第8話 本物と偽物

 結論から言うと、アトスはリュートの「提案」を最終的に受け入れていた。


 本人は自分の意志で決断したように思っただろうが、ギルフォードから言わせれば、首を縦に振るしかない話し方を、リュートはしたと言うことになる。


 見解の相違だな、と微笑わらっておいたところで、二人とも反論はしてこなかったが。


 そしてその日の午後から、アトスはリュートとギルフォードの指示を受けて、男爵たちが近くを通りがかる頃に集中して、彼らの視界に収まる様に動き始めた。


 ブラウニール公爵邸の門番や使用人に見つかって声をかけられると、よりややこしい話になりそうなので、あくまでも男爵側にのみ目撃させる形だ。


「リュート、アレ、何日くらいらせるつもりなんだ?」


 いくらなんでも、時間と費用を無限に使うワケにはいかない。


 窓の外の景色を眺めながら、しごくもっともな確認をしてくるギルフォードに、リュートは小首を傾げた。


 野郎がやっても可愛くねぇ、などと言う抗議はしれっと無視スルーだ。


「取り巻き諸共、素行不良なんだろう? ザイフリート辺境伯が見放すくらいには、色々んだろう? まあ、三日ももたないと俺は見てるんだが」


「お……おう、そうか」


「お、一人離れたな。斥候で様子を見るつもりか? じゃあギルフォード、早速潰してきてくれ」


「はぁっ⁉︎ ってか、何で俺⁉︎」


 急に話を振られたギルフォードが素っ頓狂な声を上げているが、リュートは取り合わない。


「俺は基本、頭脳労働派。騎獣軍の軍人サマはヒマも体力も持て余してるだろう? ほーら、行ってこーい!」


「ざけんな、俺は黒妖犬ヘルハウンドか何かか⁉︎ 竜を叩き落とした冒険者の何が頭脳派だ、寝言は寝て言え!」


「何を言う。安楽椅子探偵アームチェアディテクティブに憧れて、何が悪い。現場に行かずとも事件を解決するのが真の名探偵」


「ワケ分かんねぇコト言ってんじゃねぇよ!」


 どうやらデュルファー王国に「探偵」の概念が定着するには、まだまだ時間がかかるようだ。


 盛大に文句を言いながらも、時間と体力を持て余していたことは確かなんだろう。


 大股に部屋を出て行き、あっと言う間に宿の外で、男爵サイドから離れた一人を地に沈めていた。


 まあ、ああやって一人ずつ向こうの手足をいでいけば、最終的には男爵、あるいは辺境伯家の素行不良次男自身が前に出て来るだろう。


「さて、ここは優雅に紅茶でも飲みながら窓の外を見守るべきか……?」




 ――実際には一人でお茶を淹れる技量など持っておらず、宿の従業員に頼んで持って来て貰う羽目になったのは余談だ。


 どうやら形からして、名探偵になるための道のりは遠そうだった。




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 翌日。

 アトスが囮で出歩き、ギルフォードが相手の手下を叩きのめすと言う流れが、片手で数えられる人数を超えた頃。


 リュートは宿の部屋で一人、予想外の人物と相対することになっていた。


「君が黒邪竜ニーズヘッグを堕とした英雄か……」


 リュートは取り立てて体格が良い訳でもないため、冒険者と名乗った時点でも意外そうな顔をされることが多いのだが、この日も例に洩れず、相手の視線がまじまじとこちらを捉えていた。


「あの……?」


 普段なら、名前も聞かずに中に招き入れることはしないのだが、宿の支配人があまりに低姿勢でこちらに頼み込んで来るため、リュートとしても受けざるを得なかったのだ。


「ああ、先触れもなくすまない。私の名はブラウニール公爵ハビエル。この領都を含めた複数の領地を預かっている者だよ」


 ところどころ髪に白いモノは混じっているものの、見た目にも上品な紳士。


 その紳士の名乗りに、リュートは僅かに眉根を寄せた。


「……ブラウニール公爵閣下ご本人とは、これはまた……」


「すまないな。しがらみのないだろう君が一人でいる時に、どうしても会っておきたかったのだ」


「それは、ホンモノとニセモノのお話ですか?」


 一人でいる今、リュートだけに話がある。

 つまりはギルフォードにもアトスにも聞かれたくない話。


 それほど時間に余裕がないと判断したリュートは、早々に話の水を向けてみることにした。


 案の定、ブラウニール公爵は目をすがめていた。


「君の忖度のない意見が聞きたくてな」

「既にお察しでしょうに。答え合わせがお望みですか?」

「ぜひ、そうして貰いたいな」

「多少の失礼な質問はお許しいただける?」


 リュートのセリフに、壁際に控える公爵の護衛がピクリと肩をふるわせたように思ったが、敢えてこちらは素知らぬフリを決め込んだ。


「意見を言えと言っておきながら不愉快な質問は受け付けぬ――などと、矛盾のある態度は取らんよ。あらかた予想もついているしな」


 言質はとったからな、と思いながらもさすがに「なら聞くな」とまでは言えない。


 リュートは、求められているであろう回答を返すしかなかった。


「仮面の男はニセモノですよ」


「理由は?」


「こちらが連れてきた男を襲ったからです。自分がホンモノだと思うのなら、ただ放置しておけば良かった。頑なに公爵邸に近寄らせまいとするのは、自分に後ろ暗いところがあり、万が一にもこちらが連れてきた男が本当にホンモノだったら困ると思ったからですよ」


「手を出して、かえって墓穴を掘った……いや、掘らせたのかな」


「ご想像にお任せしますよ」


 何も馬鹿正直に手札の全てを明かす必要はない。

 判断するのは、公爵の側だ。


「では君たちが連れてきた男はホンモノか?」

「さあ、どうでしょう」


 リュートとしては正直に伝えたつもりだが、ティーソーサーに伸ばした手が微かに震えたのは、相手はそうは受け取らなかったのかも知れない。


は、懐中時計を返して欲しいだけだと言ってますよ。それ以上のことは望んではいない、と。だとすれば、もしも公爵閣下が彼を手元に置きたいとお考えなら、今度は閣下の側に、こちらのアトスが閣下の血を引いていることを証明する必要が出て来るのではありませんか?」


「……なるほどな。アトスは私を恨んでいる、か」


「さすがにその答え合わせは致しかねますね」


 恐らくは母親が既に他界しているため、双方がすぐには歩み寄れない状況になっているのだろうと察しはつくが、そう言った父子の交流は、ぜひ他所でやって貰いたいものだ。


 そんなリュートの内心の愚痴を悟ったのか、ブラウニール公爵は困った様に微笑わらっていた。


「それと、捕らえたニセモノ一味のことだが」


「ブラウニール公爵家を謀ろうとした以上、なかなかの罪に問われるであろうことは想像に難くないですが、我々は元はザイフリート辺境伯家からの依頼を受けています。辺境伯家の方にも何名かお渡しいただきたいのですが……」


「ふむ……」


 それももっともか、とブラウニール公爵はしばらくの間考える仕種を崩さなかった。

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