星導の魔術士

かもしか

プロローグ

第1話 ハレイモアの星槍

 ────災害


 それは人々に害をもたらす災い。

 地震や雷、大雨などの『自然災害』

 戦争や技術発達による環境汚染などの『人的災害』

 そしてもうひとつ、



星導災害せいどうさいがい



 舞台は法治国家『スティヤッド』、この地に降り注いだ災害はまさにこれに当てはまり、人々はみな口を揃えてこう言った…


「星を滅ぼす天の裁き」

 と


 周期的に訪れるこの災害は《ハレイモアの星槍せいそう》と呼ばれ、人が住める環境ではとてもなくなるまで暴れ回る破壊の化身。

 それらに対抗するために組織している《魔術士団まじゅつしだん》の到着を今か今かと街の人々は待ち望んでいた。


 しかし、災害は待ってはくれなかった。

 街の周りは1面の魔物の群れ、それらを抑えるための門は壊されて街の中へと侵入を許していた。

 かの敵を討つには街の人々ではあまりにも負担が大きく、家の中で見つからないように隠れることで精一杯だった。

 普段なら人っ子一人外には居ないはずの状況だったのだ。


 ────一人を除いて



 時は遡り数時間前。


 スティヤッドに産まれて今まですくすくと育ったレントはこの日、おつかいを頼まれ近くの商店へと足を運んでいた。


「やぁ、レント!おつかいかい?」

「そうだよ。今日はお肉を頼まれたんだ」


 顔なじみとなった店主のテムルは強面ながら優しく、力もあってか街の人気者である。

 それなりな歳ではあるのだが、その体格から繰り出される力は老いを感じさせないくらいだ。


「そうか! 豚か? 牛か? いや、鳥だな?」


 レントはメモを取りだすと必要なものを確認した。


「んーと…鳥だね! 1羽丸々ある?」

「1羽だぁ? そりゃなんかの記念日かなにかか?」

「おじさん忘れちゃったの? 僕の誕生日だよ!」

「お? ひぃふぅみぃ……今年で何歳だったか?」


 テムルおじさんは筋力に頭までやられたのか忘れっぽいのが玉に瑕だな、とレントは思ってしまった。


「10歳になったよ」

「おぉ! ならいよいよ今年か…」

「うん、明日行ってくる」

「そうかぁ…時が経つのは速ぇもんだなぁ」


 しみじみした顔でこちらを伺っては来るがこれでは買い物が終わらない。

 レントは半ば話を折るように話を続けた。


「それより、鳥ありそう? 夕飯に間に合わなくなっちゃう」

「あ、いや。わりぃわりぃ、今用意すっからよ」


 そう言って冷凍庫の前まで移動し、中から冷凍された鳥肉をまるまる1匹取り出してレントに渡した。


「はい、お金」

「おうよ、毎度あり! 今日は雲行き怪しいからさっさと帰れよ!」

「うん、またね」


 テムルと別れたレントは他の買い物をさっさと済ませて家に帰っている最中のこと、


 カンカンカンカンカンカンカン!!


