第10話 「遭遇」
勇者の参戦により魔族側がやや優勢だった戦況は一気に人族側に傾いた。
奏多達は最初こそ慣れない戦場とレベルが上がり切っていない事もあってそこまで突出していなかったが、魔族を屠った事で大きくレベルが上昇した事によってその戦闘力は大きく引き上がり戦場で圧倒的な力を振るう。
奏多の魔法剣から迸る光を纏った斬撃は次々と敵を地形ごと粉砕し、津軽の槍はありとあらゆる敵を刺し貫き、巌本の守りはどんな攻撃も防ぎ切る。
後衛も負けてはおらず、深谷の魔法は一軍を焼き払い千堂の矢は的確に敵の急所を射抜く。
そしてそれを支えるのは古藤の魔法だった。
戦況を正確に見極め、何処に大規模な攻撃を叩き込めば敵軍を崩せるのかの情報を与えて勝利に大きく貢献する。
勇者を投入した人族は連戦連勝で次々と前線を押し上げた。
訓練と移動で約半年、戦場で約半年、奏多達がこの異世界を訪れてから一年ほどが経過したところで魔族国が目視できる場所にまで辿り着いた。
――やっとここまで来た。
奏多は無感動にそう思い、遠くに見える魔族の街を見つめていた。
約半年の戦場は彼女を大きく変え、レベルは二百の後半に至り、表情は数多の戦場を潜り抜けた戦士のそれになりつつあった。 それは他も同様で彼等は例外なく、戦場の空気に馴染み躊躇なく命を奪う事ができる姿は人族が求めた勇者そのものと言えるだろう。
圧倒的な力を振るう勇者は人族の士気を大きく上げる。
勢いづいた人族の軍は今すぐにでも攻め込みたいと言わんばかりだ。
奏多達も早く帰りたい、活躍したいといった差異こそあるが、概ね同じ意見だった。
「そーいや、魔族側には勇者っていないのか?」
敵の本拠を目前とした所で津軽が府と呟いた。
「そういえばそうですね。 僕達がいる以上、向こうにも似たようなのが居ても不思議はないんですが――出て来ませんね」
この世界では過去にも勇者召喚は行われていた。
ただ、魔法陣に大量の魔力を蓄える必要があるので一度行えば数十年は使用が不可能となる。
人族、魔族の両勢力に存在する召喚魔法陣はほぼ同じ仕様なので、同じタイミングで召喚できるはずなのだが今回に限っては魔族側の勇者の姿が見えない。
人族の見解ではもしかしたら砂漠でぶつかるかもしれないと身構えてはいたが、ここまで侵攻を許している時点で召喚しない、もしくはできないと判断。
片方の勢力のみに勇者が存在しているのなら負ける事はまずない。 単に何らかの事情で使用を躊躇しているだけなのかもしれないのでもしかしたら召喚されるかもしれない。
その可能性を排除する為にも早々に魔族の国へ入り、街を制圧して橋頭保とする。
今が攻め時、それが人族に属している者達の総意だった。
「もしかしたら居るかもしれないから警戒は怠るなとは言われている。 確かに我々は危なげなく、ここまで来れた。 もしかするとそれこそが魔族側の罠かもしれない」
そう言って釘を刺すのは巌本だ。
彼もこの上手くいきすぎている状況に少し違和感を感じていたので、何も考えずに進むのは危険だと思っていた。
「巌本サンの言いたい事も分かるっすけど、ここまで攻められてできますかねぇ?」
「……どちらにせよ攻めてみないと分からんから、行く事には変わりないが警戒は怠るなという話だ。 戦いに勝ったとしても我々の中から犠牲者が出てしまえば意味がない。 津軽君も死にたい訳ではないんだろう?」
そう言われると津軽も素直に頷く事しかできなかった。
「ここまで来たら後少しだ。 どうにか切り抜けて皆で無事に乗り切ろう」
巌本の言葉に奏多達は頷いた。
その後、彼の打診によって勇者を前面に置いた大攻勢ではなく、橋頭保を築く事を優先した奇襲を行う事となった。
作戦としては非常に単純で、奏多、深谷、千堂の三人で分かり易く正面から攻め込んで陽動を行い、その間に津軽と巌本が近くの街を制圧する。
後はそこを起点に徐々に制圧して首都の陥落を目指すというのが大まかな流れだ。
あまりこういった事に精通していない奏多は素直に従って前線に出る。
――もう少し、もう少しで優矢に会える。
巌本の言っている事も理解はしていた。
だが、それ以上に今の彼女は幼馴染の少年との再会を強く望んでおり、少しだけ気持ちが急いていたのだ。 だからこそ、彼女は前線で力を発揮し、耳障りなノイズを撒き散らす魔族を次々に斬り伏せる。
勇者の中でも彼女は非常にバランスが良く、剣術に魔法と両方に高い適性を示し、魔法剣士として徐々にではあるが完成されつつあった。
手に持つ魔法剣は魔族のあらゆる守りを紙細工のように切り刻み、魔法も攻撃だけでなく身体能力を強化する魔法や身を守る防御魔法も習得しているので他ほど尖った物はないが何でもこなせるオールラウンダーと呼ぶにふさわしい実力者に成長を遂げている。
背後から深谷の魔法と千堂の援護が飛ぶ。 津軽と巌本が不在なのでやや前衛が不足しがちだったが、彼女一人でも充分に戦えていた。
最初に抱いた葛藤と命を奪った事による嫌悪感は今は遠く、もはや魔族を殺す事は日本へ帰る為の過程でしかない。 斬り、刺し、魔法を用いて焼き、刻む。
途中で人族の意図に気が付いたのか一部の魔族が後退していく。
ただでさえ押されている状態でその行動は致命的だった。
奏多は騎士達を引き連れて敵軍を文字通り、斬り刻むと砂漠を越え、魔族国の領土へと踏み込んだ。
殿を全滅させた所で彼女の仕事はひとまず終わり、津軽と巌本が街を制圧するのを待つだけだったのだが――そこで想定外の事態が発生した。
――魔族側の勇者らしき存在が現れたのだ。
詳しくは巌本達と合流して話を聞く事になるが、何でもレベルは四千九百後半で五千に届きそうな程らしい。
レベル五千。 途方もない数字だ。
今の奏多達の平均で二百半ばから後半だ。
レベルとそれに支えられたステータスはこの世界において絶対と言っていい。
極端な話、ステータスが上回ってさえいれば赤子でも大の大人を殴り殺せるのだ。
つまり敵の勇者と遭遇すればほぼ確実に奏多は敗北する。
それを聞いて彼女が抱いたのは理不尽に対する怒りだ。 ここまで上手くいっていたというのに何故そんな怪物みたいな奴が現れるのか。 後少しで魔族を滅ぼして帰れるというのにどうして……。
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