第19話 雰囲気作りは共同作業。

 教室である程度雑談なんかして時間を潰した私と美空と菜摘は、三人一緒に花菜蔵駅へ向かう。

 菜摘のバイトが休みだったのは、私達にとって幸いである。琇はともかくとして矢嶋には少しだけ悪い事をした。矢嶋は部活後、一人で帰る事になるだろう。


 駅に着いた私達は構内を通り抜けて、駅の反対側へ行く。目指すはドリンクバーのあるリーズナブルなファミレスだ。

 二人を誘ったのは私なので、それぐらいはおごるつもりだ。二人にハンバーグとか食べたいと言われたならば、そこは自腹を切っていただく。


 店内に入ると私達は店員さんに促されるまま空いてるかどせきへと向かう。途中、仕事か遊びかはわからないけどノートパソコンのキーを叩くおじさんと目が合った。本を数冊テーブルのわきに置いてレポートらしきものを書いてる人は、近くの大学に通う人なのだろう。まだご飯どきでもないのにガッツリ食べてる人も居るし、高いテンションで騒いでる人達も居る。

 そしてもちろん学校帰りにお喋りをする、私達のような人達も居た。


「わー瑞稀とココ来るの、久しぶりー!」

 美空がブラウンのPコートを脱いで、窓側に座った。

 真っ先に座り心地の良さそうな席に座る美空を見て、私は感慨深くなる。初めて一緒に来た時は私に遠慮して、椅子の方に座っていた。「ドリンクはわたしが持ってくるから」とかなんとか言って。私が「は? 一緒に持ってこよ?」と言うと顔を赤くして「あ、そうだね」みたいにやってた、あのやり取りが懐かしい。

「美空ずるーい! ま、いーけど。あたしの上着もそっちに置いて?」

 そう言って私は大きな厚手の黒いブルゾンと、ついでにリュックも、美空に手渡す。菜摘はえりのない紺色の長いコートを羽織ってるし、なんだか私だけ、子供っぽい印象だ。

「ちょっと瑞稀! 上着もリュックも過ぎっ」

「あらあら、窓側が狭くなったわね? 私も椅子に座るわ」

 菜摘がコートの袖を軽く内側に畳んで、私の右隣の椅子の、背もたれにかけた。私は知っている。一見上品そうに見える菜摘のその行動は、マナー違反。でもそんな事を気にしなくて良いのがファミレスである。

「ねえ? 思うんだけど、瑞稀が菜摘ちゃんに話したい事あるんでしょう? なら二人が隣同士って、変じゃない?」

「いや、美空がソコに座るから」

「変ではないわ。ある意味、自然、かもね」

 菜摘の口から「自然」という言葉が出た。自然、という言葉は誰が使っても自然な言葉だ。でも私と琇の「特別な言葉」でもある。

「ごめん、またあたし、菜摘に嫉妬した」

 私はその気持ちを言葉にした。

「え?」

 菜摘が驚く。

「もう瑞稀、さっきからどうしたの?」

 美空もまどう。

 二人の気持ちはわかる。今の私は、さぞ面倒臭い女に見えている事だろう。実際、その通りだ。

「瑞稀、教室で『ここでは話せない』って言っていたわよね? ?」

 そう、「ロジック」も特別な言葉。もう間違いない。


「菜摘? 菜摘は琇のこと、好き、だよね?」


 実は前々から気づいてた。二人の微妙な空気感に。

 それでも私は、琇か菜摘のどちらかが話してくれるまで、待つつもりだった。しかし先ほどの二人を見ていて「聞くべき」と思ったのだ、自分自身の為に。

 もちろんそんな話を皆んなの前で、できるわけがないし、だから三人だけで話ができるこの場所を選んだのである。

 教室では「喧嘩にはならない」とは言ったけれど、実際はどうなるかわからない。本当のところ美空を誘ったのは、いざという時の仲裁役としてだったりする。確かに菜摘の言う通り、この席の配置は自然、なのかもしれない。美空が私達二人を、同時に見る事ができるから。


「そんなに真っ直ぐに気持ちをぶつけられたら、正直に答えるしかないわ。瑞稀、あなたの言う通り、私は好きよ? 琇くんのこと」


「そうなの!?」

 美空が、きっと意外には思っていないだろう。私と琇が付き合う前までは美空も、私と矢嶋が話をする時、注意深い目をしていた。つまり美空にとってはこんな私の嫉妬も「通り過ぎた考え」というわけである。本当に、美空を誘って良かった。

