第40レポート いでよ!大戦鬼!【開戦】

ドガァァァァンッ!!!

「うわぁぁぁっ!!!!」

「きゃぁぁぁっ!!!!」


いつも通りの街の中に似つかわしくない鈍い衝撃音と悲鳴が響く。


この国ブルエンシアでは爆発などは日常茶飯事さはんじ、いつもどこかで起きている。

良くも悪くも皆がそれに慣れている。


だが、複数の人の悲鳴が続く事など普通はない。


つまりこれは非常事態である。


入り組んだ街の中を人々が走る。

その後ろを巨大な鬼が追いかける。


大戦鬼 ―グロスオーガ― だ。


身長三メートル以上ある薄い赤銅色しゃくどういろの巨体に額から伸びる二本の短い角。

ぼさぼさの緑の頭髪に血走った目、鋭い牙を剥いた大きな口。


手には巨大な棍棒や刃こぼれが目立ち最早鈍器となり果てた大剣たいけんを持っている。

見た目よりも遥かに素早く、頭も回る凶暴な魔獣。


逃げる人々を追いかけ、回り込み、仕留めにかかる。


四方縛鎖しほうばくさ!」


地面から飛び出た緑色の鎖が大戦鬼グロスオーガの身体を地面に縫い付ける。

うつ伏せに倒れた大戦鬼にリドウが歩み寄った。


「大戦鬼、なぜここに。それにこの喧騒けんそう、一体だけではない。これは・・・・・・。」


藻掻もがく大戦鬼の頭を掴み、その魔力の痕跡を追う。

そしてある事に気付いた。


「この魔力、かつての―――」


その時、建物の壁をぶち破り別の大戦鬼が襲い掛かってきた。

手にした棍棒を振り上げ、リドウの頭目掛けて振り下ろされる。


だが、その一撃は空を切った。

リドウは後方に飛び退いてそれを難なく躱したのだ。


しかし、振り下ろされた勢いは止まらない。

棍棒は地面に縫い付けられていた大戦鬼の頭を打ち抜き、木っ端微塵に叩き潰した。


ブシュルルル・・・・・・


大戦鬼は血走った目でリドウを見た。

牙を覗かせる口からは唸り声に似た呼吸音が聞こえる。


「このままでは被害が広がる。対応を急ぐべきですね。」


そう言ってリドウは大戦鬼に背を向け、歩き出した。

隙だらけのその姿に大戦鬼が襲い掛かる。


ズドッ!

ズドドドッ!!!


大戦鬼の身体に後方から緑の鎖が突き刺さった。


鎖はリドウの魔力で作られた武装魔法だ。

当然、自由自在に動かすことが出来る。


鎖は大戦鬼に突き刺さったまま四方八方に開いていく。


ミシッミシッ

バガッ!


鎖の力に耐えられなくなった大戦鬼の身体が四散しさんする。

粉々になった大戦鬼には目もくれず、リドウは大股で歩き去った。




レンマは走っていた。

周囲からは大戦鬼に応戦する人々の怒号と剣戟けんげきや爆発が聞こえる。


「これは、いけませんね。」


眉間にしわが寄る。


この国には魔法研究者のために店を構える、戦闘能力を持たない一般人も多い。

この状況ではそれだけ守るべき人々がいる、という事になる。


魔法研究者達は彼らを守るために応戦しているが、とても手が足りていない。


グオオォォォッ!!!

