第19話 雰囲気作りは共同作業。
教室である程度雑談なんかして時間を潰した私と美空と菜摘は、三人一緒に花菜蔵駅へ向かう。
菜摘のバイトが休みだったのは、私達にとって幸いである。琇はともかくとして矢嶋には少しだけ悪い事をした。矢嶋は部活後、一人で帰る事になるだろう。
駅に着いた私達は構内を通り抜けて、駅の反対側へ行く。目指すはドリンクバーのあるリーズナブルなファミレスだ。
二人を誘ったのは私なので、それぐらいは
店内に入ると私達は店員さんに促されるまま空いてる
そしてもちろん学校帰りにお喋りをする、私達のような人達も居た。
「わー瑞稀とココ来るの、久しぶりー!」
美空がブラウンのPコートを脱いで、窓側に座った。
真っ先に座り心地の良さそうな席に座る美空を見て、私は感慨深くなる。初めて一緒に来た時は私に遠慮して、椅子の方に座っていた。「ドリンクはわたしが持ってくるから」とかなんとか言って。私が「は? 一緒に持ってこよ?」と言うと顔を赤くして「あ、そうだね」みたいにやってた、あのやり取りが懐かしい。
「美空ずるーい! ま、いーけど。あたしの上着もそっちに置いて?」
そう言って私は大きな厚手の黒いブルゾンと、ついでにリュックも、美空に手渡す。菜摘は
「ちょっと瑞稀! 上着もリュックもかさばり過ぎっ」
「あらあら、窓側が狭くなったわね? 私も椅子に座るわ」
菜摘がコートの袖を軽く内側に畳んで、私の右隣の椅子の、背もたれにかけた。私は知っている。一見上品そうに見える菜摘のその行動は、マナー違反。でもそんな事を気にしなくて良いのがファミレスである。
「ねえ? 思うんだけど、瑞稀が菜摘ちゃんに話したい事あるんでしょう? なら二人が隣同士って、変じゃない?」
「いや、美空がソコに座るから」
「変ではないわ。ある意味、自然、かもね」
菜摘の口から「自然」という言葉が出た。自然、という言葉は誰が使っても自然な言葉だ。でも私と琇の「特別な言葉」でもある。
「ごめん、またあたし、菜摘に嫉妬した」
私はその気持ちを言葉にした。
「え?」
菜摘が驚く。
「もう瑞稀、さっきからどうしたの?」
美空も
二人の気持ちはわかる。今の私は、さぞ面倒臭い女に見えている事だろう。実際、その通りだ。
「瑞稀、教室で『ここでは話せない』って言っていたわよね? どんなロジックがあるのかしら?」
そう、「ロジック」も特別な言葉。もう間違いない。
「菜摘? 菜摘は琇のこと、好き、だよね?」
実は前々から気づいてた。二人の微妙な空気感に。
それでも私は、琇か菜摘のどちらかが話してくれるまで、待つつもりだった。しかし先ほどの二人を見ていて「聞くべき」と思ったのだ、自分自身の為に。
もちろんそんな話を皆んなの前で、できるわけがないし、だから三人だけで話ができるこの場所を選んだのである。
教室では「喧嘩にはならない」とは言ったけれど、実際はどうなるかわからない。本当のところ美空を誘ったのは、いざという時の仲裁役としてだったりする。確かに菜摘の言う通り、この席の配置は自然、なのかもしれない。美空が私達二人を、同時に見る事ができるから。
「そんなに真っ直ぐに気持ちをぶつけられたら、正直に答えるしかないわ。瑞稀、あなたの言う通り、私は好きよ? 琇くんのこと」
「そうなの!?」
美空が驚いたふりをするけど、きっと意外には思っていないだろう。私と琇が付き合う前までは美空も、私と矢嶋が話をする時、注意深い目をしていた。つまり美空にとってはこんな私の嫉妬も「通り過ぎた考え」というわけである。本当に、美空を誘って良かった。
「やっぱりね——と、その前に、店員さんがいるからちゃちゃっとオーダー決めちゃお? あたしはビーフシチューオムライス! サラダつきのやつ! ドリンクバーもつけてね」
