第75話 『一日レンタル権 下』
「次は……ここ!」
カフェ飯で小腹を満たしたあといくつかの店を回り……やってきたのは同じエリアにある服屋だった。
ショーウィンドウの向こう側には、オシャレな服を着て小物や鞄を持った人形がポーズを取っている。
外観もこれまでの店と違い、なかなか洗練された雰囲気を醸し出している。
王都の目抜き通りに並んでいても違和感のない店構えだ。
「兄さま、ここ知ってた? 王都では品薄でなかなか手に入らない『魔女』ブランドの衣服や小物類が入荷されているんだよ! 日用使いはもちろん、かなり強力な魔術処理が施されてるから貴族の間で人気なのはもちろん、ダンジョンでも大活躍なんだ!」
興奮気味に語ってくれるアリス。
「へ、へえー……」
『勇者』と言われていても、やはり彼女は年頃の女の子である。
だけど『魔術処理』とか『魔女』とか聞き覚えのある単語が出てきたせいで、兄さま的にはあまり入りたくなくなってきたんだが。
「兄さま、早く早く!」
「あ……おい!」
しかしグイと彼女に手を引っ張られ、強制入店。
「……中は、案外普通だな」
とはいえ入ってみれば、店内は居心地がよさそうな空間だった。
なんかソファとかもあるし、お香を焚いているのかいい匂いがするし。
陳列されている衣服は思ったより普通だ。小物なども、割と普段使いできそうなものが中心である。
今までこういう店は足を踏み入れる機会がなかったが、なかなかどうして悪くない。
一方アリスはというと、話しかけてくる店員をうまくあしらいつつ、服や小物を熱心に見て回っている。
俺は彼女に無言でついて回る役回りだ。
「これと……これ! あ、こっちもいいな!」
しばらく商品を物色したあと、ついにアリスは目当てのものを見つけたようだ。何着かの上着を手に取り……俺の前で広げてみせた。
「兄さま! これとこれ、どっちが似合うかな……? こっちは『耐火焔』、もう一着の方は『耐冷気』の魔術処理が施されているんだけど」
「『耐火焔』……『耐冷気』……??」
ただの上着になんでそんな大層な魔術処理が? と思ったが、そういえば女性冒険者の多くはダンジョン探索でもかなり服装に気を使っているらしいと聞いたことがある。
以前アリスと探索に向かった時も、軽鎧やインナーなどは王都の有名な職人だかデザイナーだかの作品と言っていた記憶があるし、ここは本来、そういう女冒険者向けの店なのだろう。
そもそこここ、ダンジョン都市だからな。
よく見ると、アリスが持っている上着も普段着のように見えて丈夫そうな素材だし、近くに陳列されている小物類なども、かなりしっかりした造りだ。
「うーん、そうだな……」
二着ともジャンルは違えど、センスのいいデザインである。
きっとどちらもアリスには似合うと思う。
正直魔術処理については用途次第なので分からんが。
なので正直に答える。
「ん、どっちも似合うと思うぞ」
「むう……どっち!?」
俺の答えに満足できなかったのか、アリスが頬をぷくっと膨らませながら、ずい、と服を突き出してくる。
ええ……これ、どっちか選ばなきゃならない流れなのか……?
当然だが、俺が女性の服を適切に選ぶセンスなんて持ち合わせているわけがない。
さて、どうしたものか。
「……じゃあ、僕が実際に着てみるから、それで選んでくれるかな?」
しばらく迷っていると、アリスが助け舟を出してくれた。
「そうだな、その方がいいかな」
まあ、それで決められるかは分からないが……試してみるだけの価値はある気がする。
「じゃあ、店員さんを呼ぼうか。……ああ、そこの君」
「はい、私でしょうか? ……あ、試着ですね。こちらへどうぞ」
アリスが呼びかけると女性店員がすぐにやってきた。
にこやかな営業スマイルを浮かべ、彼女を試着室へと案内する。
そして待つことしばし。
「……兄さま、どうかな?」
持っていたうちの一着を身に着け、アリスが試着室から出てきた。
俺の前に立ち、軽くポーズを取ってみせる。
彼女が今着ているのは、白い生地が涼し気なカットソー(耐火焔)だ。
少々オーバーサイズ気味の生地が彼女の華奢(ただし剛腕)な身体をゆるっと包み込んでおり、可愛らしさとアクティブさをうまくを両立させている……ように思える。多分。
ちなみに上に合わせるためか、下はスカートからタイトなパンツスタイルに変わっていた。
上はゆるっと、下はタイトめに。
ファッションに疎い俺だが、こういうバランスは悪くないと思う。
「アリス、似合ってるぞ。普段の元気な印象が引き立っている気がする」
「えへへ、そうかな? そうかな?」
俺の感想に、嬉しそうに身体をくねらせるアリス。
「じゃあ、今度はこっちだね」
次に彼女が着たのは、さっきとは対照的なモコモコのセーター(耐冷気)だ。下はスカートに戻している。
こちらもカットソーと同じく少々大きめのサイズで編まれているらしく、袖口が少し余りぎみだ。
……が、個人的にはこの『余ってる』感は女の子らしい可愛らしさをしっかり引き立てているように思える。もしかして、これも計算づくのデザインなのだろうか。デザイナー、グッジョブである。
