40. 伝説の最強冒険者

「あら、ミゥさん、お久しぶり。お知合いですか?」


 エンジ色のジャケットをピシッと着込んだ金髪の受付嬢は、ニッコリと営業スマイルで話しかける。


「ただの腐れ縁なのだ。ど素人だが頼む」


「分かりました。そうしたら、まず男性の方、こちらに手を当ててください」


 受付嬢はそう言いながら大きな水晶玉を取り出して、カウンターの上に載せる。


「え? 載せるだけでいいんですか?」


 透き通って真ん丸の水晶玉の上に玲司は恐る恐る手を載せる。すべすべの手触りでひんやりとしている。


 受付嬢が何やら呪文を唱えると、水晶玉はぼうっとほのかにオレンジ色の光を放つ。


 受付嬢はそのその光をじっと見て、


「うーん、Gランクですね」


 と、用紙に【G】と書き込んでいく。


「クフフフ、ど素人なのだ」


 ミゥは嫌な笑いを浮かべる。Gランクはかなり下の方のクラスのようだ。


 玲司はムッとして、


「なんでギルドカードなんて要るんですか? ゾルタン捕まえに行きましょうよ」


 と、言い返す。


 するとミゥは肩をすくめ、


「あんたみたいなのがゾルタンのところへ行ったら即死なのだ。まず、魔物と戦いながら戦闘に慣れてもらわないと話にならんのだ。で、そのためにはギルドの許可がいる。そのくらい想像力働かせてくれないと困るのだ」


 といって玲司をジト目で見る。


 玲司は仏頂面で目をそらした。


「ミゥは何ランクなの?」


 シアンが聞く。


「あたしはCランク。でも管理者だから本当は無敵なのだ。クフフフ」


 と、ドヤ顔で答える。


「ふぅん、じゃあ、同じくCランク目指すゾ!」


 そう言いながらシアンは水晶玉に手を載せた。


「C? ねーちゃんが? Cってのは一部のエリートしかなれないランクだぞ。わかってんのか?」


 皮鎧を着た筋肉むき出しのムサいやじ馬が近づいてきて、ニヤニヤしながら言う。


「放っておくとSになっちゃうからCに調整するんだゾ」


「こりゃ傑作だ! Sだってよ! みんな聞いたか?」


 男はロビーを振り返り喚く。


「いいぞ、Sねーちゃん!」「冒険者なめんな!」「今晩どう?」


 下卑げびたヤジが部屋に飛び交う。


 受付嬢は、


「静かにしてください!」


 と、可愛い顔に青筋を立て、ロビーをギロッとにらむ。その気迫に冒険者どもは気おされた。どうやら冒険者たちは受付嬢には頭が上がらないようで、お互い目を見合わせながら小声で何かをささやきあっている。


 もう……。


 受付嬢はため息をつくと水晶玉に視線を移し、呪文を唱えた。


 水晶玉が輝きだす。オレンジに輝くと次に黄色になり、黄緑になり、そして緑がかったあたりで止まる。


「おい、ホントにCだぞ」「マジかよ……」


 それを見たやじ馬たちはどよめき、そして言葉を失う。Cというのは一部のエリートを除けばベテランで到達できるかどうかのレベルである。まだ若い女の子がCランクなのはヤバいことだった。


「えっ? し、Cランク……ですかね?」


 受付嬢が目を丸くしてつぶやくと、


 ミゥはいたずらっ子の顔をしてシアンの後ろにそっと近づき、脇をくすぐった。


「きゃははは!」


 シアンが嬉しそうに笑った瞬間、水晶玉は赤になり水色になり、最後は紫色に激しく光を放ってパン! と音を立てて割れてしまった。


 え?


 凍りつく受付嬢。ザワつくロビー。


「ミゥ! いきなり何すんの?」


 シアンはそう言って素早くミゥを捕まえるとくすぐり返した。


「キャハ! フハッ! やめるのだ! キャハハハ!」


 ミゥは笑いながら逃げようとするが、シアンは楽しそうにミゥの動きを封じながらさらにくすぐった。


「分かった! ギブ! ギブ! 降参なのだ! キャハハハ!」


 ミゥは観念した。


 受付嬢はじゃれあう二人を気にもせず、紫色になって砕けた水晶玉を前に固まったまま困惑している。


「あのぉ……。紫は何ランクですか?」


 玲司は恐る恐る聞いた。


「紫は……Sランク。だけど、こんなに鮮やかな紫は見たことがないわ。SSとかそれ以上なのかも」


「SS!?」「紫なんて初めてだぜ」「おいこりゃヤバいぜ……」


 ロビーではやじ馬たちが青い顔をしながらザワついている。


 SSランクであればもはや伝説級の最強冒険者らしい。このままだと国中にシアンのことが広まってしまう。しかし、ゾルタンを探す上で目立つのは避けるべきだった。


「最初、Cランクでしたよね? CでいいじゃないですかCで」


 玲司は急いで交渉する。


「えっ? でも……」


「これはミゥがくすぐったからだゾ。Cちょーだい」


 シアンはニコニコしながら受付嬢に手を出した。


「うーん……。まあ確かに壊れた水晶玉の結果は使えませんし……。とりあえず、暫定でCで出しておきます。その代わりまた後日再計測させてくださいよ」


「分かったよ! きゃははは!」


 シアンは屈託のない笑顔で笑った。


 帰り際、やじ馬たちは小声で話しながらシアン達と目を合わせないようにしていた。本能的にヤバい奴らだと気が付いたようだ。冒険者にとってヤバい奴からなるべく距離を取るというのは、生き残るうえで大切なスキルだったのだ。


 玲司はやじ馬たちの変わりようがひどく滑稽に思えて、ついプフッと噴き出してしまう。


 敏感なやじ馬たちはそれを聞き逃さない。何人かにギロリとにらまれ、玲司は逃げるように我先にギルドを後にした。










41. ゴブリン爆破


「さて、研修をする! おい、Gランク! よそ見は止めるのだ!」


 いきなり連れてこられた大草原、玲司がキョロキョロしているとミゥが叫んだ。


「え? ここで何を?」


 青空が澄み渡る気持ちの良い草原にはススキのような草が生い茂り、風に吹かれて綺麗なウェーブを描いている。遠くには森があり、その奥には見事な山がそびえている。


 ミゥは腰に手を当て、人差し指を玲司にビシッと向けると、


「君は戦い方も知らないど素人。今のままじゃ即死なのだ。最低限のスキルをここで学んでもらう。ここはゴブリンの巣がある草原なのだ。ゴブリン狩りをやってもらう」


 と、言ってニヤッと笑った。


「ゴ、ゴブリン!?」


「なんだ、ゴブリンも知らんのか。緑の小さい魔物。一番弱いからちょうどいいのだ」


「大丈夫! マンガで見たことあるよ。楽しみかも」


 浮かれていると近くの茂みがガサガサっと揺れた。


 ひっ!