突然の修羅場に居合わせてしまった店員さんが、気の毒だ。水を持って来たタイミングが悪い。
せめて私はなるべく明るく注文をする。備え付けのタブレットは使わずに。
「あら、私はそうね……モッツァレラのマルゲリータ、それと、私もドリンクバーを頂くわ」
「わたしは——ミックスグリル、かな? あとフライドポテトと、わたしもドリンクバーで」
なんだかんだで三人とも、ガッツリ食べる。
「ポテトとドリンクバーぐらいは奢るけど、それ以外は自分で払ってよ」
「それなら私、カラマリフリットも追加で。それぐらいは良いでしょう、瑞稀?」
「くっ、うーん……まぁ良し!」
突然の修羅場から一転し、私達がこれまた突然仲良く注文をし出した事に、店員さんはますます困惑していた。というか、全員メニューを
「ど、どうぞ、ごゆっくりおくつろぎ下さいませ……」
店員さんがメニューを
一度席を離れた私達は、それぞれの好みのドリンクを持ちながら、自分の席へと戻る。
不思議だ、これから話す内容はきっと私にとってネガティブな話題。なのに緊張もしていなければ、悪い気分にすらなっていない。
「なんだか変ね。私は瑞稀に『瑞稀の彼氏を好き』って言ったのに、全然気後れしてないわ」
菜摘も、同じ気持ち、らしい。
「わたしは複雑、かな? 二人には喧嘩とかして欲しくないと、思ってる」
——なるほど。
美空がいるから、私達二人に自制が効いているのだ。きっと美空は私達にとって、「良い意味での結亜」なのかもしれない。美空には申し訳ないけど。
「大丈夫よ、喧嘩にはならない、そうでしょう? 瑞稀」
「う、ん。ならないように、する」
「ええ? ならないようにしてよ? 本当に!」
「あはっ、じょーだん! 大丈夫だよ、美空がいる限り」
「なにそれ?」
「それじゃあ話を進めましょう? さっき言った通り、私は琇くんが好き。あとは何が聞きたい?」
——え? あー、たしかに。
ハッキリさせたい事はもう聞いてしまった。これから何を訊けば良いのだろう。
「——じゃあ私が瑞稀に訊くわね? 瑞稀は琇くんの、どこが好き?」
——琇の好きなトコロ? そんなの決まってんじゃん!
「琇はあたしの事をわかってくれてる。あたしも琇を一番理解してる。あたし達はお互いが好き同士。だから、その事自体が、好き」
私はキッパリと言った。
「本当は、琇くんは瑞稀をわかっていないかもしれない。瑞稀の方も。もしそうだとしたら、好きじゃなくなる?」
それは——。
「それはあり得ない、あたし達がわかり続けようとする限り」
私は断言する。ロジックなんて関係ない。これは本当の、憶測、だ。
「す、すごい……」
美空がそんな言葉を漏らす。
「——そういえば美空は、矢嶋のどこが好きなんだっけ?」
ついでに美空に、話を振った。
「え? わたし? えー?」
一生懸命に困った表情を作る美空だけど、口元がニヤついている。とても嬉しそうだ。
「まずカイくんが男らしいトコロでしょう? あとは優しいトコロ。それから可愛いトコロもそうだし——」
美空の口から「カイくん」が際限なく
「二人ともひどいわ。私も天童さんみたいに怒鳴っちゃおうかしら?」
菜摘がココアの入ったマグカップを口に近づけて、そう言った。
「え? あ! ご、ごめんね?」
美空が焦って、話を止める。
「じゃあ菜摘は琇の、どんなところが好き?」
それでも私は残酷に、この会話を更につなげた。
「……そうね。全部、かしら? 琇くんが私をフッたところも、含めて」
菜摘がテンプレートで、そして受け入れ難い、そんな答えを提示した——————。
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