「ひぃぃっ!!」


走る先で棍棒を振り上げる大戦鬼と恐怖で腰を抜かしておびえる男性が見える。

建物三軒近く先。

とても走って間に合う距離ではない。


しょうらいしつ・・・・・・せん!」


長方形の紙に『いかづち』と書かれた呪符に魔力を込めて眼前に投げた。

魔力を帯びて紫の光をまとって呪符はふわりと空中で静止する。


チャキ、と音を立てて刀の鯉口こいぐちを切った。

左腰に差している刀を右手で一気に抜き払う。

右手を捻るように刀を顔の横に構え、左てのひら柄頭つかがしらを当てて狙いを安定させた。


そして、空中に静止している呪符を突く。


バチン


雷電らいでん一閃いっせん


目視出来ない程の速さで瞬く間に間合いを詰め、大戦鬼の胴体を袈裟けさ斬りにする。

一瞬の間が空いた後、ずるり、と大戦鬼の上体が斜めに滑り落ちた。


「お早く!」


腰を抜かして怯える男性にかつを入れる。

その声に、はっ、と我に返った男性は広場に向かって走り出した。


ブシュルルル・・・・・・


数体の大戦鬼が建物の陰から現れる。

レンマは再び刀を構えた。




「せぇいっ!!!!」


ズドッ、という音と共に槍が大戦鬼の胸を貫いた。


数歩後ずさりした後に大戦鬼は仰向けに倒れ、絶命する。

ノグリスは狭い路地をふさぐように戦っていた。


彼女の周りには既に五体ほどの大戦鬼が転がっている。


「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・。」


槍を持つ手に力が入らなくなり始める。


手にしている槍は自身の物ではない。

近くの店に有った適当な槍。


手に馴染んでおらず、既に刃こぼれを起こしてボロボロだ。


彼女が塞ぐ路地は大通りに繋がる。

大通りでは多くの研究者たちが急造の防塁ぼうるいを作り、大戦鬼の群れに応戦している。


この道を抜かれたらその後背こうはいを突かれる。

そうなったら総崩そうくずれだ。


広場に逃げている一般人たちにも多大な被害が出るだろう。

だからと言って、大通りの防衛部隊に路地に戦力を回す余裕などない。


ブシュルルル・・・・・・


何度目か、眼前に大戦鬼が現れた。

流石にここまでか、そう覚悟を決める。


だが、最期の時まで諦めるものか、と槍を向ける。


グオオォォォッ!!!


大戦鬼が突撃してきた。

ギリリ、と歯を食いしばる。


その時だった。


ヒュンッ、ズガッ!!


飛来した手斧が大戦鬼の頭部をかち割った。

手斧は魔力で作られた、武装魔法だ。

後ろを振り返る。


「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・、なんだ、君か。」

「おいおい、なんだ、は無いだろ。命の恩人だぞ?」


そこにいたのはザジムだった。


「何故こっちに?大通りはどうなった?」

「あっちはお前のおかげで無事さ。防衛線を広場まで下げるらしい、行くぞ。」

「ああ。」


二人で急いで大通りへと向かって走り出した。




ドズンッ!!ドズンッ!!


次々と重低音の衝撃が響いた。

弾き飛ばされた大戦鬼は壁に衝突し、叩き潰された大戦鬼は地面を赤く染める。

ロシェは両腕に巨腕を作り、振り回しながら戦っていた。


「くっ、まだ来る。」


大戦鬼は頑丈な身体を持っている。

そして興奮から痛みも感じていない。


腕が折れ、顔面が陥没しても向かってくる。

ロシェの巨腕での打撃は、大戦鬼を一撃で仕留める事が出来ていなかった。


「でやあぁぁっ!!」


右の巨腕を引き、全力で殴りつける。


ズシンッ・・・・・・!!


「!?」


今までと違う。

抵抗が強い。


巨腕の横から大戦鬼が顔を出した。

受け止められたのだ。


「くっ、離せっ。」


腕を引く。

だが動かない。


「このっ!」


左腕を引いて殴りつける。

が。


ズシンッ・・・・・・!!


別の大戦鬼が後方から飛び出し、それを受け止めた。


「しまったっ!」


両腕を引くも動かない。


グオオォォォッ!!!


巨腕の間から三体目の大戦鬼が向かってくる。

このままではやられてしまう。


「くっ!」


魔力を切り、巨腕を金属粉に戻す。

だが、大戦鬼は最早目の前に迫っていた。

棍棒が振り上げられる。


ズガムッ!


鉄板のような物が大戦鬼の顔面に突き刺さった。


「ロシェ嬢!走れ!!」


後方から大声が響いた。

ドルドランだ。


飛んできた鉄板は彼が店から持ってきた大楯おおたてだった。

それを担ぎ上げてぶん投げたのだ。

とんでもない腕力である。


逃げるロシェとドルドランを二体の大戦鬼が追いかける。

それを凄まじい表情で見る人物が広場の中央にいた。


「我が、愛する、弟子に、何をしているのかねぇ???」


びきびき、と額に青筋あおすじが浮かぶ。

拾い上げた二粒の小さな瓦礫がれき片を、横に裏拳を放つように無造作に空中に放る。


ギュオッ


風が渦巻いた。


瓦礫片が風を纏い、超加速して弾丸のように飛んでいく。

飛んでいく途中でその形が変わり、ただの瓦礫片が矢の姿になる。


パァンッッッ!!!!


