第82レポート シウベスタの闇 【殺人未遂事件】

音を出さないように忍び足で階段を上る。

扉の顔の高さにある鉄格子の覗き窓から慎重に外を見た。


廊下の奥で武器を手にした男達の話す声が途切れ途切れに聞こえる。


「なあ、こ・・・・・・けい・・・・・・にうま・・・・・・か?」

「安心・・・・・・ドン・・・・・・るって・・・・・・ちはそ・・・がうまでさ。」

「まあ、そう・・・・・・が。本当・・・・・・か?大カレザント・・・・・・な奴・・・・・・て。」

「確かに。あ・・・・・・気味が悪い。」


内容はよく分からない。

だが、彼らが開けた通路奥の扉の向こうには大量の武器が置かれていた。

何か良からぬ事を企んでいる事は確実だ。


男達がこちらに来る。

見つからないように身を屈め、息をひそめる。


ざざっ、ざざっ、ざざっ、ざざっ


粗末な靴で洞窟を歩く、布ずれにも近い音が響く。

次第に近付く音に、ジルは思わず声を出しそうになった。

咄嗟に両手で口を押さえ、息を止めてなんとか耐える。


ざざっ、ざざっ、ざざっ、ざざっ


他愛もない話をしながら、男達は扉の前を通り過ぎ、離れていく。

足音も声も聞こえなくなったところで、ジルは止めていた息を吐いた。

その様子にリオが微笑む。


二人で顔を見合わせた。

行くならば今だ。

目と目で意思疎通し、互いに一つ頷いた。


周囲を警戒しながら身を屈めたまま扉を開く。

通路を見回し、誰もいない事を確認して向かいの豪華な扉に小走りに近付いた。

扉を挟んで左右に立ち、室内の様子を確認しようと耳を澄ます。


人の気配がする。

それも一人や二人ではない、十数人いるだろうか。

内部の会話が聞こえる、先程のような途切れ途切れではなく、しっかり聞こえる。


「ドン、本当に良かったんですか?あんな胡散臭い連中に手を貸して。」

「違うな、手を貸しているんじゃない。俺は奴らを利用しているんだ。」

「失礼致しました。連中、随分派手に動いているようですが。」

「この国を掻き乱してくれるのなら、むしろ感謝だ。仕事がやりやすくなる。」

「・・・・・・それもそうですね、愚問でした。」

「奴らは勝手に動く。俺の尾を掴まれる事も無い。端金はしたがねと物資程度くれてやる。」


闇の算段がこの部屋の中で行われている。

彼らの言う『仕事』は間違いなく、法に触れる、後ろ暗いものだ。

それによって泣く者がいる行いであるのは確実。


リオが頷いた。

ジルは扉の正面に仁王立ちになる。

幸いにして玩具と見られて手元に残った減縮と増幅の杖メディメンナを両手で持って前に構えた。


四種の魔石が強く光り、そして轟音と共に扉が爆発四散した。




「何だ!?」


室内の混乱を好機と捉え、ジルとリオは戦闘を開始した。

最も近くにいた構成員に駆け寄り、攻撃を仕掛ける。


ジルの放った爆風で男が吹き飛ばされ、壁にヒビが入る程の勢いで叩きつけられる。

リオの放った電撃で二人が感電し、その場に倒れた。


「チッ!」


硬直した他の構成員とは異なり、ディラチーナの至近にいた男が駆け出した。

両腰のナイフを抜き、眼光鋭く一瞬で状況を捉える。


籠に捕らえていたはずの女子供。

それがここにいる、つまり倉庫番間抜けがへまをしたという事だ。


そして目の前にいる二人は少なくとも一端いっぱしの戦闘技術を持っている。

でなければ、わざわざここに乱入する事は無いだろう。


より脅威となるのはどちらか。

子供ジルよりは大人リオ、考えるまでも無い。


ドンの邪魔をするならば選択肢は一つ。


処分するだけだ。


「!」


瞬く間に接近した男が右のナイフでリオを突いた。

それを左手で自身の右側へとなし、数歩後ろへ下がる。


男は更に踏み込む。

リオの目を潰そうと左のナイフを逆手に持ち、水平に振り抜いた。


姿勢を低くし、リオはそれを躱す。


「チィッ、この―――」


再度攻撃を仕掛けるために男は距離を取ろうとする。

しかし、リオがそれを許さなかった。


振り抜かれた左腕、その手首を右手を逆手にして掴む。

身体を男に接近させ、足を払い抜き、男が宙に浮かぶ。

攻撃の勢いを借り、男の手首を天井に向け、背負う形で投げ飛ばした。


みしり、という腕の骨と筋がきしむ音がリオと男の耳に入る。

男の身体が宙に半円を描いて床に叩きつけられた。


「ぐはぁっ!」


衝撃に男が思わず声を漏らす。


「でりゃああぁぁっ!!!」


ジルが吠える。

倒れた男に向かって走り、跳び、そして両足を揃えて男の胸を踏みつけた。


「ごぶ・・・・・・っ。」


くぐもった声を発し、男は気絶する。

ジルとリオは残る構成員、そしてディラチーナに向き合った。




奇襲出来たのはここまで。

部屋の中に残る敵はディラチーナを含めて十名だ。

男達はナイフを抜き、侵入者を排除せんと二人を睨む。


「ふん、二人で何が出来る。」


乱入者に全く驚きを見せず、ディラチーナは新しい葉巻に火を付けた。


大きく煙を吸い、吐く。

白煙がぶわりと宙に漂った。

その煙の向こうに鋭い眼光が光る。

見ているのは取るに足らない、愚かな二人の自殺志願者だ。


ゆっくりと言葉が発される。