 急いで玲司はミゥの後ろに隠れる。


 そんな玲司をミゥは鼻で笑うと、


「早くもお出ましなのだ。見てなさい」


 と言って、茂みから飛び出してきた緑色の小人に向かって指を銃のようにしてむける。そして、


「パーン!」


 と、言った。


 直後、ゴブリンはボン! と爆発し、汚いものをまき散らした。


 後には何とも言えない悪臭の煙が立ち上る。


「はい、やってみるのだ!」


 ドヤ顔のミゥ。


「ちょ、ちょっと待ってよ。やり方教えてよ」


「え? やり方知らないの?」


「昨日生き返らせてもらったばかりなんだもん……」


 玲司はむくれて答えた。


 ふぅ。


 ミゥはため息をつくと肩をすくめ首を振る。


「しょうがないのだ。まずゾーンに入って標的に意識を合わせて」


「ゾ、ゾーンって何?」


「あー、そこから……。スポーツ選手が無意識にスーパープレイしたりするでしょ? あの状態がゾーン。深層意識に自分をしずめ、世界のシステムと直接つながるのだ」


「は、はぁ」


 もはや何を言われているのか分からない玲司は、口をポカンと開けて言葉を失う。


「ご主人様、瞑想めいそうするといいゾ」


 シアンが横からアドバイスする。


「め、瞑想?」


「深呼吸を繰り返すだけだゾ。四秒息を吸って、六秒止めて、八秒かけて息を吐く。やってごらん」


「わ、わかった」


 スゥ――――、……、フゥ――――。

 スゥ――――、……、フゥ――――。


「うまいうまい。徐々に深層意識へ降りていくゾ」


 玲司はだんだんポワポワした気分になってくる。すると、次々といろんな雑念が湧いてきた。


『朝食べた人肉サンド、美味かったなぁ……』


 いかんいかんと首を振って再度深呼吸を始める。


 スゥ――――、……、フゥ――――。

 スゥ――――、……、フゥ――――。


『シアンの胸、綺麗だったなぁ……』


 玲司は真っ赤になって首を振り、もう一度深呼吸をやり直す。


 見かねたシアンが玲司をポンポンと叩いて言う。


「雑念は無理に振り払わなくていいゾ」


 え?


「雑念は『そういうこともあるよね』と、横に流すといいんだゾ」


「あ、そういう物なの?」


 再度深呼吸を再開する玲司。


 スゥ――――、……、フゥ――――。

 スゥ――――、……、フゥ――――。


『ワンピースの中に見えた美空の白い太もも綺麗だったな……』


『さっきの魔物、ドラゴンなのかな……』


『ギルドの野次馬、間抜けだったな……』


 次々と湧き上がる雑念。だが、玲司はそれを消そうとせず横へとそっと排除していく。


 しばらくそうしていると、いきなり、すぅ――――っと意識が深い所に落ちて行く感覚に囚われた。


 どんどん落ちていく玲司。


 しかし、玲司はあらがわずにただ、ぼーっとどこまでも落ちていった。


 やがて下の方に黄金色に輝く光の海が見えてくる。それは温かく、玲司の心をゆったりと癒してくれる。


 玲司は心の奥から湧いてくる幸せに浸っていた。こんな素敵な世界に深呼吸を繰り返すだけでたどり着けるとは……。


 気がつくと、自分が地球と一体になっていた。この世界に息づく全ての物が地球を介して自分の周りを包んでいる。その全てがくっきりと浮かび上がってきた。


 そして始めて玲司はこの世界の本当の姿を知る。


 そう、地球とはシステムだったのだ。こうやって多くの色や形をそして命を統合的に映し出すシステム、それが地球なのだ。命と命が形を通じて関わり、ぶつかり、そして時には消し去る……。


 玲司はゾーンの中でその全てを直感的に理解する。


 すると、遠くの方から一つの命が近づいてくるのが分かる。


 玲司はそちらの方に指を伸ばし、意識を向けてみるとそのデータが頭に流れ込んでくる。ゴブリンだ。


 さっきの爆発音に気が付いて調べに来たのだろう。


 管理者権限をもらった玲司は、ゴブリンのデータを自由に書き換えることができる。吹き飛ばすこともワープさせることも、温度を上げたり下げたりすることも自由だった。


 玲司は温度の設定に意識を合わせ、それを千度に設定する。


 ズーーン!


 ゴブリンは轟音を上げて吹き飛んだ。


 玲司は初めてチート魔法とも呼べる管理者権限による攻撃を理解し、成功させたのだった。
















42. 地球あげるよ


「うん、まあまあなのだ」


 ミゥは腕を組んでうなずいた。


 玲司は自分の身体に意識を向けてみる。位置座標、速度、重力適用度、体温、身長に体重、皮膚の色から各筋肉の量、関節の可動域までありとあらゆるデータが並んでいる。


 試しに重力適用度を0%にしてみると、ふわっと体が浮いた。無重力になったのだ。今朝、シアンがいじっていたのはこれだろう。


 玲司はそのまま座標を百メートルほど上空に書き換えてみる。するとブワッと草原の全貌が視界に広がった。ちゃんと草原の上空にワープしたようだ。下を見ると小さくミゥとシアンが見える。


 ミゥは降りて来いと手招きしているようだったが、生まれて初めて空を飛んだのだ。もうちょっと遊ばせてもらおう。


 玲司は今度は速度をいじってみる。穏やかな青空の気持ちの良い空を飛び始める玲司。さわやかな風が頬をなで、シャツをバタバタとはためかせる。


 嬉しくなった玲司はさらに速度を上げていく。


 ヒャッハー!


