35.恒星系離脱―4『ブリーフィング―4』

 大倭皇国連邦宇宙軍、逓察艦隊所属の二等巡洋艦〈あやせ〉に乗り組む乗員たちは、担当する業務において、七つの科に区分され、それぞれ課業に従事している。

 すなわち、

 航路算定、また操艦を任とする航法科。

 搭載機器類の運用管理をになう機関科。

 艦体の維持管理を主任務とする船務科。

 情報収集、また伝達を担当する情務科。

 対敵戦闘及び兵装管理が任務の砲雷科。

 艦載機、要員の運用管理が任の飛行科。

 補給業務、また乗員管理を行う主計科。

――である。

 以上、七つの科に編成されて、乗員たちは業務を遂行するのだ。

 現在、各科を束ねる科長――〈あやせ〉の幹部連は、その全員が艦橋に集いブリーフィングをおこなっている最中であった。

 埴生大尉を長とする航法科を皮切りに、機関科、船務科、情務科、砲雷科、飛行科、主計科と順に報告をおこない情報交換することで、現状、またこれからに対する認識や対応のすり合わせをしているのだ。

 戦艦や空母、一等巡洋艦といった大艦ではないからか、和気藹々わきあいあいとまではいかないが、割とざっくばらんな空気で議事は進められていく。

 やがて、最後の報告者である後藤主計長が、「主計科からは以上です」と言葉を結ぶと、すこしの間、沈黙がながれた。

 ブリーフィングに参加している各員が、いま耳にした情報をそしゃくし、把握につとめているため生じた空白だった。

「船務長、航法長、機関長」

 その空白を利用する格好で、難波副長は三人の部下を指名する。

「この星系から離脱するまでに全乗員を対象として各種訓練を数回おこなっておきたい。三人で相談して訓練計画をたててちょうだい」

 稲村大尉、埴生大尉、そして、大庭おおば大尉の三人が、「はい」と返事をすると、乗員勤務割ローテーション一巡後までに報告のことと続けて命令を終える。

 それから思い出したように、

「それでよろしいですね、艦長?」と上官に許可をもとめた。

……返事がない。

 画面上では(過去世の)村雨艦長のアバターが、現在進行形で威厳を振りまいているものの、言ってしまえばこれはマネキンだ。必ずしも『実体』の動きと同調リンクしない。

「艦長?」

 再度、呼びかけ、耳を澄ましてみたが、やはり何も聞こえてこない。

 マイクの集音レベルを上げても同じこと。お菓子を食べている音を拾うでない。

……いや、今しがた、むにゃむにゃとか寝言のような声が聞こえなかったか……?

 もしかして……?

 タッチパネルの上に指をすべらせ、艦橋にいる者すべてのを素早くチェック。念には念の確認をする。

 そして、

(一、二、三、四、五、六……)

 深呼吸しながら声には出さずに数字をカウント。

 胸の奥底、深いところでグツグツどろどろと煮えたぎっていたの噴火を何とか抑えこもうと努力する。

 が、

 そうした努力――艦内序列第二位者として、部下たちの前で無様は晒せない、落ちつかなければ、冷静にという自制心にも限界はある。

 どう意識して、どう頑張ってみても血圧は目がくらむ程にこうじているし、美容面が心配な程いたるところに青筋が浮いてきてしまっている。

 堪忍袋はすでにパッツンパッツン――今にも張り裂けてしまいそうなくらいにふくらんでいるのだ。

 だから、

「えへへ……、もうこれ以上、食べらンないよぉ……」

 寝言……、寝言だろう呟き声が〈纏輪機〉の向こう側からむにゃむにゃ伝わってきたのがとどめとなった。

 難波副長は、いっそ静かな動作でコンソールを操作し、〈纏輪機〉の会話モードを通常の不特定多数パーティートークから一対一の秘話コンフィデンシャルモードに変更した。

 そして深呼吸でいっぱいになった肺に更に空気を吸い込み膨らませると、

「寝るなぁーーーーッ!!」

 力いっぱい怒鳴りつけたのだ。

 途端、

「わぴゃッ!?」

 難波副長の背後で奇妙な声があがると同時に、ガタン! と何かがぶつかったような音がする。そして、「イッタ~~い!!」と艦橋内に響きわたるきいろい苦鳴が。

 村雨艦長の声。

 その場の誰もが予想していた通り、やっぱり居眠りしていたようだった。

 怒鳴り声に驚いたはずみで、身体のどこかをぶつけでもしたのに違いない。真にいい気味である。

 気分がすこしスッキリしたせいだろう――部下たちが一斉に〈纏輪機〉越しでなく物理的に自分の方にふりかえり、目をまるくしているのがわかったが、難波副長はまったく気にもしなかった。

 村雨艦長が怒声をあげる。

「な、な、なによ、イキナリ馬鹿声だして! ビックリするじゃない! 心臓が止まったらどうしてくれんの、労災よ!? せっかく人がいい気持ちで寝てたっていう、の、に……」と言ってしまってから、「あ……」と慌てて口をつぐむ。