「こっちは女の子らしくて可愛らしい感じだな。アリス、似合ってるぞ」
「えへへ……そうかな……そうかな!」
ちょっと恥ずかしそうにセーターの袖口で口元を隠すアリス。
「……それで、兄さま。どっちが良かった?」
そして訪れる、決断の時。
「うーむ、そうだな……」
改めて聞かれるが、なかなか難しい。
逆に試着して見せてもらったせいで、むしろどちらの魅力も理解することになってしまった。
しいて言うならば、カットソーだろうか。
オルディスは比較的温暖だからセーターを着る機会はあまりないし。
だがアリスはいずれ王都に戻るだろう。領地は向こうだからな。
そして王都はオルディスの北にあり、周囲の山脈から吹き下ろしてくる風の影響か冬はかなり冷え込む。
そうなればセーターがいいだろう。
悩むな……
そして、俺が下した決断は……これしかなかった。
「やっぱり、どっちもアリスに似合うぞ。すまんが、俺には決められない」
「…………そっか……」
アリスが俯き、そしてすぐ顔を上げた。
「じゃあ、両方とも買うね!」
「お、おう」
一瞬文句でも言われるかと身構えたが、そこは脳筋のアリスである。
なんとも男前な決断だった。
「じゃあ、今度は……こっちのパンツとこっちのスカート、どっちがいいかな? かな?」
「どっちも似合うと思うぞ……」
そんな感じで彼女が選んだ服で次々と試着ファッションショーなどをしつつ買い物を終えようとした、その時だった。
ガシャン! 店の入口で乱暴に扉を開く大きな音が鳴り響いた。
「おう、じゃまするぜ!」
「チース。今日も用心棒代をもらいにきたぜー♪」
何事かと振り返ってみたら、小洒落た店舗に似つかわしくない男が二人、ドカドカと入り込んできたところだった。
一人はガタイの良い男。もう一人は狡猾そうな顔の小男だ。
「ああん? 何見てんだよテメー」
「ひっ!? み、見てませんっ!」
和やかな店内が、一瞬にして緊迫感に包まれた。
一見してチンピラだと分かる男たちは、周囲の客たちを威嚇しながら、店の奥にある会計カウンターに歩いてゆく。
「くっ……こんな明るい時間に来るなんて……! お引き取り下さい! 何度来られたって、あなた方に支払うお金はありません!」
そこ立っていたのは、さきほどの女性店員だ。
身を強張らせながらも、気丈にチンピラどもを睨みつけている。
どうやら彼女、店長だったらしい。
「兄さま、あれ……」
「ああ」
険しい顔になったアリスと目配せする。
どうやらこの店、チンピラにタカられているらしい。
王都のスラムにある飲み屋などではたまに出くわしたことがあるが、こんな場所でもあるものなのか。
もちろん、眺めていて楽しい光景ではない。
「お引き取りください! 私と話がしたいのなら、営業終了後に来ればいいでしょう!」
「ぎゃはは! アニキアニキ、あの女困ってるぜ! 可愛いな~♪」
睨みつける店長を指さし、ゲラゲラ笑い声をあげる舎弟らしきチンピラ。
すでに俺たち以外の客はいなくなっていた。
店の中にいるのは店長とチンピラども、そして俺たちだけだ。
はあ……
久しぶりの平穏な一日だったというのに、完全にぶち壊しだ。
「つーかよ、日中に来るのは当然だろ? 俺らはお前を困らせるために来てるんだからよ。嫌ならさっさと出すもん出せって話だろうが!」
アニキ分らしきガタイのいいチンピラが脅しのつもりか、グイと店長の襟首を締め上げる。
「きゃっ! お金なら払いません! ……ですが、さすがに毎日来られては私も我慢の限界です。今、『魔女』を呼びました。貴方たちは終わりです」
それには屈せず、店長がチンピラどもを睨みつける。
手には、淡く光る護符のようなものが握られていた。
「……あ?」
そんな彼女の抵抗が、チンピラアニキの癇に障ったようだった。
「おう魔女だろうが魔王だろうが、好きなだけ呼べよ。その間にテメーの綺麗な顔がどんくれぇグチャグチャになるか試してやるよ!」
「……っ!!」
激昂したチンピラアニキが吼え、拳を振り上げる。
店長が目をぎゅっと閉じた。
……はあ。
俺は深く深くため息を着いた。心の中で。
「そこまでだ、クソ野郎」
俺は素早くチンピラアニキの背後に歩み寄り、手首をグイと掴む。
自分でも驚くほど、苛立っていた。
「あん? 誰だテメいででででででで!?」
そのまま力任せに、チンピラアニキの腕をひねり上げる。
「おいてめぇ! アニキにいきなり何をしやが……おぼふっ!?!?」
ズン、と鈍い音。
見れば、アリスが舎弟の鳩尾に、拳をめり込ませていた。
「あ……が……!?」
たまらずその場に崩れ落ちる舎弟チンピラ。
「君たちは運がいい」
アリスは笑っていた。
直感で分かった。
彼女は俺と同じ……いや俺以上の憤怒を腹に抱いているのだと。
「いくら兄さまでも、夕食の前に潰れたトマトを二つも見たくないはずだからね。……でも」
彼女が続ける。静かに。淡々と。
「兄さまとの楽しいひと時を邪魔した君たちには、この世に生まれ落ちたことを心の底から後悔する義務がある。……さっさと表に出ろ」
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