第73話 『魔剣って詳しいですか』

「そういえばブラッドさん、聖剣錬成師なんですよね。あの……魔剣って詳しいですか?」


 ダンジョンでリンドルムの聖剣用素材を集め、ギルドに戻ってきたときのことだった。


 最近はもはや俺の担当と言っても過言ではないシルさんが、依頼完了報告の書類を受け取りながらそんなことを聞いてきたのだ。


「魔剣そのものに精通しているわけじゃないが、多少の知識はある。それがどうかしたのか?」


「実は少し前から王都や王都周辺の都市で、魔剣を所持している盗賊とか山賊が出没しているそうでして。まだこのギルドには正式な討伐依頼は入ってきていないのですが、最近オルディス周辺でも魔剣持ちの盗賊が出現したとのことで、冒険者の皆さまにも注意を喚起しているんです」


「なるほど」


 先日フレイが話していた件か。


 確かに魔剣を持っているのなら、盗賊程度でもそれなりに脅威だ。


 街の衛兵だけでは対応できない可能性があるし、村の自警団程度ならば、なすすべもなく蹂躙されてしまうだろう。


「それで……今のところ王都のギルドから派遣された腕利きの冒険者が対処しています。今後人手が足りなくなった場合は、等級C以上の冒険者は掃討作戦に参加するよう要請が行くかもしれません」


 掃討作戦か。


 えらく物騒な話が出てきたな。


 だがオルディス周辺で魔剣持ちが跋扈しているのなら、冒険者ギルドとしては見過ごせないだろう。


「とはいえ、です」


 シルさんが残念そうな顔で続ける。


「オルディス周辺のダンジョンでは魔剣持ちの魔物があまり出没しないこともあり、誠に遺憾ながら当ギルドでは魔剣持ちへの対処法が分からず、困っているのです。もしブラッドさんが魔剣に関する知識をお持ちでしたら、お力添えいただけないでしょうか。もちろん、情報提供には報酬をお出しします」


「なるほど」


 俺は受付奥の壁掛け時計を見た。


 このあと自宅に戻り、リンドルムの強化訓練をするつもりだ。アリスも来る。遅刻するわけにはいかない。


 ただ、まだ時間的に余裕がありそうだった。


 それに聖剣と魔剣はある意味親戚みたいな存在だし、魔剣のせいで聖剣のイメージが悪くなるのはいただけない。


 ここはひとつ、協力しておくか。


「そういうことなら俺の分かる範囲で協力するよ」


「本当ですか、ありがとうございます! では、こちらで詳しいお話を聞かせて頂ければ」


 シルさんが嬉しそうな顔で、ギルド奥にある二階へと続く階段を指し示した。




 ◇




 魔剣自体の定義はシンプルだ。


 剣あるいはその他の武器に、怨念が宿ったもの。これだけだ。


 だから魔剣の力も、その剣によってさまざまだ。


 ある魔剣は持った者の身体能力を強化するが、徐々に精神を怨念に支配され、やがて人を斬るだけの魔物と化してしまう。


 別の魔剣は刃に強力な呪詛や状態異常付能力を宿し、斬りつけられた相手に呪詛を付与するが、所持者も徐々に同じ呪詛に蝕まれてゆく。


 いずれにせよ、魔剣持ちの末路は悲惨だ。


 だから、人間の魔剣持ちは少ない。大抵の所持者はアンデッドなどの魔物だ。もちろん人間の成れの果ても含む。


 ギルド二階にある応接間のソファに腰かけながら、まずはそんな話を説明してやる。


「なるほど……やはり魔剣は恐ろしいですね。対処法はあるのでしょうか?」


 対面のソファで、シルさんが真面目な顔でメモを取っている。


「そうだな……その魔剣の能力を事前に把握しておくのが理想だ。そうすれば、各種状態異常や呪詛に即座に対応できるからな」


「つまりは事前準備が肝要、と」


「そうだ。まあ、一般論だけどな」


「いえ、とても勉強になります。こうして言われてみれば簡単なことですが、ブラッドさんの言葉だからこそ、胸に響くものがあります。ギルド幹部の皆さんも、貴方の言葉ということならば重い腰を上げると思います」


「そ、そうか……」


 なんだろう。


 シルさんのキラキラした目が眩しい。


 というかなんなのこの俺に対する信頼の厚さは。


 まあ、こっちも別に間違ったことは言っていないからいいんだが……


「ああ、それと」


 俺は付け加える。


「相手が魔剣持ちと分かっているなら、そもそも正面切って戦うのは勧められない。魔術師や弓兵で遠距離から一方的に叩く、これが一番確実だ」


「おっしゃる通りですが、身も蓋もないですね……」


 シルさんは苦笑しているが、相手の生存を考慮しないならばこれが安全かつ確実だろう。


 ただこの手段は、すでに魔剣持ちがオルディスに入り込んでいる場合は使えない。


 それに、俺に求められている意見というのは一般論でも身も蓋もない殲滅戦法でもないはずだ。


 となれば……そうだな。


「シルさん、魔剣はアンデッドの一種だというのは知っていたか?」


「……! いえ、初めて聞きました。魔剣は魔剣と思っていましたので」


 俺の言葉を必死にメモっていたシルさんが、意外そうな表情で顔を上げた。


 これは冒険者にはあまり知られていない事実だろう。


 そもそも魔剣を持った魔物はかなり特殊な個体だ。普通の冒険者ならその存在を知っていたとしても、対峙することはまずないからな。


 一方、聖剣錬成師をある程度やっていると、聖剣を知っていく過程で必ず聖剣と魔剣の成り立ちにぶち当たる。


 その性質は違えど、魂を剣に宿すことには違いないからな。


 そこでその違いや共通点に悩んだりするのだが……まあそこは今必要な情報でもないので省略。


 ともかく、今は対処法だ。


「魔剣はあくまで怨霊が宿った魔物の一種だ。つまり神聖魔術が効く」


「……なるほど! つまり、神聖魔術師が魔剣持ちの天敵となり得るわけですね!」


 天啓を得たかのように、シルさんの表情がパッと輝く。


 まるで勝利を確信したかのような顔だが……そう簡単にいくほど魔剣持ちは弱くない。


 一応釘を刺しておくか。


「とはいえ、だ」


 俺は少し間をおいてから、少し重たげな声色で続ける。


「確かに神聖魔術は魔剣に有効だが、勝利を確約するものじゃない。所持者が人間ならそいつ自身には効かないから、どうにかして足止めをする必要がある。それに魔剣を滅ぼすような術式はそれなりに高位魔術のはずだ。神聖魔術師なら誰でもいいわけじゃない」


「……っ、そうですね。大変有益な情報でしたから、少々浮かれてしまいました。ギルマスには、周到かつ入念な作戦の立案を具申しておきます」


 言って、シルさんは顔を引き締めた。


 まあ、彼女がいるならばここのギルドは大丈夫だろう。


「ではさっそく神官様に助力を得られるよう、寺院に掛け合ってみることにします。……やはり、ブラッドさんに相談したのは正解でした」


 シルさんがソファから立ち上がり、俺の方へとやってくる。


 それから満面の笑みで俺の手をギュッと握ってきた。


「まあ、役に立てたならよかったよ」


 一応、聖剣錬成師としての面目は立ったかな。


 できれば俺に依頼受託の要請が来るような事態にならないよう、神官様には頑張って頂きたいところだ。

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