「語るに落ちましたね、艦長。大事な会議中に責任者ともあろうお方が居眠りとはなにごとですか」

 氷点下の声で難波副長が詰問する。

「あ、あ、あんたが黙ってろなんて言うからじゃない! お菓子も全部食べちゃったし、することも何にもないのに、その上お喋りまで禁止されたら死んじゃうでしょ!」

「四六時中、口を動かしてないと死ぬとか、ネズミか何かですか、あなたは!?」

「子供だ! 見ての通りのな! まだ小ッさいんだから、よく食べよく寝てよく遊ばなきゃ、ちゃんと大きくなれないでしょうがよ! はやくオトナになりたぁ~い! ってか、こんな子供を働かすとか虐待だ! 義務だとかアリエナイ! なにそれどこのブラック企業!? 宇宙軍は一体いつから強制収容所になったのよ! ってか義務教育なんて苦行もモチロン、ヤだけどね! 遊び遊ばせ朝風呂昼寝三時のおやつに好物オンリーの夕食をしこたま口にしてこそ子供はスクスク育つのよ! そんな事さえわからないなんて労基は何をやってんの!? ♪我々は~労働環境の~改善を~要求する~! あ~~、もぉ! 退屈! 退屈! 退屈なんだよ! アタクシ様にも何か喋らせろ! もしくはアタクシ様に食べ物を貢げ! あんたたち、部下のくせして上官に対する敬意が足りないぞォ……ッ!」

 癇癪かんしゃくか駄々か――手足をバタバタさせながら(なのだろう)喚くと、その余勢を駆り、うっぷんを晴らすかのように村雨艦長は猛烈な勢いでまくしたてはじめた。

 難波副長が止めるいとまもあらばこそ、居並ぶ部下たちを逆ギレ気味に一人一人名指しで呼んで、おばちゃん語りトークをかましだしたのだった。

!」

 情務長をつとめる羽立はだち大尉を妙な愛称(?)で呼んだのを皮切りに、

「ここに来る道すがら小耳にはさんだんだけどさ、なんかまたまた、みこみこがゴネてるそうじゃない? グズグズ不満を言ってンだって? それでなくてもストレス度合いが激上がりって聞いたけど、あんたの管理がわるいんじゃないのぉ? 異能者タレントさんってのは、とかく取り扱いが難しいんだから、もチっと気をつけてやンなきゃダメだわよ? どうせ、みこみこのことだから、せっかくに寄ったのに、BL本の新刊が手に入んなかったぁとか、ご当地お耽美たんび系男子のビジュアルがいっこも手に入んなかったぁとか、グズってる理由はそんなとこでしょ? できる上司を気取りたいなら、部下のほしがりそうなブツは先回りゲットしといて、それを見せ餌に仕事を山盛るくらいの甲斐性をみせなくってどうすンのさ。ほんとしょーがないんだから。……とりあえず今回は特別大サービス。幸いにも今、アタクシ様の手許にちょろまかし……じゃない、没収したばかりの薄いブツがあるから、後でソイツをてあげましょー。みこみこには読み終えたらコッソリ〈八〇一〉ちゃん……と、もとい、御宅曹長のトコに戻しとくよう伝えること。でもって万が一、曹長にっかったとしても、誰から借りたかとか言わないよう、くれぐれも念押ししとくのよ。いいわね?……というワケだからイクミンはその援護射撃をやンなさい。あんた〈八〇一〉ちゃんの直接の上官なんだから、適当に理由をでっち上げてでもあの子をキリキリ目がまわるくらいに忙しくさせること。仕事が終わったら何にもする気にならずにバタンQってなるくらいハードなのがベストね。あ、そうそうお菓子で思い出したけど、飛行科の子たちが船外作業の合間にエアロックでつくった宇宙氷菓は、か~な~り美味だったわよ♡。も一度食べたいからマーちゃん、上官のあんたからそう言っときなさい。材料費が足りないようなら、どこぞからちょろまかしていいから、ちゃんと献上させること。忘れずに伝えんのよ? それからねぇ……」と、息もつかせずダラダラダラダラ……、まさしく畏怖するしかない無限の肺活量で濁流だくりゅうのごとくたわごとどもを垂れ流しまくる。

 艦内状況を実に細かいところまでよく見ているものと感心するより、よくもまぁ、そんなしょうもない小ネタを拾ってくると呆れてしまう。

 いずれ兵たちの間でかわされている雑談や噂話が情報源ネタもとだろうが、艦の最高責任者ともあろう人間が、どうやってそんな下々の風聞を聞き知ったのか、そのやり口がわからない。

 ぜんたい、このブリーフィングの目的の一つに各科責任者の情報共有があるといっても、ゴシップまでもがそこに含まれるのか……? ましてやそれを説教めいた口調で言われるというのは妥当であるのか……?

 ちらりほらりと自分のしでかしたことの尻ぬぐいやら個人的な欲求からくるリクエストやらがないまぜられているというのに……?

 まぁ、そんなこんなで艦橋内の空気は、しだいに淀み、荒廃の度合いを増していった。

 難波副長はもちろんのこと、羽長、後藤郁美主計長イクミン狩屋雅恵飛行長マーちゃん――村雨艦長が槍玉にあげた(?)順番に、それぞれの表情がこの上もなく渋いものになっていく。

 そして、

「母さん、お茶」

 べらべらべらべら……際限なく喋りつづけて、ひとまず満足したのか、喉が渇いたらしい村雨艦長が難波副長に向かってそう言うと、

「誰が『母さん』ですか、誰が!?」「部下とはいっても、人様から無断拝借したものを又貸しするとか非常識にも程があります!」「兵たちが手慰みにつくった菓子が気に入ったからと、それで部下に犯罪をそそのかすとはなにごとですか!」

 当たり前だが非難や怒号が艦橋内を埋め尽くした。

 それに対して村雨艦長がまた反論し……、くして遅れてはじまったブリーフィングは、その終わりも見えず、いつ果てるとも知らず続いてゆく……。

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