第8話 望みと憧れと非難と 【5】

 人とは時として、人に望み、人に憧れ


 ────人を非難する。


 リダンは世界を救った英雄に違いない。

 これは国から見ても相違なく、民の見解もそれと概ね同じくした。


 戦っている最中にもその様子は事細かに民へと渡り、それを見た人々は少年少女から年配の人まで希望の星であったように。


 魔を討てとリダンに望み、そんな姿に少年少女は憧れを持った。

 結果として、リダンは契約という形にはなるが間違いなく魔を退けた。


 彼にはその力があった。

 魔を討てる程の力が。


 しかし、人とは困ったものでそんな羨望の的となるリダンに対し不信の声が上がった。


『彼をそのままにしていいのだろうか?』

『『星痕』こそ無くなりはしたが、それ以外は健在であろう』

『抱え込むという選択肢は間違っては無いだろう……が』

『彼が国に対し謀反を企てない保証は無いだろう』


 国の上層部とて一枚岩では無い。

 国にとって彼は英雄ではあるのだが、その力……過ぎた力は国にとっても脅威と感じ始めていた。


『どうだろうか、彼を軍務から退かせて何処ぞの街にでも住まわせては?』

『それなりの金と住む環境があれば誰も断らまいよ』

『うむ、その方針でいこう』


 やがてその一部の権力者はリダンを追放し、自分の手が届きつつ彼からは手を出しにくい状況にした。

 彼と懇意にしていた側室の姫キリヤを嫁がせ、金と家を用意した上でキスクへと追いやったのだ。


 英雄の追放という一大ニュースに人々は黙ってはいなかった。

 大きなデモが起き、人々は国家に反発した。


『お前ら国を守ってくれた英雄に対してなんて対応だ!』

『大きな力? それがなんだって言うんだ!』

『その力がないと今が無いんだぞ!』

『その身可愛さに追いやったんだろ!』

『追放は反対だ!』


 その声はたちまち大きくなり、国中からの支持を集めるのは時間はかからなかった。


 しかし、リダンはこの戦いを終えたら隠居してのんびり過ごそうと思っていた折、金銭と住居に愛しい姫様までくれたものだから何も不満はなかった。

 最後の仕事としてリダンは、住民に対してこう言い放った。


『俺は元より静かに過ごすつもりだった!魔を退け、人が安心して暮らせるようになればどんな地位も過多な褒賞だって少し控えてもらう予定だったんだ!結果として、追いやられる形にはなったが俺自身後悔もなければ、国に対しての不信もない!確かに対応こそ間違えたかもしれないが俺は満足している!どうか抑えてくれないか』


 元々、褒章だって受け取らずに何処かに足をつけてのんびり出来ればいいと思っていたリダンは、それなりの富を得て移り住むという思ってもない話となった。

 リダンに取ってはまたとない機会であったのは間違いないのだ。


 どこか穏やかな所で嫁を取り、それなりに働きのんびり暮らす。

 そんな生活に嫁が姫様で元から金がある状態になるだけなのだ。

 なんの不満もあろうはずがなかった。


 その声もあり、大きく膨れ上がって反対の声も自然と少なくなりいつもの暮らしとなったのだ。


(父さんは…本当にこれで満足なのだろうか? 戦えるなら戦いたいと思わなかったのだろうか?)


