第45話「キス」

「むうぅ……」


 菜々美も同じくプレッシャーを感じているのか、動きが止まる。

 俺たちは目と鼻の先の距離で睨みあうことになった。


「よーし! いくよ! しゅーくん! 菜々美ちゃんフルパワーーー!」


 菜々美は気合いを入れると、俺に向かって再接近。

 そのままブチューッと唇と唇があわさった!


「むちゅうう!」

「んむむぅ……」


 なんかキスをしているというより、ただ唇をぶつけあっているという感じだ。

 尊さは感じるが、溢れ出る感動とかはない。ムードもへったくれもない。


 やはり菜々美は現実離れした美しさと常人離れしたエキセントリックさなので現実感がないというか……ドール相手にキスしているような感じかもしれない。あるいはアニメキャラ。


「……むむぅ?」


 菜々美は俺の反応に対して怪訝な表情を浮かべる。

 対する俺は虚無の表情で、ただキスを受け入れ続ける。


 菜々美は少し顔を離して口を開いた。


「むううっ……! しゅーくん、わたしとキスできて嬉しくないのっ!?」

「……いや……嬉しくないわけではないんだけど……なんというか、その……尊すぎて現実感がないというか……」

「なにそれ!」


 自分で言っていてもよくわからないが、実際にそうなのだから仕方がない。


「現役トップアイドルからのキスなのにー! しゅーくん! ここは泣いて喜ぶべきところだよ!」


 そうなのかもしれないが、やっぱり現実感がないんだよな……。


「もうこれ台なしだよ! ドラマだったら絶対にリテイクだよ! とういうわけで、もう一回キス! しゅーくん! いくよー!」

「お、おう……」


 やはりこれではムードもなにもあったものじゃない。キスというのは、ある程度、恥じらいとか、羞恥心とか、そういうものがないとダメなのかもしれない。


「むちゅうう~!」

「……んむむ……」


 再び重ねあわせられる唇。しかし、今度も感慨はない。

 というか、仕切り直したぶん、より白けているというかなんというか……。


「……むむむ?」


 菜々美は薄目をあけて、こちらの反応をうかがう。


「……むぅう……やっぱり、しゅーくん、リアクションが物足りないよぉ……!」


 と言われてもなぁ……。


 いや、まぁ、現役トップアイドルの菜々美から二度もキスされるなんてファンなら血の涙を流してうらやましがるところなんだろうけど……。


「しゅーくん! 贅沢は敵だよ!」


 そうかもしれない。

 しかし、実際に感動とか感慨の感情が湧きあがらないのだからしょうがない。


 この一日でいろいろとエキセントリックなことがありすぎて、感情がオーバーヒートしているのか……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る