。三人で斜線を合わさないように少し移動しだした。

「1」

「止めろ!」

 尋問官が叫んだ。

――次の瞬間、部屋の明かりが消えた。

 同時に何かが爆発するような音と共に閃光が部屋を満たした。一瞬で目がくらむ。尋問官たちは何も見えないようだった。

 その間にメリナの拘束を外す音がする。手を宙に浮かべると、そこへ拳銃が投げられた。

『挑発しすぎですよ』

 乱入者の声がメリナの耳元でつぶやかれた。そしてメリナは少し微笑んだ後、拳銃を動揺した尋問官に向けて撃つ。

 弾は脳天に直撃し、尋問官は壁に叩きつけられる。

残りの二人はそれに反応し、メリナに向けた引き金を撃とうした。しかし次の瞬間乱入者の放った弾丸により、二人は頭に風穴を開けられることになった。

「お疲れ様です。メリナ」

「お疲れ。32」

 メリナが答えると、当時に室内に灯りが戻る。質素な部屋に顔のない死体が三つ転がっている。そしてその間に少女と呼ぶべき年齢の女が拳銃を持って立っていた。

 女は目つきが悪く不機嫌そうな顔をしているが、その瞳は澄んでいてどこか愛らしい。肌は白いが病的ではない。

彼女は拳銃を投げ捨てると、ため息をつく。

「あなたはもう少し考えて行動してほしいものですね。確かに仲間を通してもうすぐ助けに来ると合図を送りましたが……」

「仕方ないじゃないか。もう何時間も尋問し続けて疲れてたんだよ」

「それで油断して殺されてたら元も子もないでしょう」

「はいはい。悪かったよ」

「全く……ほら行きますよ」

 次の瞬間、敵が部屋になだれ込んできた。

 二人は別の扉に向かって飛こみ、そして手榴弾を残して脱出した。

 安全を確保して一秒たってからの爆炎が部屋から溢れ出る。体勢を立て直し、34はそのまま走り出した。

 メリナもそのあとに続く。廊下に出ると死体が転がっており、仲間たちによる銃撃戦が続いていた。

「状況は?」

 メリナは仲間の一人に向かって尋ねた。

「まだ膠着状態だな。私が突入するまでは互角だったが、その後数発撃ったところで敵が撤退した。おそらく援軍が来ると思っていったん引いたんだろう。まあ、こっちとしては好都合だけどな」

「なるほど。じゃあ私たちはこの隙に離脱するとしよう」

「ああ、そうだな。よし、お前ら援護しろ!」

 メリナの仲間達が一斉に動き始めた。メリナと32を守るように陣形が組まれていく。

「このまま別の『車両』へ移動しますか?」

 32が脳内ディバイスでタスクを整理しながら情報を渡してくる。

「そうだな。その方が早いだろうし」

「わかりました。では急ぎましょう」

 言い終わった時に物陰から敵兵士が現れた。メリナは冷静に頭を打ち抜き、その後心臓を打ち抜いた。兵士の義顔が外れて、何もない顔が現れる。

「実際のところ」とメリナはそれを見て低い声で言った。「割とこのコミュニティのコンセプトは嫌いじゃなかった」

「二重スパイの告白ですか?」

「ちげえよ。なんでそうなる。ただ良いところの10倍悪いところも浮かぶ教義だったが、そのまま正しく機能してたらどうなったかも気になってな。他人事だけど。『外見を後天的に固定する』という思想以外――つまり上層部の腐敗から元々崩れそうだったわけだが、それももったいないと思っただけだ」

「多くの思想が寓話的や皮肉な最期を遂げるわけではないです。関係ない場所から突如崩壊するなどよくある話です。数千年後にまた同じような団体ができて上手くいくことを祈りましょう。だから悲しまないでください」

「悲しんでるように見えるか?」

「わかりません。いい加減に答えました。あなたの顔がないので」

 頷いた後メリナは新しい義顔をつけて「ははっ」と笑って見せた。

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