 レントはそんなことを思いながら寝床に着くことにした。


 ──とある街のとある宿屋にて


「リダンがあの街にいるのは本当なんだろうな?」

「あぁ、あの筋の情報だ。間違いはないだろう」

「俺らの英雄がなんて耄碌したものだ」

「その力があるなら国に反発も出来ただろうに、何故だ」


 反発デモこそ収まったが燻りは未だ無くならず、なんでも出来るのに何もしなかったことへの非難する者たちが陰ながら暗躍している事は、レントの知る由もなかった。


 国家に対する不信とリダンに対する非難。


「その思いを募らせた集団……か。今のところは何も怪しい動きを見せてないし、観察を続けますか」


 宿屋に聞き耳を立てていたひとつの影は、役目を終えたとして離れていった。



 翌朝、レントは少し起きるのが遅くなった。

 急いで朝食を食べに食堂へ向かうと、既に食べ終えたのか人は少なかった。


「レント 遅かった」


 ガルドがまた1つ言葉を覚えたようだ。

 既に彼はほとんどを食べ終えようとしていた。


「あぁ、ちょっと考え事をね」

「ふふっ、レント君は寝坊助ね」


 オリティアに笑われ、ガルドには呆れた顔をされてしまった。


「合格出来たから考える事も多くなるだろう。油断はするなよ」


 ライゴウに背後から忠告を受け、その通りだと思い直した。


(うん、僕にできることを地道にやっていくしかないね)


 そこからはいつものレントに戻ったようで、3人からもう大丈夫だとばかりに頷かれた。


「持つべきものは友なのかもしれないね」

「それはそうとして、俺はいつまで待てばいいんだ? いつ戦うんだ?」


 そうだった。

 ライゴウと戦う予定があるんだった。


「あんまり気乗りしないなぁ。」

「なんなら今日でもいいぞ。いや、昼までは無理だがそこからなら」


 あぁ、じゃあそこでいいよと返事をしてさっさと食事を済まして席を立つ。


(さて、昼まで何をしようか。入学はまだだけど校庭を使わせてくれないかな)