二発の矢は正確に大戦鬼の頭部に着弾し、炸裂し、大戦鬼の頭を吹き飛ばした。


「うわぁっ!!」

「しまった!」


彼の後方で叫び声が響く。

二体の大戦鬼が防衛線を無理やり突破したのだ。

広場の中央に一人佇む人物目掛けて遮二無二しゃにむに突撃していく。


「師匠!!!」


ロシェが叫ぶ。

だが、その人物は全く焦った様子を見せない。


「つまらない、実に、実に、つまらない・・・・・・。キミ達も、そう思わないかね?」


ぐりっ、と顔だけ振り向いて鋭い眼光で二体の大戦鬼を見る。

大戦鬼は全く意に介さず、棍棒を振り上げた。


「このゲルタルクを、甘く見過ぎ、だねぇ。」


いつの間にか、ゲルタルクは大戦鬼の後方に移動していた。

風の魔法を応用して、するり、と二体の間をすり抜けたのだ。


そして、その際に軽く大戦鬼の腹に触れていた。


ボゴッ


大戦鬼の身体の一部がふくれた、と思ったら凹んだ。

ぼごぼご、と嫌な音を立てながら身体が振動する。


そして、ごぼっ、と口から赤黒い液体を出して大戦鬼はうつ伏せに倒れた。


ゲルタルクの造形の対象は、無機物に限らない。

有機物、つまり人体や魔獣も造形できる。


触れて魔力を流し込めば、自由自在に形を変化させられるのだ。


彼に向かっていった大戦鬼は不幸だった。

体内をぐちゃぐちゃにかき混ぜられたのだから。




「チッ、わらわら湧いてきやがって、うっとおしい!!!」


アルーゼは突撃してきた大戦鬼の胸部を渾身の力で殴る。


ボパンッ!


大戦鬼の胸部に風穴が開いた。

凄まじい衝撃波、その拳はまさに鉄拳である。


「ふぅ―――シッ!」


棍棒の一撃を躱し、その首元に小さな、手術用のメスのようなナイフを突き刺した。


すぐさま大戦鬼の身体が痙攣けいれんし、泡を吹いて倒れ、絶命する。

その様子をイーグリスは冷ややかな、氷のような無感情の目で見ていた。


普段の柔和な彼女の様子からは全く想像できない、暗殺者のような目だ。


実際、彼女はそうだった。

帝国の裏側に存在した、とある組織の構成員だったのだ。


彼女が使ったナイフには、先端から少し手前の一か所にがある。

返しの内側に小さな空洞が作られていた。

そこに致死毒入りの弾薬のような物を装填し、刺す事で相手に注入出来るのだ。


実力は組織にいた時と何ら変わりがない、凄腕のままである。


この国には一般人も多いが、その中にも高水準の戦闘能力を持つ者も多い。

元魔法研究者のアルーゼや元暗殺者のイーグリスなどはその筆頭である。


「オイ、イーグリス、さっさと行くぞ!」

「ええ。」


二人は走り出す。

その目の前に大戦鬼が五体、立ちふさがった。


「チッ、うっとおしいな・・・・・・。」


ヒュパッ!


音もなく大戦鬼の身体に無数の赤い線が走り、次の瞬間には粉々になって散らばる。

その中心にはマスターがいた。

手には白鞘しろさやの刀が握られている。


「おや、お二人とも。」

「相変わらずあり得ない化け物具合だな、アンタ。」

「何にも見えなかったわ~。」


二人に合流して彼も走る。


「つか、アンタ本当に何者ナニモンだよ。」

「ははは、ただのカフェのマスターですよ。」

「普通のマスターはそんなに強くないと思うわ~。」


マスターは謎の多い人物だ。


いつの間にかこの国でカフェを開き、その前歴を知る者は誰もいない。

ただ、料理の腕が良い事と、あり得ない程に強い、という事だけが知られている。


彼女達は広場へと駆けて行く。

その道に現れた大戦鬼たちはことごとく討ち取られた。




エルカはサリアを広場に送ってから路地を走り回っていた。


広場は有事の際の避難場所。


四方八方に大通りが伸びているが、それ以外に広場に繋がる道は無い。

非常時に防塁ぼうるいを築けば防衛陣地となる。

敵は一直線に向かってくる以外に攻撃方法が無くなるのだ。


だが、そこにジルは居なかった。

つまり、魔獣が闊歩かっぽする街のどこかにまだいる、という事だ。


彼女に大戦鬼と戦える力は無い。


最悪の状況も思い浮かんだが、首を振ってその思考を振り払った。

自慢の弟子だ、自分の身は自分で守れるはずだ。

戦えなくても逃げたり隠れたりは出来るはず。


そう思いながら路地を曲がる。


目の前に何かの影が現れた。

咄嗟とっさに構えを取る。


「シャルガルテさん!」

「エルカさん!」


目の前にいたのはメイユベールの兄弟子、シャルガルテだった。

相手も咄嗟に構えを取っていたが、互いに、ほっ、と胸を撫でおろす。

そして相手に尋ねる。


「ジルちゃん見ませんでしたか!?」

「メイユベールを見かけませんでしたか!?」

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