 盛大な警報音が鳴り響いた。


「この音って…」


 レントはこの音を過去に1回聞いたことがあった。

 そう、周期的に…5年に1度訪れる『星導災害せいどうさいがい』の発生音であった。


「やっば! 急がなきゃ!」


 できる限り全力で走り家に向かうが、それはやはり子供の歩幅で子供のできる速度でしかない。


 到底間に合うはずもなかった。


「う、うわぁ!」


 角を曲がった所に既にいた。


 《ハレイモアの星槍》によってもたらされた災害。

 その実態は魔物による各地同時スタンピードである。


 空には青い尾を引いた星がひとつ。

 このスタンピードはこの星が見える時に起き、この星が見えなくなった時に収まる。

 原因不明理由不明なこの現象の唯一わかっていることがそれである。


 レントが出会ってしまったのはそれによって街に侵入を果たした魔物。

 大人ですら手に余る相手を前に子供のレントでは為す術もないのは明らかである。


「キ、キシャァァ!」

「来るな! こっちに来んなよ!!」


 レントは急いで逆方向に向かうべく振り返った先にも


「なんで…なんで…」



 魔物はいた。



 10歳の儀式によって得る『星痕ホルダー』を持たぬものには倒すことすら不可能な敵に挟まれたレントはまさに絶体絶命。


「なんで今日なんだ…明日になれば僕にだって星痕がでるかもしれないのに!」


 しかし現実は無情である。


 まるで嗤うように

 まるで遊んでいるように

 まるで悦びを感じているように

 ゆっくりとゆっくりと魔物との距離は縮まり、遂にはその魔の手が振りかざされた。



 ────ガッ、ザシュッ



 レントは死を覚悟しただただ前を見ていることしか出来ずにいた。

 そこに現れたひとつの影。


 落ちたのは腕?のようなもの。

 自分の腕があるのを確認したレントは何が起きたか分からないままただただ呆然とするしか無かった。


「坊主! そこを動くんじゃねぇぞ!」


 現れた影の主から聞こえた叫び声。

 そして更に斬撃が飛び、襲ってきた魔物はいなくなった。


「は、はい!」


 恐怖と安堵で震えた体を抱えているしかなかった。


「ちょっと! なんで子供がいるの!」

「ひっ!」


 また別の方向から声が聞こえビビってしまった。


「おいおい、あんまり声を荒らげるな。坊主がビビってるだろ」

「あら、それはごめんなさいね。で、現状はどう?」

「あぁ、とりあえず2体しかいなかったからお前が来る前に倒したぞ。ほれ」


 そういって見せたその腕には、先程の魔物の頭が2つ掴まれていた。


「街の中に入ったのはこの2体だけのようね」

「あぁ、俺らとしたことが…っとわりぃな坊主、俺はジャジィ。一応これでも《星導者アルファ》ってのをやってる。こいつは…」

「私はマリア。この脳筋星導者の補佐をしてるわ」

「お前なぁ、一応俺上司よ? 少しは敬ったらどうだ?」

「敬ってもらえる人格者になってから言ってくれますか?さん?」


「…あはっ」


 この状況でふざけてるのか真面目にしてるのか分からず、自ずと笑いが漏れてしまった。

 少なくともまだ死んでないようで安心できた。


「うぅん、笑われちまったな…。と、ここらでしまいにするか」

「えぇ、来たわね」


 星導災害を収めるには2つの手段がある。

 ひとつは空に描かれる青い尾が無くなること。

 もうひとつはこのスタンピードの主を倒すこと。


「街の中に入ってるって事は、お前もいるよなぁ!」


 街道のど真ん中に立ち尽くす一際大きな魔物がいた。


「さぁて、星導者のお仕事と行きますか!」

「坊やはここで私と待ってましょうね」


 どうやらジャジィだけで戦うようだ。

 さっき助けてくれたのを見たから強いのはわかる。

 だけど…あぁ、そうか。


「僕がいるから…」

「違うわよ。私もお荷物になるのよ」


 あの人の補佐をしているってことはこのマリアさんも強いはずだけど…


「分からないようね。無理もないわ、まだ子供だもの。この星導災害の主、通称『地魔グランドデーモン』には星導の力が無いと戦えても倒せないのよ。ほら始まるわ」


 目線を地魔と呼ばれるものへ運ばせると今まさに戦おうとしている所だった。


「こんな所にわざわざ来てもらって申し訳ねぇが…ここは人の暮らす場所だ。お帰り願うぜ」


 ジャジィさんは剣で戦ってたようだ。


 昔、本で見たことがある。

 星導者には特殊な力があると。

 星導者は決まって星1つにつき5人いてそれぞれの導かれた星の力を使い魔を滅さんとするとも書いてあった。