「お前ら、可愛がってやれ。」


首領ドンの言葉に、配下の男達は一斉に二人へと襲い掛かった。




「せぇいっ!」


ジルが杖を振った。

ばしゃあ、と猛烈な勢いで水が噴き出し、飛び掛かろうとした男を弾き返す。

男の身体が浮き、ディラチーナの前にある机に叩きつけられ、気を失った。


その水撃すいげきを躱した二人の男がナイフを手に左右からジルを突く。


「うわぁっ!」


咄嗟に屈んだ事でジルの頭上でナイフを持った腕がくうを切り、交差した。


「おりゃぁっ!!!」


右腕を折り畳み、肘を大きく上に振り上げる。

めぎり、と男の股で嫌な音がした。


男の顔が一瞬で青くなり、瞳孔が開き、声にならない声を上げて倒れる。

もう一方の男は距離を取ろうとするも姿勢を崩している事からそれが一瞬遅れた。


ジルの目が怪しく光る。

右足を引き、そして大きく蹴り上げた。


再び嫌な音が響いて、男が倒れた。




次々と繰り出されるナイフがリオをかすめる。

だが、一撃たりとも彼女の肌を、それどころか服すら傷つける事は叶わなかった。


攻撃を見極め、手で払い、そして身体に軽く触れ、電撃で意識を刈り取る。

彼女の足下には既に四人転がっていた。


「うおぉぉっ!!!」


単純な攻撃では各個撃破される事を男達は悟った。

一人がリオに捨て身の体当たりを行う。


細身のリオと比べて、構成員の男の方が流石に重量はある。

衝突と同時に電撃を流し、その男を気絶させた。

しかし、その重量はリオを押し倒すには十分だった。


仰向けに倒れたリオの顔目掛けて、残る男が全体重をかけてナイフを叩き付けた。


「へへっ・・・・・・、なぁっ!?」


ナイフは彼女の顔には届いていなかった。

薄く黄色い半透明の板が彼女の顔の前の空間にあった。

ナイフの切っ先を受け止め、ぎぎっ、と金属同士が擦れるような音が鳴った。


驚きに男の動きが止まる。

その時、男は足を掴まれて意識が暗転した。




時間にすれば精々三分。

瞬く間の出来事だった。


突然の事に驚いて硬直した間抜け共とは違い、側近が始末にかかった。

それで終わると思っていたが、投げ飛ばされて倒れる。

他の連中も大した事は出来ずに床に転がっていた。


実に不愉快だ。

女子供、それもたった二人にいいようにされるとは。


実に不甲斐ない。

己が近くに置いた者達がここまで役立たずだとは。


実に腹立たしい。

シウベスタの裏側を牛耳る俺に歯向かう鼠がいるなどとは。


ついさっき火を付けた葉巻を灰皿にじ付ける。


ジルとリオをじろりと見る。

その視線が一瞬、別の場所に移った事にリオが気付いた。


「ジルちゃん!!!」


ディラチーナを睨んでいた所に突然名を呼ばれて、ジルは驚いてリオを見た。


そして気付く。

二人の間に倒れているはずの、自身が踏み潰した男がいない。


側近の男は部屋から出て、ジル達が出てきた扉を開けていた。


「追って!!!」

「はいっ!!!」


リオの指示に弾かれたようにジルが走る。

それを見たディラチーナは机の引き出しを素早く開け、ナイフを手に取った。

そして、自身に背を向けて走る者に向かって投げつけた。


ジルの後頭部目掛けて、豪奢ごうしゃな飾りの付いた鋭利なナイフが真っすぐ飛ぶ。


だが、その刃はジルには届かなかった。

リオの放った氷の矢に弾き飛ばされたのだ。


ディラチーナは舌打ちをして、背後の壁に飾られた二本の戦斧を掴んだ。

それは一般の傭兵なら一本を振り回すのでも精一杯となるほどの巨大な斧だった。

留め金を引き千切り、大きく振りかぶって眼前の机に振り下ろす。


豪華で頑丈な机が、いとも簡単に木片に変わった。


「いい度胸だ。が、実に愚かだ。」


地響きを生じさせるような足音、苛立ちに逆立つ毛並み。

その目は獲物を狩る、まさに虎の眼光だ。

巨大な体躯から放たれる言葉は強烈な圧力を放ち、部屋の中の大気が震えるよう。


木片に変わった机を踏み潰し、入口を背に立つリオへと歩む。


「この俺に歯向かうとは、簡単に死ねると思うなよ。」


一般人ならば失神しそうなほどの眼光を受けながらも、リオは動じない。

それどころか口元に笑みを浮かべる。


「そちらこそ、簡単に倒せる相手とは思わない方が良いですよ?」


その言葉にディラチーナは怒りから鋭い牙を見せる。


次の瞬間、ディラチーナは片足で床を蹴り、瞬く間にリオの眼前に迫った。

大きく振り上げた右手に持った戦斧を振り下ろす。


如何なる物でも打ち砕き、両断する破壊の一撃。

しかしそれは赤の絨毯と床を盛大に割ったのみに終わる。


振り下ろされた腕とは逆方向にリオは跳んでいた。

それを追って、ごみを払いのけるようにディラチーナは身体の正面から左に斧を振る。

剛腕による一閃で風が吹いた。


リオは上体を軽くらす。

斧の切っ先はリオの首を刎ね飛ばすすんでの所を通り過ぎた。

身体が大きく左に開いたディラチーナに対してリオは電撃を放つ。


ディラチーナは感電し、倒れる。


―――かに思えた。

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