第10話 情緒がおかしい奴は恐怖。

「おっとぉ!? シュウミズ、二人で登校かぁ!?」

 私達が教室へ入ると、教壇で他の男子とっていたらしいじまが、声を掛けてきた。

「矢嶋、朝からテンションたけーな? オイ」

 私は矢嶋に冷静に返す。

「怖え顔すんなって瑞稀」

「あと下の名前で呼ぶな!」

「おはようかいせい、皆んなもおはよう。盛り上がってる所で悪いんだけど、僕と川越は今さっき、たまたま会っただけだよ。君らの想像してるような事じゃない」

 田所も澄ました顔で言った。いつものようにヘラヘラした表情だけど、その目は笑っていない。

「おい琇! 隠すなって。なんかお前と川越、すげー仲良く見えるんだけど——」

 そう言ったのはクラス一のチャラ男、だかひろである。こいつと関わるのは何気に初めてだ。

「俺のラブキュンアンテナがビビッときたんだぜ? 何かあんだろ? お前ら」

 ——ラブキュンアンテナ? よくそんなキモいワードを恥ずかしげもなく言えんな、こいつ。

 私はこれ以上戸高に関わりたくないので、反論は田所に任せる事にした。

「マジでなんもないから。それより裕樹、もう二週間もないよ? ダンスの調子はどう?」

 ——ダンス? ああそうか、たしか二日目のお昼に歌やらダンスやらやるんだっけ? あたしはダルいから参加しねーけど。

「調子も何も、すでに仕上がってるぜ? 琇、おめーらには負けねーかんな?」

 ——負けねーかんな? 

「田所、あんたダンスなんかやんの? てか、できるの?」

「できないよ? ただ、面白そうかなって。ぶっつけ本番で頑張るよ」

「はぁ? ぶっつけ? やめときなって、恥かくだけだし」

「いーじゃん川越、琇は俺達におとこを見せようとしてるんだぜ?」

 戸高が鼻息荒く語る——話し掛けんな!

 そこに矢嶋が割り込む。

「いや、やっぱ俺も辞めたほうが良い気がして来た。琇、取り消そうぜ?」

 ——ほう? 

 お調子者が複数いると、一人は常識人に変わるのか、覚えとこう。たぶん、なんの役にも立たなそうだけど。


「大丈夫大丈夫、なんとかなるって。それより快晴、後で聞きたい事があるんだけど」


 ——上手い……!

 矢嶋のテンションの波が落ち着いたところで、ごく自然に田所が話を切り出した。その話とはもちろん、美空についての事だろう。

「話って、なんだよ?」

「ふふ、良いの? ここで言っちゃって」

 その言葉を聞いた瞬間、矢嶋の顔が強張った。

 ——やはり、上手い……! 

 私達は美空と矢嶋の「隠し事」について知りたいのだ。周囲に邪魔者がいるこの場で言って良いわけがない。つまり——。

「ああ、わかったわかった! あの事だな? 昼休み前なんてどーよ?」

 矢嶋に断る選択肢はない、というわけである。

 でも、矢嶋も結構な役者だ。田所の不穏なセリフに対して、まるで軽いものであるかのように応えている——って、なんで実況なんかしてんだ、あたしは。

「何ぃ? 二人して俺に隠し事かぁ?」

 そう戸高が口を挟んだ。

「うん。ちょっと裕樹の悪口をね?」

「え? マジで?」

 田所の返答に戸高が、少し焦った顔になる。冗談ばかり言ってそうなこいつが、こんな反応をするとは、意外だ。

「ウソウソ。さっき川越をからかおうとした罰。あんまり他人をイジると嫌われるよ?」

「あーなんだ、びっくりした。じゃ、何の話すんだよ?」

「何って、快晴は責任者だよ? フツーに作業の事。裕樹はダンスでもしてれば良いさ」

「うん、そーするそーする。作業なんてめんどくせぇ事より俺は女子どもとダンス! それが俺の役割りだよな?」

「そーそー、知らんけど」

 そうこうしているうちに、チャイムが鳴った。戸高が座っていた教壇から飛び降り、席へと向かう。米林センセーが教室の扉を開けたので私達もそこから離れるが、その途中で田所が矢嶋に——。