「やっぱりね——と、その前に、店員さんがいるからオーダー決めちゃお? あたしはビーフシチューオムライス! サラダつきのやつ! ドリンクバーもつけてね」

 突然の修羅場に居合わせてしまった店員さんが、気の毒だ。水を持って来たタイミングが悪い。

 せめて私はなるべく明るく注文をする。備え付けのタブレットは使わずに。

「あら、私はそうね……モッツァレラのマルゲリータ、それと、私もドリンクバーを頂くわ」

「わたしは——ミックスグリル、かな? あとフライドポテトと、わたしもドリンクバーで」

 なんだかんだで三人とも、ガッツリ食べる。

「ポテトとドリンクバーぐらいは奢るけど、それ以外は自分で払ってよ」

「それなら私、カラマリフリットも追加で。それぐらいは良いでしょう、瑞稀?」

「くっ、うーん……まぁ良し!」

 突然の修羅場から一転し、私達がこれまた突然仲良く注文をし出した事に、店員さんはますます困惑していた。というか、全員メニューをあんしょうできるのは、何気にすごい。

「ど、どうぞ、ごゆっくりおくつろぎ下さいませ……」

 店員さんがメニューをふくしょうもせずに、私達の前から逃げた。

 一度席を離れた私達は、それぞれの好みのドリンクを持ちながら、自分の席へと戻る。


 不思議だ、これから話す内容はきっと私にとってネガティブな話題。なのに緊張もしていなければ、悪い気分にすらなっていない。

「なんだか変ね。私は瑞稀に『瑞稀の彼氏を好き』って言ったのに、全然気後れしてないわ」

 菜摘も、同じ気持ち、らしい。

「わたしは複雑、かな? 二人には喧嘩とかして欲しくないと、思ってる」

 ——なるほど。

 美空がいるから、私達二人に自制が効いているのだ。きっと美空は私達にとって、「良い意味での結亜」なのかもしれない。美空には申し訳ないけど。

「大丈夫よ、喧嘩にはならない、そうでしょう? 瑞稀」

「う、ん。ならないように、する」

「ええ? ならないようにしてよ? 本当に!」

「あはっ、じょーだん! 大丈夫だよ、美空がいる限り」

「なにそれ?」

「それじゃあ話を進めましょう? さっき言った通り、私は琇くんが好き。あとは何が聞きたい?」

 ——え? あー、たしかに。

 ハッキリさせたい事はもう聞いてしまった。これから何を訊けば良いのだろう。

「——じゃあ私が瑞稀に訊くわね? 瑞稀は琇くんの、どこが好き?」

 ——琇の好きなトコロ? そんなの決まってんじゃん!


「琇はあたしの事をわかってくれてる。あたしも琇を理解してる。あたし達はお互いが好き同士。だから、その事自体が、好き」


 私はキッパリと言った。

「本当は、琇くんは瑞稀をわかっていないかもしれない。瑞稀の方も。もしそうだとしたら、好きじゃなくなる?」

 それは——。


「それはあり得ない、あたし達がわかり続けようとする限り」


 私は断言する。ロジックなんて関係ない。これは本当の、憶測、だ。

「す、すごい……」

 美空がそんな言葉を漏らす。

「——そういえば美空は、矢嶋のどこが好きなんだっけ?」

 ついでに美空に、話を振った。

「え? わたし? えー?」

 一生懸命に困った表情を作る美空だけど、口元がニヤついている。とても嬉しそうだ。

「まずカイくんが男らしいトコロでしょう? あとは優しいトコロ。それから可愛いトコロもそうだし——」

 美空の口から「カイくん」が際限なくあふれ出している。そう、美空の矢嶋に対する「好き」は、こんな感じだ。聞かなくても常に、外に出ている。

「二人ともひどいわ。私も天童さんみたいに怒鳴っちゃおうかしら?」

 菜摘がココアの入ったマグカップを口に近づけて、そう言った。

「え? あ! ご、ごめんね?」

 美空が焦って、話を止める。

「じゃあ菜摘は琇の、どんなところが好き?」

 それでも私は、この会話を更につなげた。


「……そうね。全部、かしら? 琇くんが私をフッたところも、含めて」


 菜摘がテンプレートで、そして受け入れ難い、そんな答えを提示した——————。

 

 

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