「さぁて、開廷の時間だ!《星導器せいどうき天ノ分盃あめのわけさかずき》!」


 叫ぶと同時にその左目には天秤の星痕が光輝き、手には光をまとったひとつの天秤。


 この星、法治国家スティヤッドは天秤の導きを受けた者の星であった。


「グガァ!? グロロロロロォ!!」

「遅ぇ!」


 受けた攻撃を剣でいなしてすかさずカウンターを決めて肉片を切り飛ばした。


「よし、これで問題ない」


 切り落とした魔物の部位を天秤の片方に置き、自分の血をもう片方に垂らした。


「お前は街の破壊に人への危害を加えたから、拘留させてもらうぜ!」


 その叫びとともに地魔の周囲に光の牢屋らしきものが現れ始めた。


「【禁錮の微睡みスリーピィ・ロック】」


 その牢屋は地魔を閉じ込め、能力の行使を不可能にし拘束する手段となる。


「さぁて、ここは法治国家。俺がお前を裁いてやる」



「うーん、死刑」



 ジャジィは右手に持ったままの剣を振りかぶり天秤の光を纏わせた。


「せいぜいあの世で俺に倒されたことを自慢しな!【正義の審判ライト・ジャッジメント】」



 その剣戟は光を纏い、まるで抵抗などないように地魔の体へと吸い込まれていった。


「ア、グ、ヌグルァァァァァァ」


 攻撃を受けた地魔は光とともに後も残さず消えていった。


(それはともかく死刑以外の選択肢はあったんだろうか?ないんだろうな)


「ふぅ、これにて閉廷!」

「あっさりだったわね」


 ジャジィは終わるとマリアとレントの元へ帰ってきた。


「あいつ本当に地魔かよ?なんかやけに弱かったぞ」

「間違いないわ。」

「うーん、お前が言うならそうなのかもなぁ…うーん」


 レントにとっては魔物だろうが地魔だろうが脅威には変わりなく、違いなどわかるはずもなかった。


「ジャジィさんアンナさん、ありがとう!」

「おう、いいってことよ。これが俺らのお仕事だしな!」

「そうよ、この男は魔物を倒すことしか脳のない男なのよ」


 またもや口喧嘩なようなものが始まってしまった。

 仲がいいのか悪いのかレントは首を傾げたが、それと同時にジャジィさんのように弱きを守れる力が欲しいと思えた。


「…どうやったら星導者になれますか?」

「お?坊主お前…星導者になりてぇのか」

「うん」


 ジャジィはレントを一瞥しマリアへと顔を向ける。


「そうね、儀式はまだ?」

「ちょうど明日の予定だよ」

「そう…」


 歯切れが悪そうにマリアは顔を顰めてジャジィの顔を見た。

 諦めたようにジャジィは溜息をつき、


「ひとつ教えておいてやる。星痕は全員が宿すとは限らねぇ。そうだろ? 商店のおっさんやお前の父ちゃん母ちゃん、みんなある訳じゃねぇんだ。」

「そん中でも十二星座…ここなら天秤だな。この星痕が宿らねぇとなれねぇんだ。そこだけは運になっちまう。俺だってこうなるとは思ってもみなかったさ。」

「そうねぇ、昔はかなり荒れてたもの」


 マリアが笑いジャジィがツッコみ、レントはそれを見て笑顔が漏れた。


「とはいえ、なれるかもしれねぇしなれねぇかもしれねぇ。覚悟だけはしておけよ」

「はい!」

「ふふ、なれるといいわね。なれたらジャジィは交代かもね。それじゃ、またね坊や。」


 変わるならあのクソジジィだろ!とか喚きながらジャジィはマリアに引っ張られてどこかへ去ってしまった。


「かっこいいなぁ。僕もあんなになれたらいいな」


 星導者になるにはまずは星痕を宿さなくてはならない。

 しかもその中でも十二星座の星痕を…


 明日には決まるしソワソワはするがなにかしても始まらないのでその憧れを胸にしまい、家に帰るのだった。



「レント! 無事だったのね!?」


 家に着くなり母さんが出迎えてくれ、心配させたようで辛かった。


 魔物に襲われたこと、地魔を見た事、星導者に助けてもらったことを母に伝えたレントはその目を輝かせていた。


「僕、大きくなったら星導者になるよ」

「ふふっ、なれるといいわね。助けてくれた方みたいに。でもね、危ないことなのはお母さんとしては心配だわ…」


 それはもっともだ。

 レントだって心配させたい訳じゃない。


「大丈夫だよ! でも、危険には変わりないもんね…」

「レントならやっていけるわよ。頑張りなさい?」

「…」




「…ほら、何突っ立ってるの!誕生日会するんでしょ?手伝って、ほら!」

「は、はぁい!」



 この歳の誕生日会は、大層祝われて楽しかった思い出だと時間が経っても心に残る出来事になるのであった。

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