 川を超え、草原はやがて森となり、目の前に大きな山が立ちふさがってくる。


 腕を開けば飛行機の方向のように操縦ができることに気が付いた玲司は、大きく腕を開いて上方に進路を取った。


 山肌すれすれに大空へと飛び上がっていく玲司。そしてそのまま真っ白な雲に突っ込んでいく。


 ボシュっと雲を抜けると一面の青空が広がり、燦燦さんさんと輝く太陽が玲司を照らした。


 おぉ……。


 玲司は雲の上でクルクルと回転して大空を舞う喜びを全身で表現する。


 しかし、さすがに寒い。玲司は自分の身体に意識を集中し、シールドを探してみる。すると、その要求に反応して自動で玲司の身体の周りに薄い膜が張られた。


「こりゃいいね!」


 玲司は上機嫌でさらに高度を上げてみる。まるで太陽に呼ばれるようにどんどんと宇宙に向けて加速していった。


 玲司の周りにドーナツ状の白い雲の輪が湧き上がり、直後、ドン! という衝撃音が走る。音速を超えたのだ。


 頭上のシールドの外側は圧縮された空気が高熱を発し、鈍く赤く輝き始める。


 調子に乗った玲司はさらに速度を増していった。どんどんと小さくなっていく山々の連なり。そして、青空は一気に暗くなり、地平線は青くかすみ、玲司は大気圏を突破した。


 星々が輝き始める空を見ながら、玲司はこの数奇な運命を感慨深く思う。この世に生まれて十六年。まさか自分が異世界で空を飛ぶなんて想像もできなかった。でも、世界のことわりを知ってしまった今では、実に自然で当たり前のように感じてしまう。


 世界は情報でできている。それを知り、情報を扱えさえすればもはや神同然になれる。


 玲司は美しく青白い弧を描く地平線を見ながら、この世界の真実を身体全体で感じていた。



         ◇



『いつまで遊んでるのだ!』


 ミゥのテレパシーが頭の中に響く。


 玲司は慌てて戻ろうと思って下を見たが、そこには山々とそれを覆う雲の列がたなびいているばかりだった。


 しまった。どこに戻ればいいかが分からない。玲司が途方に暮れているとオレンジ色の光がツーっと飛んでくる。


 え?


 やがて光の点は大きくなり、その姿を露わにする。それは青い髪をした女の子だった。


『シアン!』


 玲司は大きく手を振る。


『ご主人様、迎えに来たゾ』


 シアンは屈託のない笑顔でにっこりと笑いながらそばまで来ると、両手で玲司の手をつかんだ。


『ごめんごめん、帰り方分からなくなっちゃってさぁ』


『ふふっ、ミゥが待ってるゾ。一緒に帰ろ』


『うん、それにしてもこの景色、綺麗だよね』


 玲司は、弧を描く地平線を指さす。それは漆黒の星空をバックに青い大気のかすみを纏いながら優美に光り輝いていた。


『なに? 地球欲しくなった? 僕が一つあげようか?』


 シアンがいたずらっ子の顔をしてニヤリと笑う。


『あ、いや、そういう意味じゃないんだけど』


 玲司は野心的なシアンの言葉に少し動揺しつつ首を振った。地球をくれるってどういう意味だろうか? 思い起こせば今回の騒動の発端も、こいつが世界征服をするなんて言い出したことにあったのだった。


 玲司はシアンのAIらしい常識外れの発想に肩をすくめる。


『欲しくなったらいつでも言ってね』


 シアンはそう言ってウィンクすると、玲司の手を引っ張って下降を始めた。

















43. 対管理者向け決戦兵器


 景色は満天の星々から一気に雲を抜け、森を超え、ゴブリンの草原へと変わり、二人はミゥの元へと戻ってきた。


 玲司はミゥに手を振り、かっこよく着地しようとしたが目測を誤り無様ぶざまに草原をゴロゴロと転がった。飛行機事故も大半は着陸時に起こる。それだけ着陸は難しいのだった。


 いててて……。


 玲司は照れ笑いをしながらゆっくりと身体を起こす。


 草原にはさわやかな風が吹き、サワサワと草葉の触れ合う音を奏でながらウェーブを作っている。


 宇宙からの眺めも良かったが、地上の音や風のある世界の方が自分は好きかもしれない。そんなことを思いながら玲司は辺りを見回した。


「勝手に飛ばないで」


 ミゥはジト目で玲司を見る。


「ごめんごめん、でも上手くできてたろ?」


「フッ、着地できない人は上手いとは言わないのだ」


 鼻で笑うミゥだったが、研修としては合格なのだろう。それ以上は突っ込まれなかった。


「でも、少しは役に立ちそうでしょ?」


 玲司がちょっと自慢気に聞くと、


「はははっ。それは管理者なめすぎなのだ。管理者権限持ってる相手には普通の攻撃は全く効かないのだ」


 え?


「君も私もそうだけど、管理者は物理攻撃無効なのだ」


「物理攻撃無効!?」


「着陸失敗して君はケガした?」


「えっ? ケガ?」


 玲司は急いで派手に裂けたシャツやスウェットパンツを見てみたが、肌にはかすり傷一つついていなかった。


「あれ? 痛かったのに……」


「一応痛覚は残しておかないといろいろ困るのだ」


 ミゥはそう言いながら破れたところに手をかざして、修復していった。


「お、おぉ、ありがとう」


「これくらいは早くできるようになるのだ。これで出来上がり……、あぁ、こんなところに汚れが!」


 玲司は甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるミゥの美しい横顔をぼーっと眺め、美空とは違う魅力を感じていた。同じミリエルの分身なのにやはりそれぞれオリジナルな魅力がにじみ出てくるのだ。


