第4話 「郷愁」
訓練が形になって来た所で次に国から与えられたのは装備品だ。
奏多達はスキルに合った装備と鑑定を防ぐ耳飾り、異世界人は元々鑑定スキルを与えられている事もあってこの耳飾りがあれば一方的に相手の情報を見る事ができる。
「……取れない?」
奏多は支給されたそれを身に着けると何故か取れなくなった。
他も同様で違和感に眉を顰めている。
「あのー、取れないんですけど?」
津軽がそう尋ねると持ってきた国の魔術師は奪われない為の措置と説明して来た。
この耳飾りは国宝クラスの非常に貴重なアイテムで代わりが利かない貴重な代物らしい。
希少品だけあって効果は凄まじく、他からの鑑定を妨害してステータスの詳細を見る事ができなくなる。
実際、身に着けた津軽や巌本に鑑定を試したが、名前とレベル程度しか見る事ができなくなった。
耳飾り自体も強力に守られており、鑑定を弾くらしく詳細が読み取れない。
津軽と深谷は凄いアイテムだと喜んでいたが、古藤は露骨に不審に思っているようでしつこく外そうとしていた。
後はそれぞれ武装となる。 巌本は巨大なタワーシールドと全身鎧。
攻撃を司るスキルを持っていないので完全に防御に振った装備構成となっている。
津軽は動きを邪魔しない構造の軽鎧に風の属性を付与されている槍。
深谷は魔法的な能力を引き上げるローブに杖。
千堂は気配を消す事ができる外套に魔力によって矢を形成する魔力弓。
古藤は深谷と似た機能を持つローブと短杖。
奏多は煌びやかな装飾の施された剣に軽鎧。
剣は聖剣と呼ばれる最上位の武具で纏う五色の煌めきはあらゆる邪悪を払うとされている。
試しに握って見たが見た目以上にずっと軽い。 試しに振ってみると羽を持っているかのように滑らかに軌跡を描く。 装備を手に入れて喜んでいる津軽と深谷、気が進まないといった調子の巌本。
無表情に装備の具合を確かめる千堂と露骨に嫌そうにしている古藤。
奏多は努めて表には出さなかったが、感想としては古藤に近かった。
こんな大層な武器を与えられれば嫌でもこれから命のやり取りをしなければならない事を実感させられるからだ。
この世界に来て大体、一か月と少し。
その間にこの世界を取り巻く情勢に関してもある程度の情報は与えられていた。
地図で見るとこの世界は非常に分かり易い形をしている。
巨大な大陸が一つあって中央の砂漠を挟んで北と南に魔族と人族に分かれて争っていた。
魔族は種族的にも多様性に富んでおり、様々な形状をした個体が存在する。
対する人族は「人」という種族として集団を形成しているので国王こそ存在するが、人族の国としか呼称されないのだ。
魔族との確執の歴史は非常に長く、この国が建国した時点で既に争っていたらしい。
文献などで遡っても根本的な原因は不明で、一説には魔族は種族間での差別意識が強く何度も国内で小規模の戦争を起こしていたので好戦的な種族が人族の国に攻め込んで来た事ではないかと言われている。
人と比べ魔族は身体能力に優れ、種族特有のスキルなどを保有しているので普通にぶつかれば押し込まれるのは当然だった。
そんな中、発掘された勇者召喚の魔法陣によって異世界から勇者を招く事に成功。
召喚された勇者の力は凄まじく、相手のステータスを見通す鑑定スキルと個々に戦闘や支援に特化した強力なスキルが与えられる。
それでも魔族を滅ぼす事は叶わず、戦況は数十年、数百年と膠着したままだった。
時折、疲弊によって両軍が後退し、僅かな休戦期間を挟みつついつまでも戦いを続けており、それは今でも続いている。 和解や停戦を行うには両者は血を流しすぎた。
この戦いはどちらかを滅ぼし尽くすまで終わらないだろう。
過去の勇者はこの異世界の戦いでその命を燃やし尽くし、英雄としてこの国で祀られてはいるが奏多からすれば何の慰めにもならない。
奏多は小さく溜息を吐いて城内の廊下を歩く。
前には肩を落として歩く古藤が居たので流石に心配になって声をかけた。
「あの、古藤さん。 大丈夫ですか?」
「……え? あぁ、神野さん。 ごめんなさいね。 大丈夫よ」
明らかに大丈夫じゃなかった。
放置することもできなかったので良かったら話を聞きますよと食堂に誘って移動。
貰ったお茶の入ったコップを差し出して向かいの席に着く。
「……神野さんは怖くない?」
しばらくの間、コップに揺れる水面を眺めていた古藤だったがややあって口を開いた。
「怖いですよ。 それでもできないと逃げ出す事も出来ないから皆、無理に前向きになっているだけですよ」
そう言いながらも津軽や深谷はゲーム感覚で楽しんでいると思っているので我ながら適当な慰めを言っているなと自嘲する。 本音を言うなら奏多自身も逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。
向こうに残した幼馴染の事も気になるので一刻も早く日本に戻りたかった。
あの事故で優矢が死んでいるかもしれないと考えると体が震える。
あれから随分と時間が経っているので何とか生きていてくれる事を祈る事しかできない。
それに自分が死んでいると思われて忘れられる事を思うと恐怖すら感じる。
知らない所で葬儀が済まされ中身のない墓を置かれ、悲しみを共有し、最後には『過去』というラベルを貼られて記憶の片隅に捨てられる。
両親に、友人にそして何より優矢にそう思われる事が彼女には耐えられなかった。
だから嫌で仕方がないが、帰る為に奏多は戦う事を決めたのだ。
それを聞いて古藤は力なく笑う。
彼女は「ちょっと聞いて貰えるかしら」と前置きして自分の事情を語り始めた。
古藤 泰子。 主婦、家族構成は夫と娘の三人家族。
あの日は旦那と買い物に行く予定だったが、明らかに仕事で疲れていたので自分だけで行って来ると一人でモノレールに乗ったのだ。 こうなるなら「車を出そうか?」と提案した旦那に従うべきだったと泣きそうな声で付け足す。
古藤は肩を落とし「夫に会いたい、娘に会いたい」とすすり泣く。
奏多はしばらく待つと少しして落ち着いた古藤は幾分かすっきりした表情で小さく「ありがとう」と感謝を告げた。 その後は取り留めのない話をした後、解散となった。
翌日から少しだけ古藤が前向きに訓練に参加するようになったので、話せて良かったと奏多はほっと胸を撫で下ろした。
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