 ライゴウとの戦いの件も伝えなければならない。

 後で校長先生……いや、手軽な教師を捕まえて聞いておこう。


 部屋に戻るとレントはこの後の予定について考え始めた。


「と、紙はどこだっけ。あったあった。えぇと」


 紙に今日の予定を整理していく。


「とりあえず昼からはライゴウとの戦いだろ?手合わせなのかな?があるから昼からはこれで、校庭利用を聞くために聞きに行かないとだからこれはすぐ行った方がいいな」


 入学式は次の週初めとの事なので今日明日レントは暇であった。


「うぅん。今日の予定って思ったより空いてそうに見えて時間が分からないから上手く組めないや。明日の予定でも立てておこう」


 明日は足りない衣服を買いに行くとして、その時に雑貨など揃えた方がいいだろう。

 明日は丸々買い物になりそうだ。


 予定が出来上がるとレントは早速校庭の利用を聞くために廊下を進んでいた。


「おや、君は……」


 そう言って声をかけられたのは第二試験の時校長先生の補足をしていた人だ。

 ちょうどいい、彼に聞いてみよう。


「あのう、まだ入学はしてないんですけど校庭って使えるんですか?」

「おや? 校庭を使いたいのですか? 時間と何するかを私に言っていただければ自由に使って構いませんよ」


 それなら話は早い。

 レントはその予定を話した。


「ふむ、昼まで魔術練習とそこからはライゴウくんとの模擬戦ですか。」


 少し彼は考えた後、ひとつの提案をよこした。


「実は午前中に私の担当クラスにて魔術演習があるのですよ。そこに顔を出してくれませんか?それなら許可を出しましょう」


 ニヤリと顔を歪めた彼はレントの力を他の生徒に学ばせたいと思っているのだろう。

 レントとしては暇を潰せて他の人の魔術も見れるのでウィンウィンといった所だろう。


「分かりました。それで大丈夫です。で、その、いつから使っていいんですか?」

「そうですね。私の授業がこの後30分後に始まります。その時に来てください」


 そう言われて話を終えると彼と別れ、校庭へ行く準備を始めた。


「魔術演習と言うことは僕自身の練習にもなるだろうけど、ライゴウくんと戦うためにある程度は余力を残さないといけないから……」


 売店に行き、魔力回復薬を数本買い足すとその足で校庭へと向かった。




「さて、今日の授業は校庭での魔術演習となりますが、特別ゲストを用意しています」

「特別ゲスト? 俺ら第2学年生にか?ビュート先生」

「はい、ではお呼びしましょう。レントくん。いらっしゃい」


 流石のレントも一クラス中の視線を浴びて緊張が走る。


「ご紹介に預かりました。レントと言います。特別ゲストって言ってますが自分にそこまでの価値があるか分からないので学ばせて頂きます!」


 ……ザワザワ


 クラスがざわめき始めひとつの声が上がった。


「あれ? レントっていやぁ」

「あぁ! あの魔術の!」


 どうやらレントの使う魔術についてはある程度把握を済ませているようだ。

 流石上級生だと感心したレントは、ビュートと名乗ったおじいさん先生に目を向けるとアイコンタクトをされた。


(どうしろって言うんだ)


 その答えはすぐ分かった。


「さて、知っての通りレントくんは影魔術のエキスパートです。このクラスに影魔法使いは……あなただけですね。アインさん、彼をよく見ておくように」

「は、はいぃ」


 アインという少女は言っちゃ悪いが幸薄というのが第一印象だった。

 その姿勢がそれを物語っている。


「レントくん。彼女はああ見えてかなりの腕があるんですがね、見ての通りの性格なもんでよくしてやってください」

「うーん、善処します」


 前置きはそのくらいにしておいて貰えないだろうか。

 そろそろ視線が痛い。


「それでは演習、とききたい所ですがレントくんの実力。みんな知りたくないですか?」

「!?」


 やられたっ!

 これではあんまり自分にリターンが少ないんじゃないか?

 そう思ったレントは怪訝な顔をビュートに向けると、彼は大丈夫と言わんばかりに


「彼らに実力の分からない相手を参考にしろなんて言えません。自分よりは出来る、そう思って欲しいんですよ」

「まぁ、そういうことなら……」


 というわけで急遽始まった上級生との演習。

 最初に組むのは1人の男性だった。


「なら、俺から行かせてくれよ! 下級生に負けてらんないからな!」

「ふむ、いいでしょう。ではそこにならって下さい」


 2人は校庭の真ん中に行きいつでも戦えると構えを取った。


「それでは演習始めますが、命に関わるような物は当然禁止。あぶなければ止めに行きますので安心してください」


 ────では、初め!


