第6話 キモいがキモいとは限らない。

「——つまり、こういう事?」

 私は、今のこいつと美空のやり取りから、ストーリーをつむいでみた————。


「職員室を出た美空は、教室に戻ることにした。途中で矢嶋が『腹が痛い』とか主張し出したから、美空は一人で教室に向かう。教室へ入り、鞄を覗くと、自分の制服がない——」

「うん、おおむねその通りなんじゃないかな」

 私は更に続ける。

「きっと誰かに制服を盗まれた——『何故? 一体誰が?』そう思った美空だけど、あの子には一人だけ心当たりがある。そう、普段から自分をいやらしい目で見ていた、キモオタ男子に——」

「——え?」

「そのキモオタとは、あきやましん。きっとあいつは、最近ますます自分の魅力に磨きをかけてる美空に、しんぼうたまらなくなったのよ。遅れて教室に入った矢嶋から『秋山を見た』と言われ、美空の疑いは確信に変わる——」

「ちょっと待って! ストップストップ!」

「ん? 何? あんたが言うように、あたしなりに、そのストーリーってやつを考えたんだけど……なんかおかしい?」

 我ながら的を射た推理ストーリーだと思う。何がおかしいのだろうか。

「おかしいよ。なんで真也が『キモオタ』で、普段から美空ちゃんを『いやらしい目』で見ていて、『制服を盗んだ犯人』になってるの?」

「はぁ? 秋山がキモオタなのは見てればわかるじゃない? 実は昨日の放課後、あたしも秋山を見たのよ。昨日もオタク仲間とアニメなのか漫画なのか知らないけど、そんな話をしてたわ。そして制服を盗むなんてキモい行動、あーゆー奴らがやるに決まってる」

「はぁ……それはね、川越。っていう、『憶測のリスク』だよ」

「あたしのどこが早とちりなのよ?」

「それこそ見ればわかるよ。さっきの僕に対してもそう。君は、僕が美空ちゃんを口説いてたって、勘違いしたでしょ? 僕はただ質問をしてただけなのに——」

 ——いや、アレは誰だってそう思うじゃん?

 しかもこいつは私に「嫉妬しないでね?」とか言ったのだ。そういう路線に見えてしまうのは仕方がない。

「ま、君は僕をひろみたいに感じたんだろうけどさ」

 ——ヒロキ? ああ、だかのこと? こいつ、あんなやつとも交流あんのかよ。

 戸高裕樹とは、我がクラスにおけるだ。日頃あらゆる女子に声をかけてはウェイウェイ騒いでいる。イベント事にアグレッシブなあの男の姿をこの準備期間中に見かけないところを見るに、何処か別の所で女の尻を追いかけ回しているに違いない。何故か私に話しかけてきた事はないけれど。

 ただ、先ほどの誤解の原因は戸高のせいではなくて——。


「日頃のあんたのよ」


 いつもこいつに馴れ馴れしく話しかけられる当事者としての、当然の誤解だ。こいつの突拍子もない言動に、不覚にも「楽しい」と感じてしまう事が度々ある。普通の女子ならば、それに対して警戒するのが普通なのだ。

「それについては……ゴメン、反省するよ」

「ホントにな」

 ——猛省しろ。

「じゃ、話戻すけど真也が犯人ってのは有り得なくもないけど、川越の偏見に満ちている。彼は自分から見て『話しやすい特定の人』としか話さないし、周囲の人物から判断してオタクなのかもしれない。でもキモいかどうかは関わった人しかわからないし、そういうの良くないよ? 理解できない話をする人が皆んなキモかったら、テレビのコメンテーターとか皆んなキモいじゃん」

 ——う、たしかに……。

「そこは悪かったわよ。でも、あいつを疑うのは自然でしょ? なんかドロボーとかって、暗そうなやつが影でコソコソやってるイメージあるのよね。現に美空も、そう思ってたみたいだし?」

 秋山の話が出た時、美空は言葉をにごらせていた。

「なるほど、川越はそういう風に受け取ったんだね? それも一理ある。その話が本当なら、美空ちゃんは、川越のような考えに行き着いたのかも知れないね」

 ——なーんか、引っかかる言い方すんなー? 

