01-007 糸口
「心配すんな。あれは元から壊れてたからな」
ダンディなおじさんが、親指でアンドロイドを指しながらそう言った。
「……はい?」
「元々壊れてて、そこにお前さんが降ってきたもんで、救助のために無理に動かしてとどめを刺しちまった、ってのが本当のところな」
「それ、結局僕が壊してませんか?」
「人命救助のためだ。お前さんに原因はあっても責任はねぇよ。そもそも壊れるような動かし方したのはあいつだしな…………ほれ、これがお前さんが降ってくる前の様子な」
ダンディおじさんが、持っていたタブレットを手渡してきた。
そこには首のないアンドロイドの3Dフォトが数枚並んでおり、その中の一つが確かに目の前で横たわっているものと同じようだ。
体の凹みやそこかしこにある焼け焦げた痕、そして故障による停止を表すオレンジのステータスランプ。
これがケイイチ落下以前の状況という事なら、確かに壊れたのはケイイチのせいではなさそうだが――
「ということは……」
ケイイチが少女の方に目をやると、少女は明後日の方向を見ながら何やら下手くそな口笛を吹いている。
……どうやらダンディおじさんの言う事が正しいらしい。
「じゃあ、さっきの責任がどうとかは……」
「あー……あのアンドロイドな、嬢ちゃんが大事にしてたやつでな。責任だの何だのお前さんに当たりが強かったのは八つ当たりみたいなもんだ。許してやってくれ」
「……」
なんだか微妙に腑に落ちないところもあるが、とりあえず賠償責任だのなんだのはなさそうだ。
ケイイチはほっと胸を撫で下ろす。
「ま、降ってきたお前さんを助けたのも嬢ちゃんだからな」
「……そうなんですか?」
「ああ。それと合わせてでチャラって事で頼めるか」
そう言って、ダンディなおじさんはケイイチの肩を叩いた。
「はぁ……」
いまいち理解が追いつかず、間の抜けた返事を返してしまうケイイチ。
あの華奢で小さな少女が、落下する僕を助けた……?
そういえば、僕はどうして助かったんだろう。
きっとAIがどうにかしたんだろう、と勝手に思っていたのだけれど。
壊れたアンドロイドを無理に動かした、という話だから、あのアンドロイドを使って何かをしたのだろうという事はわかる。けど、おじさんは、あの少女が僕を助けた、と言っていた。AIがやったのではなく。
人に、そんな事ができるだろうか?
アンドロイドに命令するにしても、ネットワーク接続でリモートコントロールするにしても、あの短い時間で何かできるとは思えない。
可能性があるとすれば、もっと前から僕が落ちそうな事を知っていて、事前にしっかり準備していた、とかだろうか。
でも、だとしたら落下地点その場所に女の子がいた理由がわからない。
そんな危険な場所からはさっさと待避して、横からアンドロイドを動していればよかったはずだ。
……まあ、詳しい状況を教えてもらってない以上、今はそれを考えても仕方ない。
きっと、ケイイチの知らない方法が何かあるのだろう。
そんなわからなそうな事よりも。
そんな事よりも――!
ケイイチは目の前の壊れたアンドロイドと、タブレットに並ぶたくさんのアンドロイドの写真が気になって仕方なかった。
なぜならケイイチは重度のアンドロイドおたくだからだ。
世に出回っているアンドロイドは、全てAIによって設計され、製造されている。
その設計はAIによって毎日毎時アップデートされているし、用途によってかなり細かなカスタムが加えられるため、世のアンドロイドには決まったモデル名だの型番だのいったものはない。
ただ、作られた時期によって、おおまかなパーツや設計の傾向には共通点があり、世のアンドロイドおたくたちはそれらを元に「〇年後期型」だの「×型」だのと分類し、アンドロイドたちに分類名を与えていく事を主たる活動の一つにしている。
データベースにない「新種」「珍種」の発見者になるのは一つのステータスであり、東にアンドロイドがいれば、行ってそのタイプを分析し、西にアンドロイドの写真があれば、どの世代のどのモデルかをチェックしてしまうのがアンドロイドおたくの習性というものなのである。
そんなわけでケイイチは、己のおたくとしての欲望にただひたすらに忠実に、渡されたタブレット上に並んだ他の写真を勝手に観察し始めていた。
写真は順に、【R】シリーズと兄弟機の【SⅡ】型、同時期に展開されてた【FⅢ+】型、あとは介護用などでよく使われる【RⅡ】型。
少し古めながら、質実剛健のいい機体ばかりだ。特にこの【SⅡ】型はいい。恐らくは何かの力仕事をするための機体なんだろう。腕の強化パーツが珍しいタイプで、かつ体にもよくマッチしている。コミュニティに持って行ったら話題になるだろう。……この写真もらえたりしないかな。