「さて、レントとか言ったな。俺はコウって奴だ。影魔術が得意なんだって?俺だけが情報を知ってちゃフェアじゃねぇ。俺のも教えといてやる、俺の得意なのは雷属性だ」


 そう言うのが早いか、行動にするのが早いか分からないくらいでこちらへ駆けてきた。


雷速ファスト!!」


 雷魔術の基本魔術である速度強化の魔術だ。

 突き詰めると雷と錯誤するレベルには速くなると聞くが、彼はまだその領域ではないようだ。

 だが、それでも速いことには変わりは無い。

 油断はなかった。


影の支配シャドー・ステージ


 その途端レントを中心に地面に影が広がり、コウの周りに届いた。


「続いていきますよ!」

「おせぇ!」


 次の魔術を使おうとした時、コウは既に近くまで来ており鋭い蹴りが飛んできた。

 その脚はレントに直撃し、吹っ飛んでいくのが周囲から見ても明らかだと思えた。


 しかし、コウの脚には手応えはなくその場に蹴ったままのコウが立ち尽くしてるのみであった。


「!? どこ行きやがった」

「ここですよ」


 背後に現れたレントはそのままの勢いでコウの首筋に手刀を放った。

 その手刀はレントの魔力を纏わせたもので当たれば痛いでは済まない。


「おおっと! あぶねぇ!」


 流石の速さと反応速度だ。

 あれでよく避けたものだと深く感心し、自分の魔術の遅さに嫌気がさしてくる。


「影魔術は遅せぇからな。雷属性とは相性悪いだろ」

「そうみたいだ」


 レントがいくら搦手を用意してもそれすら交わしてしまう速度。


「とはいえ、なんで当たらねぇ!間違いなく避けられる攻撃はしてない。ん?避け?」

「あぁ、バレちゃったか」


 影魔術のひとつ『影の支配』はその領域内において、使用者に物理攻撃が無効になる魔術だ。

 いくら速くてもそもそも攻撃が無効になるのは厳しいだろう。


「ったく。そんな魔法だったか……あれは。いやぁ、見くびってすまねぇな。こっから少し本気で行くぜ」


 そう言って同じように突進をしてきた。

 だが、速さが倍近く違う。

 しかし、速さだけでは突破できないのを分かってながら同じことはしてこないだろうと。

 レントは先程から構えていた魔術を解き放つ。


影の狂演シャドー・ダンス


 しかしやはりこれを使ったところでコウはレントの元へとたどり着いてしまう。


「物理無効なんだろ? ならこうしてやる!」


 同じ蹴りを放つコウだが違ったのは脚に纏われた雷の魔力。

 リーチ外と思われた場所から放たれた蹴りは、その延長線上の物体を切り刻む魔術としてレントを襲った。


 ────しかし、もう何もかもが遅かった。


 雷と比べ遜色ない速度で飛んで来る魔術は影魔術を操るレントでは避けようもない速度ではある。

 だが、それに甘んじているほどレントは甘くない。


「影魔術はね、速度が全魔術の中で一番遅いんだ。じゃあ、このように速い攻撃に対処するには? アインさん?」

「はい、体にまとって自分の速度で補うのが一般的ですが……これは」

「はい、だいたい正解です」


 ビュートはアインに対し影魔術における速度で劣る物に対しての対処を聞いていた。


「しかし彼はやはり天才そのものだろう。そんな常識なんて直ぐに壊れてしまう」


 レントがやった『影の狂演』とは、その名の通り狂ったように演じる影。

 相手の魔術を吸収し、演じることで模倣を可能にする。

 ただし、その吸収中は自分の発動している魔術の影響を全て受けなくなってしまう。

 狂ったように相手を演じた結果、その狂いで自分の魔術を打ち消してしまうのだ。

 とはいえ、吸収を終えたら魔術の影響は受けられるようになるし、使えても3回という回数制限はあるが相手の魔術も使えるようになる。


「ぐあぁぁぁ!」


 レントは飛んできた攻撃をまともに受けた。

 この魔術の最大のデメリットだ。

 吸収するとはいっても攻撃は受けてしまう、確実に殺されてしまうような技に対しては使えないのだ。


「ふぅ、これは……キツいな」

「お前……これ耐えれるのかよ。バケモンだな」

「体は鍛えてますんで、では今度はこちらから行きますよ!」


雷速ファスト……そして、黒帝葬シャドー・バインド


 速度強化の魔術を使い、影魔術でありながら速度を手にしたレントは続けざまに影魔術を発動してコウの動きを止めた。

 そして、放たれる鋭い蹴り。

 その蹴りが首に吸い込まれるように向かっていく時、


「それまで!」


 ビュートの声が聞こえてきた、と共にレントの脚は彼によって止められていた。


「これ以上は危ないですね。ここまでにしましょう」


 レントは全ての魔術を解くとコウを立ち上がらせるために手を貸した。


「ありがとうございました、先輩」

「やられちまったなぁ……。まぁ、こんな日もあるさ。またやろうな!」


 また模擬戦の予定が増えてしまいそうだ。

 そこからはこのレベルの演習をしたり見たりしているうちに昼になっていた。


「それでは、今回はここまで。レントくんは参考になったでしょう?レントくんもありがとうございました」

「いえいえ、自分の都合もありますし構わないですよ」


 そう言って仲良くなった先輩と共に昼食を食べ、それを終えるとまた校庭へと足を運んだ。






「待っていたぞ。レントよ」

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