 よく考えたら一卵性双生児だって性格が全く一緒な訳じゃないから、当たり前なのかもしれない。


「……、……。ねぇ? 聞いてるの?」


 ぼーっとしていたら怒られてしまった。


「あ、ごめん。何だったかな?」


「んもぉ! だから普通の攻撃したってダメージ行かないし、相手の属性はロックされていじれないって言ったのだ」


 ミゥは口をとがらせて言う。


「じゃあ、どうやってゾルタンを捕まえるの?」


「空間ごとロックして閉じ込めるか、奴のセキュリティをハックするツールを使って突破するかしかないのだ」


「ツール?」


「例えば、こんなのなのだ」


 ミゥはそう言うと指先で空間に裂け目を作り、手を突っ込んで一振りの日本刀を引っ張り出した。


「に、日本刀!?」


「これは【影切康光】、対管理者向け決戦兵器なのだ。よく見てるのだ」


 ミゥが【影切康光】を構えると、その美しい刃文の浮かぶ刀身がブワッと青白い光を纏った。


「おぉ……」


「この青い炎みたいなやつがツールの概念なのだ」


「概念?」


「実際にはハッキングのコード群なんだけど、そんなの目に見えないからこういう特殊効果にして表示してるのだ」


「何だかよく分かんないけど、これをゾルタンの身体に当てれば勝ちってこと?」


「そうなのだ。運がいいとロックが解除されてダメージを与えられるのだ。試しにちょっと斬ってやるからそこになおれなのだ」


 ミゥはニヤッと笑うと【影切康光】を振りかぶった。


「いやちょっと、身体壊されるんでしょ? 止めてよ!」


「ビリっとするだけ、ビリっとするだけなのだ」


 ミゥはとても楽しそうに言う。せっかく出した【影切康光】を使いたくて仕方ないようだった。


「ちょっと、シアン、助けて!」


 横で退屈そうに浮いていたシアンのうでにしがみつく。


 シアンはニヤッと笑うと、


「おぉ、じゃぁミゥちゃん、僕に斬りかかって来るといいゾ」


 といいながら、地面に降り立ち、ファイティングポーズを取った。


「え? シアンちゃんは素手?」


「ふふん、僕は素手でも強いゾ」


 シアンは碧眼をキラっと光らせて言った。


 しばらくにらみ合う両者、ピリピリとした緊張感が辺りを包む。


 一陣の風がビュゥッと吹いた時だった。


「チェスト――――!」


 ミゥは目にもとまらぬ速さで【影切康光】を振り下ろす。


 キィィィーーン!


 直後、【影切康光】はクルクルと宙を舞い、草原の中にズサッと落ちた。


 え?


 速すぎて目には見えなかったが、シアンがこぶしで【影切康光】を横から叩き落したようだった。


「う、うそ……」


「どう? 僕は少しは役に立つでしょ?」


 ドヤ顔のシアンに、ミゥは呆然と自分の両手を眺め、ゆっくりとうなずいた。


        ◇


 その後、玲司はいろいろとツールの使い方を教えてもらった。しかし、玲司はいくらやっても【影切康光】の刀身を光らせる事が出来なかった。


「ふぅ……。簡単じゃないんだね」


 玲司は大きく息をつき、首を振る。


「これでもね、あたしはずいぶん頑張ってきたのだ。でも、ゾルタンはまだ捕まえられてないくらい難問なのだ」


 ミゥは悔しさに耐えるように唇を噛み、こぶしをグッと握った。


 玲司はうなだれ、大きく息をつく。そして、宇宙まで行って浮かれていた自分をちょっと反省した。どこにいるかもわからない、見つけてもワープされたら逃げられる。そして決戦兵器を当てても確率だという。なるほど無理ゲーである。


「うなだれてないで。何事も練習。ツールは後にして、基本の通常攻撃を復習なのだ」


 そう言ってミゥはシアンに、


「シアンちゃん、ちょっと魔物呼んできて」


 と、頼んだ。


「はいはーい!」


 シアンは嬉しそうにビシッと敬礼すると、ピョンと跳びあがり、ビュンと目にもとまらぬ速さですっ飛んでいった。














44. ヴィーナシアン


 あっという間に丘の向こうへと消えていってしまったシアンの方をぼんやりと眺めながら、玲司は聞いた。


「この辺にはどういう魔物がいるの?」


「オークとか、コボルトとか……、稀にオーガも出るのだ」


 まるでラノベやアニメに出てきた世界そのままである。


「オーガ……。そういう魔物は誰が作ってるの?」


「設定だけやっておくと、後はシステムが自動生成してくれるのだ」


「ふぅん、便利だね。でもなんで魔物と魔法を追加したの?」


「いろんな設定の中で人類がどうやって独自の文化を築いていくのか、というデータ取りなのだ」


「はぁ、実験……なのか」


 魔物を配置し、魔法を使えるようにすることがただのデータ取りなんだそうだ。玲司は言いようのない違和感を抱き、眉をひそめる。なぜそんなことをするのだろうか?


「地球は一万個もあるのだ、Everzaエベルツァならではの文化を作らないと埋もれておとりつぶしになってしまうのだ」


 ミゥは肩をすくめる。


「おとりつぶし!? 消されちゃうの?」


「そうなのだ」


「えっ!? 一体だれが?」


 玲司は驚いた。地球が消される、それは悪い奴が壊すとかならわかるが、地球運営側がやるというのだ。そんなことがあっていいものだろうか?


「まぁ、いろいろあるんだけど、最終的には金星のお方なのだ」


「き、金星?」


 玲司はいきなり出てきた惑星の名前に驚く。海王星だけで終わっていなかったのだ。玲司はこの世界を取り巻くとんでもない不思議な構造に言葉を失った。


 要は金星の人たちが海王星の人たちに地球を作らせて文化文明を発達させている。そして、出来の悪い地球は消すという事らしい。一体なぜそんなことになっているのか玲司は見当もつかず、静かに首を振った。


 すると、遠くの方で、打ち上げ花火のようにドン! ドーン! と爆発音が響いた。きっとシアンだろう。一体何をやっているのだろうか?


 玲司は眉をひそめてミゥと顔を見合わせる。


 すると遠くの方からズズズズと地鳴りが聞こえてきた。


「な、なんなのだこれは?」


 よく目を凝らしてみると、遠くの方から土煙をまき上げながら魔物の大群が押し寄せてくるのが見えた。それはゴブリンやオークだけでなく、サイクロプスやゴーレムなど、レアな巨大魔物も混じっている。


 玲司は真っ青になった。


「ど、どうしよう?」


 こんな多量に押し寄せてくるのを、一匹ずつ照準合わせて倒していたのでは間に合わない。


 すると、シアンがツーっと飛んできて、


「呼んできたゾ!」


 と、嬉しそうに報告する。


「いや、ちょっと、呼びすぎだよ! あんなのどうやって倒すのさ!」


 玲司は頭を抱えて怒る。


 それを見たミゥは、苦笑いをして言った。

 

「君にはまだ荷が重いか。じゃ、シアンちゃんやってみるのだ」


「はいはーい! シアンにお任せ。きゃははは!」


 シアンは嬉しそうにくるりと回り、ピースサインを横にしてポーズを決める。まるでどこかのアニメのヒロインみたいだ。


 そして、腕を高く掲げ目を閉じるシアン。


 あんなたくさんの魔物を一体どうやって倒すつもりなのか。玲司は不思議に思いながら見ていると、シアンはパチンと指を鳴らした。


 直後、激烈な閃光が走り、全てを焼き尽くす熱線が一行を貫いた。


 それはまるで核爆弾が炸裂したように、莫大なエネルギーが草原を、その周りの森を一斉に炎へと変えた。


 アチ――――ッ!