それにしても――
つくづく、どの機体にも頭がないのが惜しい。
アンドロイドの頭部には、視覚や聴覚系のユニットや、音声出力のためのユニット、表情を作るユニットなど、機能的にも造形上も個性が出やすいパーツが数多くある。
アンドロイドを語る上で最も外せないのが頭部ユニット、と言っても過言ではない。
さらにアンドロイドの頭部には、メインの演算装置であり、記憶装置である電脳が組み込まれている。どのタイプの電脳が組み込まれているかによって細かい動作に違いがあり、どの電脳が好きか、どの電脳が一番優れているか、で朝まで熱い議論を交わすおたく連中も多い、のだが――
「ん……?」
ケイイチは、妙な違和感を覚えた。
何か、ひっかかる。
ここに並んだアンドロイドたち。このモデルの電脳といえば――
「……あの……これってFF12後期型の電脳入った機体でも集めてるんですか?」
思わずタブレットの持ち主であるダンディなおじさんに聞いてしまうケイイチ。
「ん?」
「あ、すみません……電脳でわけるとか珍しいなって思ってつい」
「一応こいつは捜査資料なんで他んとこまで見るのは感心しねぇが……」
「す、すみません」
「でも、電脳がなんだって?」
「いやあの、並んでる機体の電脳が全部同じタイプだなぁ、って」
「……」
「……?」
「まじでか?」
「は、はい」
ダンディなおじさんが、天を仰ぎ見る。
「まさかホントに手がかりが降ってくるとはな……」
「……?」
「……嬢ちゃん、知ってたか?」
「ボクの専門はソフト。ハード方面はあまり詳しくない」
水を向けられた少女が答える。なぜだか知らないが、どことなく悔しそうだ。
「確認なんだがよ」
「……はい」
「ここに並んでる機体は全部同じタイプの電脳が入ってる、ってことでいいんだな?」
「はい……多分」
「こっちはどうだ?」
ダンディおじさんがタブレットのページをめくって見せる。
「えっと……これは前のページにあった【SⅡ】と同じ、これは【F32】でこっちはそこのと同じ【RⅫ】、この【XⅡ】は【RⅡ】と兄弟機だし……こっちも全て同じ電脳……だと思います」
「まじか……」
「あ、頭部がカスタムされてる場合も結構あるんで、スタンダードな構成だった場合、ですけど……」
「詳しいんだな」
「えっと、アンドロイド好きなもので……」
「しかしそこまで詳しいとなると……」
ダンディなおじさんが急に思案顔になる。
なんというか、このおじさんの考え込む姿は絵になるな……。
そんなことをケイイチがぼんやり考えていると、
「兄ちゃん、最近アンドロイド壊したりしてねぇよな?」
先ほどとは打って変わって急に厳めしい表情になったおじさんが尋ねてきた。
「……は、はい?」
あまりに急な空気の変化にケイイチが戸惑っていると、
「ギンさんその子
「おおそうだった。いらねぇ詮索だったな悪い悪い」
ほのかに呆れを含んだ横からの少女の一言で、おじさんの相好が再び崩れた。
一方のケイイチはまるで話について行けず、ただただポカーンとするしかない。
「何にしても、お手柄だ」
「……はえ?」
「いやぁもう手がかりがなくてよ。お手上げだったんだが」
「……?」
相変わらず話がまるで分からない。
「あのアンドロイドな、元から壊れてた、って言ったろ?」
「はい」
「この辺で最近、アンドロイドが壊される事件が立て続けに起きててな。犯人の手がかりがなくて困ってたんだわ」
「……??」
そういえばそんな事件のニュースを最近見たような気もする。
その犯人の手がかりを探しているということは、この人達はやはり――
「……ああそうだった、大事な事言ってなかったな。俺はこういうモンで」
ダンディなおじさんが指で何かを弾くジェスチャーをすると、ケイイチの目の前に「黒岩ギンジ」と書かれた一枚のプレートがAR表示された。警察に所属している事を表す身分証明書。AIによる認証つきの紛れもない本物だ。
「あの性根の腐ったのはナオってんだが、あれはまあなんだ、サツに協力する探偵とかそういう類いの何かだと思っといてくれ」
「な、なるほど……」
「で、だ」
ギンジは軽く手を一つ叩き、
「飛び降りてきたくらいだし、何かしら傷心だったりするかもしれねぇ兄ちゃんにこういう事聞くのも何だけどよ」
ギンジは口元を軽くにやりと歪め、ケイイチの目をまっすぐに見ると、言った。
「兄ちゃん、バイトとかする気ねぇか?」
「はひ?」
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