第18話 「漂白」

 「見た所、我々がユウヤを操っているとでも思っていたようだが、残念ながら見当違いだ。 我々を皆殺しにしたとしてもユウヤが元に戻る事はない」

 

 魔王ははっきりとそう言い切った。

 元々、情報を得る為に魔族と接触したので、ここに来た目的は果たしたと言える。

 だが、これはどうすればいいのだろうか? 


 帰れない事がはっきりした以上は人族の陣営に戻って魔族を殺す事はできない。

 巌本にとって目的が消え失せた事を意味する。


 「……我々が帰る方法に心当たりは?」

 「ないな。 俺に言えるのは召喚陣でこの世界から出て僅かな可能性に賭けてみろとしか言えん」

 「…………そうですか」


 結局、世界の外に出るところまでしか保証されないようだ。

 巌本は大きく肩を落とす。 津軽は状況に付いて行けずにおろおろと周囲を見回すだけで、千堂は何も言わずに黙っている。 


 「なら優矢を元に戻す方法――あの免罪武装とかいうのを破壊する方法に心当たりはないの?」

 

 巌本が黙った瞬間、奏多が口を開く。 彼女の頭には優矢の事しかなかったので、そればかりだった。

 魔王は冷ややかな視線を奏多に向け、小さく溜息を吐く。


 「さぁな。 そもそもあの免罪武装が破壊できる代物なのかも、破壊して元に戻る事も分からん。 出来ると思うのであればここで問答せずに自分で試したらどうだ?」

 

 魔王は奏多が言い返せずに黙った所で、ぐるりと周囲を眺めて他に質問が出なくなった所で席を立った。


 「質問は以上だな。 ここに貴様らの居場所はない。 さっさと出て行け。 そちらから仕掛けてこない限り、こちらからは手出しはしない事を約束しよう。 何か問題を起こせば皆殺しにする」


 最後によく考えて行動しろと付け加えて魔王との話は終わった。

 その後も特に何もなく奏多達は魔族軍が駐留している陣から追い出され、行く当てもなく歩き出す。


 「……なぁ、これからどうすんだよ……」


 歩き出してしばらくすると津軽が絞り出すようにそう呟いたが、答えられる者は誰もいなかった。

 巌本は帰れないという事実に頭が真っ白になり、奏多は優矢をどうにかする事で頭がいっぱい。

 千堂は特に何も思わず、方針が決まる事をただ待っていた。

 


 真っ白な一条の光が砂漠の空を引き裂き、曲線を描いて着弾。

 巨大な爆発が発生し、巻き込まれた人族の騎士達が成す術もなく消滅していく。

 ここは大陸中央部の砂漠。 人族の軍は魔族国との境界で受けた想定外の損害とそれを齎した存在から逃げ出す為に北へと向かっていたが、彼等を追う存在は離れたからと見逃すつもりがないようだ。


 かつて霜原 優矢だった存在はガラス玉のような何も映していない目に無表情で機械のように真っ直ぐに歩く。 そして手に持つ免罪武装・地上楽園――全ての免罪武装を取り込んで一つになったそれを無造作に構える。 弓の形態をとっているそれを軽い動作で引くと魔力が収束し、凄まじい光を放つ。


 仕組み自体は千堂の扱っている魔力弓と同じなのだが、規模が桁外れだ。

 手を放すと真っ白な漂白されたような白い光の矢が放たれ、曲線を描いて逃げる人族の軍がいる辺りに着弾する。 巨大な爆発が発生。


 数百、数千の命が無造作に消える。 それだけの命を奪った優矢だったが無感動に歩き、適度に近づいた所で弓を引いて放つ。 その繰り返しだ。

 歩きの優矢と全力で逃げる人族。 距離は開いているはずだが、異様な程に長い射程を誇る弓はその差を容易く覆す。


 弓を弾きながらも優矢の思考は知覚範囲に存在する生命体を消し去る事しか存在していない。

 霜原 優矢のパーソナルな部分は全て消え去り、免罪武装・地上楽園が齎す目的に操られるだけの存在と成り果てた。 


 免罪武装・地上楽園は全ての罪を許す為にこの世界に生み出された武具――と言うよりは浄化装置だ。

 免罪とは罪を許す事。 そして生物には原罪と呼ばれる罪が内包されており、免罪武装の判定ではこの世界に存在する全ての生物は罪人となる。


 原罪は生物の魂とも呼べる根幹に刻まれており、何をどうしても罪人という括りから逃れる事は不可能だ。 ならば具体的にどうすれば罪は許されるのか?

 答えは優矢の行動が雄弁に示していた。 この世界の者達は死ぬ事で全ての罪から解放される。


 裏を返せば生きている限り罪人なのだ。 

 例外は使用している肉体の持ち主である優矢だけ。 彼は免罪武装を使い続ける事により、全ての感情と魂を食いつくされ文字通りの傀儡と成り果てた。


 そこには憎悪すら抱いていた奏多への感情どころか外界への認識すら存在しない。

 あるのは知覚範囲に生物がいるかいないかの違いでしかなかった。

 免罪武装は優矢の体を用い、この世界で自らに与えられた目的を果たすべく動き続ける。 

 

 人族の者達は訳も分からずにただただ目の前の死という脅威から逃れる為に走っていた。

 訳が分からない。 少し前まで魔族の国に攻め入って勝利し、英雄として凱旋できると確信していた。

 

 ――はずだった。


 厄介な敵は全て勇者が片付けてくれる。 自分達は勇者の討ち漏らしを片付けるだけでいいのだ。

 危険ではあるが比較的、安全で楽な仕事。 そんな認識を抱けるほどに勇者の力は圧倒的だった。

 だが、彼等の思惑はたった一撃の正体不明の攻撃の前に崩れ去る。


 優矢の放った最初の一撃で、本陣にいた勇者――深谷と古藤は即死。

 指揮官クラスの者達も大半が死亡し、残ったのは一般の騎士が大半でその者達も突然の出来事に対応できずに逃げ出す事しかできなかった。


 ひいひいと情けない悲鳴を上げ、涙を流し、失禁しながらも逃げる者達は必死に足を動かす。

 そして現実逃避に疑問を抱くのだ。 何故自分がこんな目に遭わなければならないのかと。

 その疑問に答えは永遠に出ない。 何故なら放たれる浄化の光がその命ごと思考を漂白するからだ。


 優矢は淡々と機械的に矢を放ち続け――不意に足を止めた。

 何故なら狙うべき対象がもう存在しなくなったからだ。

 誰もいなくなった砂漠の真ん中で優矢はぼんやりと空を見上げる。


 特に意味を持った行動ではなかった。 ただ、体に染みついた生前の習性に引っ張られただけの行動だ。 今の彼には目的しか存在しておらず、奏多に抱いた激しい怒りも、大切にしていた使い魔との思い出も、そして失った悲しみすらも存在していない。


 ただただ、無だけがそこにはあった。

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