「そういう体験?」

「あ、気にしなくて良いよ? それこそ根拠のないただの僕の想像だから。根拠のある想像は。普段あまり積極的じゃない真也が、進んで作業メンバーとして頑張ってくれてる、という事実がある。なんでだと思う?」

「んー、そりゃあ、何かで活躍とかして皆んなの輪に入りたい、から?」

「僕もそう思う。誰かに似てない?」

 ——あっそうか。美空が責任者になった事と、おんなじなんだ。

 もちろん、大勢の人とは関わらずに話しやすい人とだけ仲良くするのは、悪い事ではない。私だって似たようなものだ。その数が多いか少ないか、というだけの事だったりする。それでも秋山は、美空と同じように、自分を広げる事を選んだ、というわけだ。

「——これから『皆んなと一緒に頑張ろう』みたいに思ってる真也がそういう事するっていうのは、僕としては考えたくないね。でもああ、これも僕の願望か。もしかしたら、川越の考えてるほうが、正しいかも」

「いやいや、そこは自信持てって。今ちょっとあんたを見直したんだから——」

 ——これはマジ。

 田所と私に接点がなければ、たぶん私はこいつの事も根暗隠キャ、みたいに思ってただろう。

「あんたさっきの美空に対してもだけど、けっこう熱いトコあるじゃん」

「それは……僕も、アレだよ。皆んなと仲良くしたい、それだけ」

 田所は、少しだけうつむいて癖毛に指を突っ込み、カリカリしている。

 ——ほほう? コイツ、本気で照れてる時はケンソンするのな? てかあのからここまでワサワサするなんて、癖毛ってのも便利そーでいて大変そー。

「じゃ、早速行きましょ?」

「へ?」

 私の言葉に田所は、顔を上げる。

 ——ふふん、目ぇ丸くしてやがる。トロいやつ。

「『へ?』じゃねーよ。秋山のトコに行くの。こーゆーの、モヤモヤしたまんまだと良くないじゃん。とっとと秋山の疑いを晴らしに行くのよ」

「あ、そうだよね。でもえーと、ゴメン。明日にしない?」

 気分が良くなり私が出したせっかくの提案に、田所がそんな返答をした。

「なんでよ?」

「今日バイトなんだよね。電話してちょっと遅らせてもらってただけなんだ。だから、そろそろ行かないと」

 ——なんでこんな日に限ってバイト入れてんのよコイツ。いや、そーじゃないな?

 こいつは私と美空の為に時間をわざわざ作ってくれたのだ。私は田所に、すぐに不満を持ちすぎなのかも知れない。ちょっとだけ。

 でも——。

「えー? でもじゃあ、あたしはどうすんの?」

「え? フツーに作業してなよ?」

 ——あ、そっか。

「——それと、今の段階で誰かを疑うのはやめたほうが良いからね? こういう時、作業に参加してるメンバーだけに目が行きがちだけど、クラスでは参加してない人達のほうが多いんだ」

 ——む、たしかに。

 先ほどの美空の話に出てきた人物達は、あくまでも、作業に参加してる人達だけの話。他にも、部活やら勉強やら習い事やら遊びたいやらで、さっさと帰る人達が大勢いる。だからこそ田所は、秋山を疑う私をたしなめたのだ。

「わかってるって。もう早とちりしないから、安心してバイト行って来な」

 ——「安心して」って、こいつにあたしは何を言ってんだ? 別にこいつがどう思おうと、あたしにゃ関係ねーんだし?

「ホントに? 良い? 真也を問い詰めたりとか、そーゆー事はしないでよ? 絶対に。彼は繊細デリケートなんだから」

「しつけーって! 過保護か!」

 ——ん? この場合の過保護はどっちにだ? あたしに対して? それとも秋山に?

 私が自分のツッコミに対して自問自答している間に、田所は背を向けながらもチラチラとこちらを見て、教室へと入って行った。

 ——あーこれはあたしに対してだな? 舐められたもんだ。

 とは言え「絶対に」なんて言われたら、どうしてもに感じてしまう。もちろん、問い詰めようなんて考えはないけど、ちょっと話するぐらいは良いだろう。感じよーく、優しーく、話しかければ。


 ……良いよね?

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