第92話 絡み合う過去

 麒麟字さん曰く、どうやら【嫉妬】は俺が生まれる前からこの世界で暗躍していたようだ。

 それも人間関係をより複雑化させて生まれる『嫉妬パワー』を糧に悩み大きく女子学生に近づいて願望成就を促すのだそうだ。


「麒麟字さんまであのおかしな格好をしていたと言う事実に驚きです。もっと誠実な人かと思ってました。この事、父さんは知ってるんですか?」


「知っているわ」


 知っていたんかい。父さん、人をみる目なかったのかなぁ?


「知っていて、協力していた?」


「少しだけ違うわ。私が告白したの。嫉妬パワーの獲得は、人間関係をより複雑化させるほど獲得しやすくなることはさきほど話したわよね?」


「ええ」


「私は、全国各地に散らばる仲間の存在を知り、大きく引き離されてる事実に焦りを感じていたの」


「それを父さんに見抜かれて?」


「ええ、打ち明けたわ。今となっては黒歴史よ」


 だろうな。もし若気の至りだとしたって、一生を棒に振りかねない暴挙。それに人生を賭ける。まだ多感な年頃を狙っての犯行だ。

 もしその対象に妹に明海が入っていたなら……二つ返事で承諾するのが目に見えた。


「心中お察し致します」


「ありがとう。でも私は晶正さんと出会ってから『嫉妬パワー』に固執するのを辞めたのよ。正確には気付かせてもらったの。その営みに意味はないって。でも私には遂行しなくてはいけない使命がある。それを全うする為にも、未だ手放せずいる」


 先ほどまで何処か恥じらいのある顔立ちが、今は覚悟を決めたものに変わる。


「その使命に父さんは関与してますか?」


「どうかしら。これはもっと独善的なものよ。私がしたくてしてる事。でも、その根源には晶正さんが関わってるわ。私達六濃塾の生徒は皆先生に恩義を感じてるわ。だから世界中に散って、疾走の足取りを探し回った。そこでたどり着いたのが……御堂グループだった」


 そこでどうして凛華の親父さんが出てくる?

 御堂グループが秘密裏に人体実験を繰り返すのは知っていた。

 妹が、明海が被験体になった。

 そのことと両親の失踪と関係があるのか?

 

「待ってください。御堂グループとうちの両親は一体どんな関係が?」


「海斗君は何も知らされてないのね。貴方のお父さんは、御堂グループ総帥、御堂明によって殺されているのよ!」


「!」


 そんな……

 じゃあ凛華は俺たちの両親の仇の親族という事か!

 俺は、凛華を選ぶべきではなかった?

 いや、あの子だって御堂の被害者だ。

 俺は過去に振り回されるべきではない。

 ……何より、凛華の事は俺が一番よくわかってるじゃないか。

 

 もし向こうが俺を貶めるつもりで近づいてきたとしたって。

 俺は過去を何度やり直したってあの子を選んだ。

 だから親がどうとかは関係ない。

 凛華は俺が守るべき女性だ。


 それに契約だって結んでる。

 俺はもう何も出来ない弱者じゃない。

 末席に過ぎないが序列戦の挑戦権を得てるのだ。

 麒麟字さんの言葉だけ信じ切るのも危ういな。

 

 俺は意識を整理し、麒麟字さんの言葉を促すように頷いた。


「すぐに信じきれなくても無理はないわ。最初はその可能性が一番低いと思われてたもの」


「どうして言い切れるのです?」


 ただの仇敵ではない?


「その二人はね、親友なの」


「親友……それがどうして?」


「海斗君ぐらいの年齢だと聞き覚えはないと思うわ。でもね、私達にとって、モンスターの脅威を退けた七人の探索者が居たの。私達は畏怖を込めて彼らを七英雄と呼んでるわ。貴方のお父さんと御堂グループの総帥はね、七英雄と呼ばれる称号を持つ探索者なの。と、同時にはじまりの探索者とも呼ばれていたわ」


 いた? どうして過去形なんだ。


「七英雄の噂は、平和が続けば続くほど人々の記憶から忘れ去られていったの。10年も過ぎれば次世代の子は知りもしないわ。まるで誰かによって意図的に消された歴史、それが七英雄の存在よ」


「そうだったんですか。では今一番ホットな麒麟字さんは自分の地位が不当なものであると思っていると?」


「それなりに努力したわ。でも、私の実力じゃ、未だ晶正さんの足元にも辿り着いてない。それぐらい強いの、七英雄は。でもその場所に一番強い存在に一人だけ思い当たる人がいるわ」


 世界で一番稼げる探索者として顔の広い彼女ですら認める存在とは?


「誰ですか?」


「貴方よ、海斗君。貴方の技術、知識、そして行動力は若い頃の晶正さんを彷彿とさせるわ。私ね、ずっと晶正さんを殺した御堂に復讐を誓って生きてきたの。それでも、私の研いだ牙じゃ当時の七英雄に届きやしない。でも貴方なら……」


「それが出来ると?」


 麒麟字さんは力強く頷いた。

 死因は掴めずにダンジョンブレイクの最中に死んだとだけ聞かされていた。

 が、思い返せば俺たちにとって都合の悪い事はもみ消す事のある親戚だ。真実を教えてくれたことなんて一度たりともないのに、俺はその事ばかりを背負っていた。


 いや、違うな。あいつによってそう思い込まされていたんだ。

 五味総司。俺達兄妹を徹底的に追い詰めた従兄弟。

 