「ねえ快晴? 今日の昼前、忘れないでね?」

 と小さな声で呟いた。

 矢嶋も——。

「あ、ああ。わかった」

 と真顔で返す。

 その返答を聞いた田所は、私にウインクをした。

「じゃ、川越、美空ちゃんは任せたよ?」

 その声が聞こえたであろう矢嶋は、ビクッと肩を、震わせるのだった。


 そして昼休み前————。

 校庭で行われている、その機構の取り敢えず出来ているコーヒーカップの試運転を、の彼氏や他の人達に任せて、矢嶋がこちらにやって来る。私達が居る、この校舎裏に。

 美空は既に、私達と一緒に居た。

 学校祭まで二週間を切っている事もあって、昨日からは普通の授業が減らされており、四時間目から放課後まで通して作業をする事ができる。昼休み前に校舎裏で休んでる人が居ても、目立たないはずだ。

「瑞稀? なんで矢嶋くんまで」

 美空が困惑した様子で、私に訊いた。美空には矢嶋が来る事は伝えておらず、ただ「ちょっと待って」とだけ言っていたのだ。

「おい、来たぜ? でも琇はまだみてーだな。瑞稀、どういう事だ?」

「だから下の名前で呼ぶなっつーの。たぶんもうすぐ来るわよ」

 恐らく田所はクラスTシャツの件で先生と話をしているのだろう。この前デザインの事で、揉めていた。どうやらあいつは民主主義というものを軽視しているらしい。


 ————「ゴメン、お待たせ」


 上から声がした。

 私達の真上にある二階の窓が開いており、そこから田所が、顔を出している。

 ——は? なんであいつ、あんなトコに居んの?

 一年生の教室も、そして職員室も、一階にある。なぜ二階に居るのかわからない。

「『お待たせ』じゃねーから。さっさと降りて来なさいよ」

 人と約束をしておいて、一体何をしていたのか。そんな事を私が考えた時————。


「そーするね。トウッ!」


 そう言って田所は、窓から飛び出した。

 ——うぇ!? 何してんのコイツ!?

 そう思ったのは私だけではないようで、美空も矢嶋も、目と口を大きく開けて、田所を見上げていた。

 田所の両足が地面に着く瞬間、その両膝が曲がってクッションとなり、その着地は成功したかに見えた。が、バランスが前方に大きく傾き、顔面と地面の距離が近づく。

 ——ホラ! 言わんこっちゃない! ……何も言ってねーけど。

「ハッ!」

 声を出した田所は、左肩を前に出し、身を屈めて地面を転がった。

 そして、立つ。両腕を真っ直ぐ水平に広げて、まるで体操選手のように。

 突然のアクションシーンを見せられた私は、いや、私達は、どんな反応をすれば良いのか分からず、ただただ黙って田所を見つめるのだった。

「あはは! やっぱりジャージは便利だ! 土で汚れても気にならない!」

「だからって飛び降りる事ないでしょーが!」

「びっくりした? てか快晴、というか師匠。どうです? 僕の受け身は」

 話を振られた矢嶋がため息をついた。

「琇、お前、おもしれー奴だと思ってたけど、ただの馬鹿だったんだな……」

「今頃気づいたの? 遅いよ、もうひとつき以上の付き合いなのに」

 日頃から周囲に、バカだとか鹿だとかと言われている矢嶋に「馬鹿」と言われて、なぜ田所は平気なのだろうか。

「まさか、それを見せる為に呼んだとか言わねーよな?」

 呆れ顔で矢嶋が続ける。矢嶋がこんな顔をするのを初めて見た。

「もちろん違うよ? 今のパフォーマンスは女子を意識しての行動さ。どうだった? 美空ちゃん」

 田所は私に、ではなくて美空に向いた。

「う、うん。カッコ良く、はないと、思う、かな……」

 美空はめちゃくちゃ引いている。

「美空『ちゃん』って、どういう事だ?」

 何故か矢嶋は、そこに反応した。

「よし! 皆んな揃ったし、手早く行こう。美空ちゃん、なんでジャージで登下校してるの?」

 ——うおう!? いきなり!?

「なんでって、作業期間中だから、でしょ? 他の人だってそうしてる人いるし」

 まだ困惑気味の美空が答える。

「そうだよね? だから別にフツーだと思うんだけど、ちょっと気になるんだ」

 田所は声のトーンを少しだけ落として、そう言った。何故かこの場の空気も重たく感じる。

「何が、気になるの?」

「だって美空ちゃん、授業中もジャージでしょ? 快晴だとか他の人達ならともかく、美空ちゃんがそれをやると、結構目立つと思うんだけど。少なくとも僕と川越は、心配してる」