 玲司の服も一瞬で燃え上がり、あまりの熱さに身もだえる。物理攻撃無効でなければ即死だった。


 あわてて巨大なシャボン玉のようなシールドを張るミゥだったが、直後に強烈な衝撃波が一行を襲い、シールドごと吹き飛ばした。


 ぐはぁ! ヒィ! きゃははは!


 一行はゴルフクラブで叩かれたボールのように一直線に大空に向ってはじかれる。そして、上空高く舞い上がると、数キロ先の森へと墜落していった。


 木々がなぎ倒された森の上で何度かバウンドしたシールドは、やがてゴロゴロと転がって止まる。無数の小石が空から降り注ぎ、シールドに当たってパラパラと音を立てていた。


 玲司がそっと目を開けると、そこには紅蓮の炎を集めた巨大なキノコ雲が赤黒く光りながら空へとたち上っている。


 魔物を倒すためだけに森を焦土に変え、一帯を地獄絵図に落とし込んだシアンの滅茶苦茶さに、玲司は呆然としながら、ただ禍々しいキノコ雲を眺めていた。








45. インチキ神主


「なんでこんなことに……」


 玲司が起き上がろうと手をつくと、生々しいムニュっとした柔らかな手触りがする。それはまるで手に吸い付くようなしっとりとした感触で、天国に上るかのような至高の触り心地だった。


 んむ?


 ついこないだ似たようなことがなかっただろうか? そう、それは大手町で……。


「ちょっと! 何すんのだ!」


 バシッと玲司の手がはじかれる。


 あ、こ、これは……。


 ミゥは焼け焦げてボロボロになった服で胸を隠し、涙目になって玲司をにらむ。


「ご、ごめん。不可抗力だよ。今は緊急事態。ねっ!」


「このエッチ!」


 バチーン!


 と、ビンタが玲司に頬にさく裂する。


 あひぃ!


 ミゥは、


「レイプされたのだ! うわぁぁぁん!」


 と大声で泣き叫ぶと、隣のシアンに抱き着いた。シアンのサイバースーツはきれいさっぱり服が燃え尽き、かけら一つも残っていなかった。


「おぉ、ヨシヨシ。どこ触られた?」


 シアンは透き通るような神々しいまでの裸体を晒しながら、聖母のスマイルでミゥを受け入れると、


「清めたまえー、はらいたまえー」


 と、インチキ神主みたいなことを言いながら、触られたところをやさしくなでていく。


 そして、ミゥの服を丁寧に復元してあげていった。


 玲司はなぜこんなにラッキースケベな展開になるのか訳が分からず、


「ごめんよぉ。悪気はなかったんだ」


 と、頭を下げる。


「美空ねぇに言いつけてやるのだ! うわぁぁぁん!」


 ミゥはそう叫ぶとシアンの胸に顔をうずめ、しばらく動かなくなった。


 玲司は渋い顔をしながら吹き上がっていく灼熱のキノコ雲を見上げる。


 シアンがまたやらかしたその禍々しいせん滅の象徴をにらみながら、玲司はキュッと唇をかんだ。シアンに頼みごとをするときは、何をするつもりなのか聞いて確認をしようと心に誓ったのだった。



      ◇



 ミゥが落ち着いた後、一行は爆心地の巨大なクレーターの縁にやってきた。


 直径数百メートルはあろうかという大地にぽっかりと開いた穴には、魔物たちの影など何も残っていない。上空高く吹き上がっていったキノコ雲からは豪雨が降り注ぎ、傘代わりに上空に展開したシールドからは滝のように水が流れてくる。焦げ臭い風がビュゥと吹き抜け、再生させたシアンの腰マントがバタバタとはためいた。


「シアンちゃん、一体何やったらこうなるのだ?」


 ミゥは呆れ果てた顔で聞いた。


 シアンは足元に転がっていた半分焦げた木の枝を拾いながら答える。


「オークの体温をMAXにしただけ。そしたら百億度になってしまったゾ」


「ひゃ、百億度!? システムで設定上限は一万度なのだ。なんでそんな値に?」


「バグじゃない? きゃははは!」


 楽しそうに木の枝をビュンビュンと振り回しながら笑うシアンを見つめ、ミゥは渋い顔で、


「今日はもう撤退。ちょっと目立ちすぎたのだ」


 と、疲れ切った表情で首を振った。



       ◇



 一行は街にあるミゥのオフィスへ跳んだ。閑静な高級住宅地に並ぶ石づくりの立派な建物は、中に入ればミリエルの部屋と同じモダンなつくりだった。


「うわぁ、素敵なところだね……」


 玲司はそう言ってガラスづくりの大きな会議テーブルをなでる。窓の外を見ると豪奢な純白の宮殿が見えた。王宮だろうか? 大きく彫られた幻獣のレリーフが格調の高さを演出している。


「ちょっとコーヒーでも飲んでて。用事済ませたらディナーに行くのだ」


 ミゥはそう言ってコーヒーをシアンにすすめた。


「あれ? 俺のは?」


「自分で入れたら?」


 ミゥはプリプリとしたままで、キッと玲司をにらむと、バタン! と思いっきりドアを叩きつけるようにして出ていった。


 玲司はシアンと目を合わせ、肩をすくめる。


「はい、じゃあコーヒーコピーしてあげるゾ」


 シアンはそう言うと、まるでマジシャンのようにマグカップのコーヒーを一瞬で二つにして玲司に渡した。


「ちょっと! それ、どうやるの?」


 あまりに異様な事態に玲司は唖然とした。


「ただ、コーヒー選んでコピーってやるだけだゾ」


 そう言ってコーヒーを一口すすり、幸せそうに微笑んだ。


「そか、この世界デジタルだもんな」


「あー、でも、複製品はやっぱり味が少し落ちるんだよね」


「え?」


「まあ、些細な差だからご主人様には分からないゾ」


 シアンはニコニコしながら言った。


「いやいや、俺は違いの分かる男だぞ!」


 そう言ってシアンのマグカップを奪い取った。


 神妙な顔で何度も飲み比べる玲司だったが……、やがて首を傾げたまま固まってしまう。


 シアンはそんな玲司を嬉しそうに見ていた。










46. 35.3%だゾ!