「でも、俺はもう何も知らない子供じゃありませんよ。貴女の言葉のみ受け取るのは危険と考えます」


「王の力を継承したものね。そして七英雄に迫る実力、私如きの願いを聞き届ける義理なんてないものね……」


 今まで何処か自信たっぷりだった彼女は、ここにきて意気消沈してしまった。もし仇を打つのなら俺の手で、そんなふうに思い描いていたのだろうな。


「はい、俺は王の苦労を身に染みてわかってしまった。御堂さんと当時の父さんにどんなやりとりがあったかわからない。その諍いで父さんや母さんが命を落としたのは事実なのでしょう。ですが麒麟字さん、貴女は王の背負う責務がどこまで強大か理解はしてますか?」


「知らないわ。私たちの王は何も答えてくれないもの。世界に不満を振り撒くのが仕事じゃないの?」


「だったら俺は落ちこぼれ確定です。俺は【暴食】でこれから行おうとしてるのは世の為人の為ですからね」


「海斗君らしいわ。どんな事をしたいのか、そして王の責務とはなんなのか。話せる範囲で聞かせてくれる?」


「そうですね……」


 流石に異世界からの侵略者の戦いはぼかして話したが、上位序列者がこの世界を狙っている事。そのために御堂が非人道な人体実験を繰り返してる事。そして次にその脅威が訪れるのは来年に迫っている事を語る。


「そんな……当時以上の脅威が迫っていると言うの!?」


「俺はその当時生まれてないから、その時のことは分かりません。でもシャスラ曰く、もっと上位の存在がこの世界に興味を示している。俺は御堂さんに自分のできる事をアピールすべく実績を積んでるところなんですよね。流石に未だにワーカーのままじゃお話も聞いてくれないので、探索者になるべく署名を集めてます」


「私は署名書いたわよ。でもそっかー君はまだワーカーだったのよね。実力を知ってるから勝手に探索者以上の存在と思ってたわ」


「知り合いには勘違いされがちですが、俺が学園を自主退学してるのは事実ですからね」


 最初は明海の救出のみが目的だった学園生活。

 目標を達成した後は野となれ山となれ。

 ダンジョンには潜りたかったからワーカーなんて仕事を斡旋されてそれで満足していたが、今になってその立場が俺の首を絞めてくるだなんて思いもしない。


「そうね、学園の卒業生である事は探索者の適性を満たす事を示すわ。中には海斗君みたいなのもいるけど、普通はその枠組みからドロップアウトした人は適性なしと見られてしまうわね。よし分かった、お姉さんが一肌脱ぎましょう!」


「……変身ですか?」


 足元に転がってる変質者をチラリと見ると「違うわよ!」と力強い返事を頂いた。

 どうやら今すぐに消してしまいたい過去らしい。


「ちょうどそこに転がってる子にお願いすれば一発よ」


「聞いてくれますかね?」


 初手地盤沈下アタックを仕掛けてきた話を聞かない人だぞ?


「聞いてもらう必要はないわ。聞かせてやればいいの」


 握り拳を握っていい笑顔を見せる麒麟字さん。

 ダメだ、この人も脳筋だ。

 【嫉妬】の契約者って碌な奴いねーな。

 って、明日は我が身か。

 【暴食】の契約者も碌な奴いねーなと言われたら管理不行き届きを感じる。

 特にいちばんの懸念の種が妹の明海ときてる。

 契約者どころか王としても振る舞い方を考えなきゃな。


 その後どの様に変質者から言質を取るかを考え、そして実行してみたところ。


「──条件が一つだけあるわ。あなた、こっちの都合がいい相手を用意なさい。そうすればあなたの冒険者証を発行してやってもいいわ」


 との事。

 暴れられたらいいので、モンスターなり何なり用意すればいいか。

 それにしたって今の子供状態で探索者協会のお偉いさん口調で話されるとギャップが凄いな。


「なら今度俺の合成させたモンスターとの合同訓練に参加してもらいましょう。それでどうです?」


「待って、あなた。今モンスターを合成させると言ったの? やっぱり悪い奴だわ。今ここで成敗しないと!」


 身構える変質者。

 その背後でニコニコと拳を振りかぶる麒麟字さん。

 そして落ちるゲンコツ。

 OH……見事な漫才っぷり。

 この二人は普段からこんな感じなのだろうか?


「その合同訓練、私達も参加させていただいても?」


「構わないですよ。あ、でも俺の生徒は全員学園生なのでがっかりしてしまうかも」


 プロと学生の差は歴然だもんな。


「海斗君が教えてるのでしょう? ならばそこらのダンジョンレベルのモノが出てくるとは思わないから平気よ」


「だったら、どうぞいつでもお越しください。一応、ダンジョン飯も好評ですよ」


「ATM君から聞いてるよ? モンスターの素材を使うんだって?」


「モンスター素材! それであわよくば私を毒殺するつもりね!」


「一般人が食べても命の心配はないので、変なこと言いふらすのやめてくださいねー? あと食うと軽くバフがかかります。これが好評の秘訣でして」


「料理バフ! 何から何まで至れり尽くせりね!」


「あれ、この子普通にいい人?」


「俺をどう受け取るかはその人の感性に寄りますが、俺はワーカーとしてもモンスターテイマーとしても一切手を抜くつもりは無いですよ」


「ほら、あんたの負けよ。いい加減に腹を括りなさいな」


「ぐぬぬぬぬ」


 どうにかこうにか、小さな子を宥める判断材料は集め切れた様だ。

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