「え、ええ、と、別に、大した理由なんてないよ? ただ楽だから着てるだけ。それじゃダメなの?」

「いーや、ダメじゃない。でも何故かわけがおの快晴まで隠そうとしてたでしょ? なんで?」

 田所は矢嶋に目を移した。

「か、隠してなんかいねーよ」

 明らかに矢嶋は動揺している。

 と言うか、田所のを見た時から二人は動揺しっぱなしだ。……私もだけど。

 しかし、私の場合は二人と違って今の状況をかんして見る事が出来ているし、それによってわかった事もある、気がする。

 つまり田所は、美空と矢嶋の二人から「余裕」を奪ったのだ。隠し事をしても「バレバレだよ」的な雰囲気になるように。たぶん。

「繰り返すんだけど、僕らは心配してるんだ。もし美空ちゃんの制服が盗まれた、とか、汚された、みたいな状況になってるんなら、先生に報告しようと思う」

「——! そんな事全然ない! だから、そんな事しないで!」

 美空が大きく声を出した。

「ありがとう。美空ちゃんがそう言うのなら、そうなんだろうね? ねえ、快晴?」

「……!」

 美空自身が「そんな事ない」と言ったところで、矢嶋が何かを隠していたという、事実は消えない。どんな理由があるのだろう。

「快晴、取り敢えず美空ちゃんには大した事は起こってないって事で、良いのかな?」

「そ、そうだ——」

 ————「快晴?」

 矢嶋が肯定の言葉を吐こうとした時、田所がさえぎった——なんか怖いな、今日のこいつ。

「もし本当に大した事がないなら、それで良い。でももし、美空ちゃんが酷い目に遭っていて、更にそれを美空ちゃんに口止めされていたとしても、今ココで本当の事を言わないのなら、僕は君の事をクソ野郎認定するよ。さてさて、どうかな?」


「み、美空は、何も、困った事になんて、なっていない!」


 矢嶋は、校舎裏からはみ出そうなほどの大声を出した。

「ふーん? なるほどなるほど……ぷっ! ふふふっ! あははははっ! わかった! 僕は快晴の言葉を信じる!」

 田所は急に表情を崩して、笑い出した。場の空気が一瞬でゆるむ。

「何が『そういう感じ』なのよ?」

 口を挟んで良さそうな雰囲気になったので、何もわかっていない私は田所に訊いた。

「いやいや、。僕には何もかもわかっちゃったけど、ここまでにしとかない? 別に心配するような事でもないし」

「無粋な事?」

「そう、無粋で無神経な事。で、これ以上は僕からは言えない」

「ふーん? なんだかよく分からないけど、聞かない方が良いのね?」

「うん」

「うーん……わかった! あたしが心配するような事じゃないなら、それで良いわよ」

 ——ホントはものすごーく気になるけど?

 でも、聞かない方が良い事を無理矢理聞き出して、美空に嫌われたくはない。

「流石は川越! じゃ、僕らはもう行こう! ゴメンね二人とも! 今日の事は気にしないで、学祭に向けて頑張ろう!」

 キラキラした顔で田所はそう言った。

 情緒が、不安定すぎる。 

「……瑞稀!」

 立ち去る田所を追う私を、美空の声が止めた。私は振り向く。

「ん? 何? あ、ああ。あたし、まだ謝ってなかった。ゴメンね? 変なこと気にして問い詰めるようなことしちゃって。この埋め合わせはちゃんとするから——」

 美空には、マジで悪い事したと思っている。

「ううん、埋め合わせなんてしなくて良いんだけど、瑞稀の方こそ、いいの?」

「うん? 何が?」

「わたしが隠し事してるって、わかってるんでしょ? なのに、それをわたしが言わないから……瑞稀、わたしのこと、嫌いにならない?」

 ——「嫌いにならない?」だって? ンマー! いちいちこの子は!

「なるわけないじゃん! そーゆートコも可愛い、大切な親友だよ! 美空は!」

 ——やべっ! 親友、なんて言っちゃった! 恥ずかしっ!

「瑞稀……うん! そうだよね! わたしも瑞稀の事嫌いにならないから! 今回の事はお節介だと思ったけど!」

 ——いや、マジでやめて。キュン死にするから……。

 私に向かって「お節介」という言葉を使った美空は、満面の笑みだった。

 顔が熱くなっている事を自覚した私は「じゃーね! また後で!」と言って、今度こそ校舎裏を去る。前を見ると田所が手を頭の後ろで組んで、ニヤニヤしていた。

「……何よ?」

「なんでも? それよりお腹空かない? 今のこのタイミングだと僕は、快晴と昼ご飯食べづらいんだけど」

「だけど?」

「川越はどう? 美空ちゃんとご飯食べる? ちえりちゃんは彼氏と食べると思うし、どうするのが一番?」

 ……こいつ。

 私はため息をついた。

「はぁ、わかったわよ。今日一日だけ、一緒にゴハン、食べてあげる」

「よっしゃ!」

 私達はサンドッチを取りに行く為、教室へと向かうのだった——————。

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