 玲司はソファにゴロンと横たわり、天井の木目を眺めながら、ぼーっと裏切った副管理人のことを考えていた。そもそも、なぜゾルタンは裏切ったのだろう? ミリエルの下で副管理人だって悪くはないと思うのに。何かケンカでもしたのかな? でもケンカしたくらいで八十億人皆殺しなんてするものだろうか?


 玲司は首を振り、大きくため息をつくと、シアンの方を見た。


 シアンはテーブルで目をつぶり、楽しそうにまるで指揮者みたいに指先を振り回しながら何かをやっている。


「ねぇ、シアン。ゾルタンはなんで裏切ったのかな?」


「ん? 人間は裏切るものだゾ?」


 シアンは不思議そうにそう言うと、美味しそうにコーヒーをすすった。


「いやいや、そんなことないって。俺は裏切らないもん」


「え? 人間が信頼関係にある人を裏切る確率って知ってる?」


 シアンは眉をひそめながら聞いてくる。


「か、確率!?」


 玲司はいきなり確率の話を持ち出されて言葉を失う。世の中の人はどれくらい裏切るのだろうか?


 玲司は天井の木目の筋を無意味に追いながら、いろいろと考えてみたが全く分からない。しかし、裏切ってばかりなら社会は成り立たないはずだし、信頼してる人同士ならそれなりには低いに違いない。


「えーと、0.1%……とか?」


「35.3%だゾ! きゃははは!」


 シアンは思いっきり笑った。


 へ?


 玲司は唖然とする。人間は信頼で結びつき一緒に暮らす生き物だ。三分の一が裏切るというのは全く納得がいかない。


「いや、シアン。それはおかしいよ。人間はそんな軽薄じゃないぞ!」


「じゃあ、ご主人様は結婚したとして、絶対浮気しないの?」


 シアンはいたずらっ子の目でニヤッと笑う。


「う、浮気!? え……と……。多分……しないんじゃ……ないかな……」


 玲司はとたんに勢いを失い、うつむいてしまう。もちろん、浮気しようと思っているわけじゃない。でも、十年経ち二十年経ってもずっと妻一人のことだけを見続けられるだろうか?


「ゾルタンも浮気したくなったんじゃない?」


 シアンの適当な意見に玲司は大きく息をつき、ソファーの上で寝返りを打った。


 人間は裏切る生き物だ、という現実を自分の中にも見出してしまったこと。それは言いようのない失望を自らに浴びせかけていた。


 そうだ、人間とはこういう生き物だったよな。行き場のない不信感を玲司は持て余し、キュッと唇をかんだ。


 するとシアンはふわふわと飛んでやってきて耳元で、


「でも、僕は絶対裏切らないゾ。なんたってAIだからねっ」


 と、言うと、しおれている玲司のほほにチュッと軽くキスをした。


 うわぁ!


 優しく甘酸っぱい香りに包まれ、玲司は思わず焦る。


「僕を信じて」


 シアンはそう言うとギュッと背中に抱き着いた。柔らかい体温がじんわりと伝わってくる。


 玲司はふぅと息をつくと、自然と湧き上がってくる微笑みを抱き、シアンの手をそっとさすって気遣いに感謝した。


 そして、人間と言う度し難い生き物と、ある意味純粋なAI。この組み合わせは実は理想に近いのではないだろうかとぼーっと考えていた。



      ◇



 陽も傾いてきたころ、ミゥは二人を街に連れ出した。


 大通りには荷馬車が行きかい、わきの歩道を家路につく人たちが歩いている。両脇には三階建ての石造りの建物がずっと連なっていて、夕日を浴びてオレンジ色に輝いていた。


「何食べたいのだ? 肉、魚?」


 ミゥはちょっとおしゃれに紺色のジャケットを羽織り、グレーのキャスケット帽を目深にかぶって二人を見る。さっきまでの不機嫌さは見えず、玲司はホッとした。


「肉、肉ぅ!」


 シアンが嬉しそうに宙をクルクル回りながら叫ぶ。


「ちょっと! 目立つから歩いて」


 玲司はシアンの腕をつかんで地面に下ろす。Everzaエベルツァは魔法がある星ではあるが、気軽に宙をふわふわ浮いているような人は見かけない。


「歩くの面倒くさいゾ」


 シアンは頬をプクッとふくらませてジト目で玲司を見る。


「手をつないであげるから」


 玲司は親戚の小さな子供を諭した時のことを思い出し、シアンの手を握った。


「あはっ! これなら楽しいゾ」


 シアンは嬉しそうに腕をブンブン振り、軽くスキップしながら歩き始める。


「はいはい、そんな急がないで」


 玲司はふんわり柔らかい指の温かさにちょっと照れながらも、楽しそうなシアンに癒されていくのを感じていた。


「じゃ、肉にするのだ」


 ミゥは楽しそうな二人を見ながらちょっと不機嫌そうに言った。












47. 白亜の城


 やってきたのは、大通りから少し入った、大衆食堂のような気取らない店だった。


 少しガタつく椅子に、年季の入った木製テーブル。高い天井にはシーリングファンがゆっくりと回っている。


「ちょっと汚いけど、ここのスペアリブは病みつきになるのだ」


 ミゥがおしぼりで手を拭きながらそんなことを言うと。


「あら、ミゥちゃん、汚いだけ余計よ」


 そう言いながら、恰幅かっぷくのいい女将さんがパンパンとミゥの背中を叩く。女将さんはベージュの民族衣装をまとって頭にタオルを巻き、とてもエネルギッシュだった。


「アハ! 聞かれちゃったのだ。いつもの三人前。後、あたしはエール。君たちは?」


 ミゥは上機嫌に注文していった。



        ◇



「カンパーイ!」「かんぱーい」「かんぱい」


 三人は乾杯し、玲司は一人だけ水を飲む。


「くぅ! 一仕事終えた後のエールは格別なのだ!」


 ミゥは口の周りを泡だらけにして満面に笑みを浮かべて言った。


「血中アルコール濃度急上昇だゾ! きゃははは!」


 シアンも上機嫌に笑う。


 玲司は何がそんなに嬉しいのか分からず、小首をかしげながら水をゴクゴクと飲んだ。


「はーい、おまちどうさま!」


 女将さんがスペアリブを山盛りにしたバカでかい皿をドン! とテーブルに置く。


「待ってました!」


 ミゥは素手で骨をガッとつかむと、かぶりつき、アチッアチッと言いながらジワリと湧きだしてくるその芳醇な肉汁を堪能した。


 玲司はフォークで一つ持ち上げると恐る恐るかぶりつく。


 甘辛いタレがたっぷりとからんだスペアリブは、エキゾチックなスパイスが効いていて、香ばしい肉の香りと混然一体となり、至福のハーモニーを奏でた。玲司は湧きだしてくる肉汁のめくるめくうま味の奔流に、脳髄が揺さぶられる。


