第68話 兄は心配性

「勝也さん、何かいます」


「ああ、俺のスキルも反応してる。テイムは可能か?」


「やってみます」


 視界の端、死の気配で溢れる空間で動きがあった場所をよく見れば、そこには小さな子供が何かを貪っていた。

 道中で食べたモンスター料理でバフを授かった俺たちだから見えた存在。


「あー、こんなんじゃ全然足りない! もっと満たされるような血を!」


 血を欲する欲求、そしてその見た目は何処かシャスラに似通っている。テイムは当然試したが通用しない。

 これはもしかして異世界からの客の可能性もあるのか?


「シャスラさんのご親戚でしょうか?」


 凛華も当たりをつけたか、その姿を見て首を傾げる。


「テイムは効きませんでした。Aランク以上と推定」


「倒せそうか?」


「相手の力は未知数です。そして言葉が通じるので、交渉するのが吉かもしれません」


「なるほどな、一理ある。が、無理はするな? 本来ならダンジョン協会に報告する案件だ」


「でしょうね」


「そこの者達、うまく気配を隠しておるつもりだろうが、我にはダダ漏れであるぞ!」


 ヒソヒソと声を顰めての会話に混ざる敵対者。

 青い肌に尖った耳。釣り上がった目は充血し、口から覗かせた犬歯は大きく尖っていた。顔は整っているが、何処か恐ろしさを感じる顔立ち。間違いなく、アーケイド。それも男のアーケイドだ。

 初めて見る。

 しかしシャスラは一族の跡取りだといってなかったか?

 ではあれは一体……


「ち、見つかっちまったか」


 武器を構える勝也さんに恭弥さん。

 相手は夜の支配者だ。ダンジョン内で強いのはシャスラでも体験済み。ここは俺が向かう外ないだろう。


「勝也さん、恭弥さん。パーティを組みましょう。凛華は後方で待機。これで多少は命の危機は去ってくれます」


「ほう、人間風情が序列八位のこの我に勝てると?」


 序列! やはり相手は異世界の渡航者か。

 ダンジョンチルドレン計画を急がせても潜入はしてくるのか?

 色々と想定外が過ぎるぞ?

 

「あなたに勝てるかなんて考えてませんよ。ただ、どうすればあなたにこの場から撤退していただけるかを考えています」


「ふぅん、いつから人間が我らアーケイドに盾つける様になったのだ? 図が高い、跪くが良い!」


「ぐっ!? なんだ、身体が……沈む!」


 俺達には通用しなかったが、勝也さんと恭弥さんはひれ伏すように真上から謎のプレッシャーに押しつぶされた。

 

「ほう、我の洗礼を耐える者がおるか。いや、貴様は序列者じゃな? そしてその契約者よ! 妹の地位を奪った憎き者じゃ。貴様だけは絶対に許さぬ!」


「海斗さん!」


「ぐぅ!」


 あ、これ地雷踏んでた。

 思った時には首に違和感。

 彼のディナーに成り代わっていた。

 しかし、噛まれたというのに全然衰弱する様子を見せない俺に、向こう側が興味深そうに笑う。


「貴様の血は美味いな。普段から高級な食事をしているのであろう。これは評価を改めねばいけぬか?」


 一人納得するアーケイドの男は俺の首から離れることなく、ふがふが言いながら血を吸う。

 地べたに這いつくばってる二人は、なんだこの絵面はという顔で俺たちを見守っていた。


 しばらくして、満足したのか俺は解放された。


「良き血であった。久々に満たされたぞ、人間。今後振る舞うのであれば貴様だけは特別に見逃してやろう。今日は妹の様子を見にわざわざこの地にやってきたのだが、貴様は我が妹の居場所を知らぬか? ん?」


 すっごいニコニコしながらフレンドリーに話しかけてくる。

 これ、家で赤ちゃん役させてるって言ったら激昂されるどころじゃないやつだろ。


「知っていますよ、会って行かれますか?」


 凛華から今のシャスラさんに合わせるのか? というアイコンタクト。

 大丈夫だ、さっき寧々に念話を送った。寧々経由でシャスラにお兄さんが来るぞと伝えてもらった。ここ最近赤ちゃんモードに慣れ切ったシャスラが、急に慌て出したようだ。


「勿論だ。妹は寂しがり屋でのう。最後に会ったのは30年も前だったか。さぞ美しく成長しているであろう。序列に座した時も美しかった。底辺世界の王には賛同しかねたが、妹が望んだ地位じゃ。我が賛同せねば誰がする?」


 あ、この人すっごい妹を猫可愛がりする人だ。

 いつのまにか対象を自分の妹に置き換えた俺と勝也さんがうんうん唸っている。

 恭弥さんだけが置いてけぼりだ。


「うんうん、わかる。俺も妹が自ら死地に立つことはないのにと最初は反対だったが、本人の希望だったから、せめて兄貴としては味方でありたかった。俺も自分のやりたいことを放っぽりだして妹の背中を押してやったもんだ」