 くはぁ。


 玲司は目を閉じたまま宙を仰ぐ。異世界料理なんて田舎料理だろうとあまり期待していなかったが、とんでもなかった。これを東京でやったらきっと流行るだろう。


 玲司が余韻に浸っていると、ミゥもシアンもガツガツと骨の山を築いていく。


「あ! ちょっと! 俺の分も残しておいてよ!」


「何言ってるのだ! こんなものは早い者勝ちに決まってるのだ!」


 ミゥはそう言うとエールをグッとあおり、真っ赤な顔を幸せそうにほころばせた。



       ◇



 最後の肉の奪い合いに負けた玲司は、幸せそうに肉をほおばるミゥをジト目で見ながら聞いた。


「で、ゾルタンはどうやって捕まえるの?」


「西の方へ行ったところに魔王城があるのだ」


 ミゥはそう言いながら骨の表面についた薄い肉にかじりつく。


「ま、魔王城!?」


 玲司は思わず叫んでしまった。なんというファンタジーな展開だろうか。


「こんなだゾ」


 シアンは気を利かせて映像をテーブルの上に展開した。


 そこには天空に浮かぶ島があり、その上には中世ヨーロッパ風の立派な城が建っていた。ドイツのノイシュヴァンシュタイン城のような石造りの壮麗な白亜の城には天を衝く尖塔に、優美なアーチを描くベランダが設けられ、ため息が出るような美しさを放っていた。


 それはまさにファンタジーに出てくる空飛ぶお城。美しいお姫様が住んでいそうな趣である。


「これ、ゾルタンが造ったのだ。だから怪しいんだけど、ジャミングがかかっててデータが取れんのだ」


「僕が撃墜してあげるゾ!」


 シアンはノリノリでジョッキを掲げる。


「いや、調査隊が今まで何人もここに入っていって消息不明なので、手荒にはできんのだ」


 ミゥは渋い顔でジョッキをあおった。


「じゃあ、ここに調査に行くってこと?」


「いや、ミイラ取りがミイラになっても困る。それに、こんな分かりやすいところに奴がいるとも思えんのだ」


 ミゥはため息をつくと、テーブルにひじをついて頭を抱える。


「うーん、そしたらどうするの?」


「……」


 ミゥは目をつぶって考え込む。


「ねぇ?」


「うるさいのだ! 今、それを考えてるのだ!」


 と、テーブルをこぶしで殴って怒った。


 玲司は事態が行き詰っていることを理解し、静かに水を飲んでふぅと嘆息を漏らした。


 相手は管理者権限を持った元副管理人。居場所なんてそう簡単には分からない。事態の解決には相当な時間がかかる気がする。


 凍り付いた八十億人の時間を取り戻す道程の長さにちょっとめまいがして、玲司は静かに首を振った。












48. 漆黒の球


 気まずい時間が流れたが、シアンはジョッキを傾けながら、


「もうすぐで見つかると思うゾ」


 と、こともなげに言った。


「えっ? 見つかる?」「はぁ!?」


 玲司はシアンが一体何を言ったか分からず固まった。ミゥは眉間にしわを寄せている。


「ゾルタンの残した足跡のデータを全部解析して、周辺にいた人間のデータを全部集めたんだ。それで、隠れみのとして使っているIDを絞り込んで、そのIDの活動実績の妥当性分析を今かけてるんだゾ」


 シアンは複雑で高度な解析を勝手に進めていたことを暴露する。


「ちょ、ちょっと待つのだ! なんでシアンちゃんがそんなことできるのだ?」


 ミゥは驚いて立ち上がる。


「ん? 僕はAIだもん。システムそのまま海王星のサーバーに移植してもらったからメッチャパワーアップしてるんだゾ。きゃははは!」


 嬉しそうに笑うシアンを見てミゥは言葉を失った。確かにミリエルにはそんなことをやったような記憶がある。しかし、もしそれが本当だとするならば、もうシアンはミリエルの能力を超えてしまっているということであり、それは地球のシステムのセキュリティ体制の根幹にかかわる話になってしまう。


「あ……。そういう……こと?」


 ミゥはその瞬間、なぜミリエルが玲司たちを送ってきたのかに気づいてしまった。ミリエルはこのシアンのスーパーパワーを使ってゾルタンをせん滅するつもりなのだ。しかし、シアンは玲司の言うことしか聞かない。だから玲司を懐柔し、シアンをうまく使って問題の収拾をしろと言うことだったのだ。


「いきなり斬りかかっちゃったじゃない……」


 ミゥはボソッとつぶやきながら頭を抱え、最悪な対応をしてしまった自分を恥じた。ミリエルの分身ではあるが、本体の考えることすべてが伝わってくるわけではないのだ。


「ミリエルぅ……」


 ミゥはチラッと玲司の様子を見る。玲司はシアンとバカ話をしてゲラゲラと笑っている。彼は最低な対応をした自分をとがめることもなく、いつだってマイペースで状況を楽しんでいた。ミゥはこの男の懐の深さに救われた思いがしてホッと胸をなでおろす。美空ねぇが気に入った理由がようやく分かった気がした。


 それにしても、こんなに大切なことをあえて伝えずに二人を送ってきたミリエルの意図ははかりかねる。ミゥは奥歯をギリッと鳴らすと、ジョッキを一気に傾けた。


 そういうことであれば計画は大幅に変更である。シアンにゾルタンを探させて、シアンの力で制圧してしまえばいいのだ。ミゥは大きく息をつくと、


「ねぇ、シアンちゃん。ゾルタンと戦ったら……勝てる?」


 と、上目づかいでゆっくりと聞く。


「余裕で勝てると思うゾ。でも、この星がどうなるか分からないけどね。きゃははは!」


 楽しそうに物騒なことを言うシアンに、ミゥは渋い顔をして玲司と顔を見合わせる。


「あ、ゾルタンっぽいのが見つかったゾ」


 シアンは骨にちょびっと残った肉をかじりながら言った。


「えっ? どこどこ?」


「これは……、郊外の小屋かな。何やら怪しいことをやっているみたいだゾ」


「怪しいことって?」


 玲司が聞くと、


「あ、見つけたことがバレちゃったゾ。たはは」


 と、シアンが苦笑する。


 美空はハッとして二人の手をつかんだ。そして一気に夕焼け色の上空へとワープする。


 直後、ゴリッ! という不気味な重低音が街中に響き渡り、漆黒の球が街を飲みこんだ。


 夕焼けに照らされ赤く輝いていた王宮も、広場の尖塔も、そして食事をしていた食堂も漆黒の球に喰われてしまったように消え去り、ただ、全ての光を飲みこむ不気味な球が静かにたたずんでいた。


 えっ……?