「その節はおせわになりました。今の私があるのは兄様のおかげですわ」


「ほう、貴様人間にしては話がわかるやつだのう。拘束を解いてやろう、会話に加わるが良い」


 勝也さんが一抜けしていく様を見送りながら、恭弥さんがその場で悔しそうに這いつくばる。どうして俺は一人っ子なんだとどこか悔しそうだ。


「俺も、無理して戦に関わろうとする妹が居ます。最初は反対しました。ずっと病弱で、いつ死ぬかもわからない状態だったんですよ? でも妹が、やりたい事をやらせてやるのが兄貴でしょう? 俺は妹の活躍する場所を裏からサポートするべく今の地位にいます」


「うむ、そうだ。兄とは妹の支えであるべきである。貴様も我の賛同者か。ならばなを聞いてやろう、新しき序列者よ」


「六王海斗。序列ではヒューム・カイトと登録されています。以後お見知り置きを」


「ヒューム・カイトか、覚えた。我に名を覚えてもらえる人間など皆無であるぞ? 光栄に思うが良い」


「ありがたきお言葉、胸に刻みます」


「それで、その……妹は、シャスラはどこにおる?」


「今ご案内しますよ。その前に、この世界の美味しいモンスター料理をいくつかご提供しますよ。未だ外の世界に広めきれていませんが、それが実現したなら……」


「ふむ、人間も少しは我らの食糧である自覚を持つと?」


「どう取ってもらっても構いません。ただし、今より価値を持つことをご確認いただければ」


「ほう、妹はそれほどの相手に玉座を許したのであるな。兄として誇り高いぞ!」


 座を許したというより返り討ちにしちゃったんだけど。

 まぁこれをいう必要はないな。

 別に俺はへーこらしてるがシャスラのお兄さんに支配されているわけではない。序列戦とは世界の王との直接対決だ。

 地球には偶然王が二人。

 凛華の親父さんと俺。

 主導権を握ってるのは現状親父さんの方だが、俺としても対抗策を用意してないわけじゃない。

 が、成りたてであるから王のノウハウが何もないのだ。

 だからこそここで敵対するよりも、友好的に接して敵対する時も手を緩めてくれるように交渉するのである。


 なんかこのやりとり、学園と似てるな?

 もしや学園生もゆくゆくは王になるべく育てられていた?

 学園名も周王と、王を集めることに特化している。

 まさかな? これは俺の考えすぎか。


「ふむ、これが人間の食事であるか? なんともシンプルであるな」


「アーケイドの方々が普段どのようなものを口にしているかわからぬため、少々の粗相はご容赦ください」


「こちら、当ダンジョンとれたてほやほやの魔石ででこんがり焼いた深層ボスのステーキとなります。アーケイドの方は生き血がお好みなようですので血抜きはしておりません」


 俺が盛り付け、凛華が配膳して口頭で料理説明をする。

 勝也さんと恭弥さんはモンスター肉の確保に勤しんでいた。


「ほう、我の好みをよく知っておる。いや、妹から聞いたのか? 生以外での食は初めてだが。ふむ、美味い。生のままで食うのとこうも違うか?」


 Cランクダンジョンの階層ボスはケルベロスだ。

 首の三つある犬で、体格は見上げるほど。

 しかし筋張っていて食べられる部位は少ない。

 暴食の権能を持つ俺なら筋張っていても捕食可能だが、アーケイドの場合はその血を好む。

 血とは肉に馴染んでようやくその旨みを発揮する調味料だ。

 ステーキといっても焼いたのは表面だけ。

 メイラード反応を出して匂いを誘発するのが狙いである。

 まず鼻に香ばしさを吸い込ませ、そのみずみずしい生肉にかぶりつかせると、血を作る心臓部分から一気に血が溢れ出る。

 その濃厚さに瞬きを数回、そして後追いする肉汁が血の旨みをより一層強く感じさせる。

 人間ではこっちの肉汁の方がメインだが、相手はアーケイド。

 あくまで血を食す相手には血をよりうまく摂取させる調理法を心がけた。


「人間はこんなに美味いものを食べているのか?」


「俺達とほんの一部の人間、それとシャスラ様に主に召し上がってただいています」


「ほう、従属しても待遇を変えぬと?」


「シャスラ様も人間社会では随分とご苦労されていました。俺たちができる最善の待遇を施したまでです。さて、ようやくシャスラ様の準備が整いました。こちらからご対面ください」


 俺は転移の魔法陣をAランクダンジョンの最下層に繋げ、寧々にもシャスラにそこに案内するようにさせた。

 

「おお、我が妹よ! 会いたかったぞ!」


 感動の対面。

 お膳立てはバッチリだ。

 しかし、シャスラの方は元の姿に戻らず、赤ちゃんモードで開き直ることにしたようだ。


「ばぶう」


 どこかドヤ顔で声を掛けるシャスラに、アーケイドのお兄さんの表情が強張った。

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