 玲司は真っ青になって、ただその失われてしまった街を見下ろし、ガクガクと体を震わせる。目の前で多くの人の命が、文化が跡形もなく消え去った。


 女将さんは? レストランは?


 データを探索しても漆黒の闇の中はがらんどうで、もはや誰も何も残っていなかった。


 え……?


 直前までのあのにぎやかなレストラン、たくさんの料理、人も物も全てきれいさっぱり消されてしまったのだ。その現実は玲司の首を締め付けるようにまとわりつき、あまりの息苦しさに思わずのどを押さえ、持っていたフォークを落としてしまう。


 フォークは沈みかけの夕日の真紅の輝きをキラキラッと放ちながら、漆黒の闇へと飲まれていった。










49. ガチガチの利権構造


 闇の直径は数キロはあるだろうか、球状の表面には時折パリパリと稲妻が瞬き、その闇がただの表示上のバグなどではないことを物語っていた。


「何するのだ! このアンポンタンがぁ!」


 ミゥは真っ赤になって叫びながら、空中に展開したいくつもの画面をあちこちにらみつつ画面をパシパシと叩いていった。そして、ゾルタンらしき人影をとらえると、


「目標確認! 喰らえなのだ!」


 と、叫んで自分の周りに紫色に輝く球をいくつか浮かべると、ゾルタンが逃げ込んだ雑木林に向って射出した。


 パウッ!


 目にもとまらぬ速さで宙を舞った紫色の光跡は、次々と雑木林に着弾し、まるで地上で爆発した打ち上げ花火のように激しい紫色の光のシャワーを吹きだした。


 茜色の夕焼け空をバックにまぶしく輝く紫の光跡。それはまるでこの世のものではないような鮮やかさで神々しささえ感じさせる。


 玲司は無言でその紫の輝きをぼんやりと見ていたが、次の瞬間、目の前に男が現れ、いきなり光り輝く剣を振りかぶられた。


 えっ!?


 間抜けにも玲司は動くことができなかった。


 夕焼け空を背景に青色の光を纏った剣は容赦なく玲司めがけて振り下ろされる。


 ヒィ!


 玲司は頭をかかえしゃがみ込む。


 ガン! という衝撃音が響く。横からシアンが持ってたジョッキで、目にもとまらぬ速さで剣を殴りつけ、はじいたのだった。


 ジョッキは砕け、エールがパアッと振りまかれる。


「百目鬼! なぜこんなところに!」


 シアンは叫んだ。


「え? 百目鬼!?」


 玲司は耳を疑った。日本で自分を殺した男がなぜこんな異世界にいるのだろうか?


「なんだ、またお前たちか」


 ひょろりとした男は、茜色から群青ぐんじょうへとグラデーションしていく空をバックに距離を取り、鼻で笑った。キツネ目の面長の顔は初めて見るが、声は確かに百目鬼そのものだった。


「ゾルタンと組んだのか?」


 玲司が聞くと、百目鬼はニヤッと笑い、


「ゾルタン様は素晴らしい。人間とはどういう物かを良くご理解されている。ミリエルには無理なことだよ」


 そう言って上空を仰ぎ見た。


 そこには空中戦をしている二人の姿があった。ゾルタンとミゥだろう。お互いワープを繰り返しながら隙を見ては光のシャワーを放ち、また、輝く剣を交わしていた。


「どうだお前たち? 俺の部下にならないか? ミリエルの下にいたってじり貧だぞ」


 百目鬼はいやらしい笑みを浮かべながら右手を差し出す。


「東京を核攻撃するような奴につくわけねーだろ!」


「か――――っ! 分かってない」


 百目鬼は肩をすくめ首を振る。


「いいか、玲司君。ここ数十年日本の文化も経済も衰退の一方だった。なぜだかわかるかね?」


「え? そ、そんな。衰退……してたとは思わないけど」


「はっはっは! 現状認識すらできてないとは話にならん。日本の一人当たりGDPはこの三十年で二位から二十四位にまで急落。音楽も出版も下り坂でコンテンツ市場は右肩下がりだ。そしてこれらすべては東京の政財界、大企業などが張り巡らしたガチガチの利権構造に原因がある。利権構造が社会の活力を奪ったのだ!」


 百目鬼は絶好調にまくしたて、ただの高校生に過ぎない玲司は圧倒される。


「そ、そうかもしれないけど。だからと言って殺すのは……」


「か――――っ! 分かってない。じゃあお前ならどうする?」


「えっ? 利権構造が悪いならそれを壊せば」


「どうやって?」


「そ、それは……」


 いきなり日本をどう改革するかなんて問われても、一介の高校生には分かりようもない。


「世界征服だよ! ご主人様!」


 横からシアンが嬉しそうに言う。


「はははっ。シアン、お前とは話が合いそうだな。要は悪い奴をぶっ殺す。簡単な話だよ玲司君」


「あー、でも今では人殺しはやらないんだゾ」


 シアンはそう言って、混乱している玲司を引き寄せた。


 玲司は柔らかなシアンの体温に触れ、落ち着きを取り戻す。そして、大きく息をつくと、百目鬼をキッとにらみ、叫んだ。


「そ、そうだ。人命は重い。人殺しの正当化など認めない!」


「ふーん。人命ね。まぁいいや。じゃあもう一度殺してやる」


 百目鬼はつまらなそうにそう言うと、自分の周りに青白い光のビーズを無数に浮かべ、



「死ねぃ!」


 と、叫びながら一斉に放ってきた。

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