第60話 『負け竜 上』

「ふざけんなよ、クソが」


 気づけば悪態が口をついて出ていた。


 ここはダンジョン化しているとはいえ、ただの地下墳墓のはずだ。


 スケルトンがいるのは当然だが、間違ってもドラゴンがいていい場所ではない。


 百歩譲ってドラゴンゾンビならばともかく、今目の前にいるのは間違いなく生きているヤツだ。


 そもそもあの巨体で、どうやってここまで入り込んだんだ。


 どう見ても広間の半分くらいを占拠しているぞ。


「ねえ兄さま。あのドラゴン、何をしているんだろうね?」


「スケルトン兵と遊んでいる……ように見えるな」


 ドラゴンは墓所から湧き出るスケルトン兵相手に……戦っていた。


 灼熱のブレスを吐き、丸太のように太い前腕で薙ぎ払い、時には鋭い牙の生えた顎でスケルトン兵たちをかみ砕いている。


 だが、スケルトンという魔物はそれくらいで滅びたりしない。


 なにしろアンデッドだ。


 ドラゴンがバラバラにしても、しばらく放置していれば元通り。


 武器を拾い、再びドラゴンに襲いかかる。


 が、一方ドラゴンも、完全にスケルトン兵たちを仕留めようとしていないように見えた。


 見た感じ、ドラゴンはかなり上位種に見える。


 ブレスだって、本気を出せば骨のカスすら残らずスケルトン兵を焼失させられるだろう。


 それをしないということは、あのドラゴンはスケルトン兵たちで遊んでいるということだ。


 ……正直、これは困った。


 これでは遺骨を回収するどころではない。


「クソ、ここは一旦退いて……」


 撤退を検討しようとした、そのときだった。


「兄さまの邪魔をするなんて……まったく無礼なドラゴンだな」


 隣から、底冷えのする声が聞こえた。


 脳筋の権化ことアリス・フォン・クロディス辺境伯殿の声である。


「だからさ……兄さま。アイツ、僕が倒しちゃっていいかな? いいよね?」


 声とは真逆の、愛くるしい笑顔でそう提案してくる。


 うん。


 その笑顔でその声はマジで怖いからやめてくれ。


 ……とはいえ、である。


 彼女の提案を即座に却下することはできなかった。


 俺だってここまで来て撤退するのは癪だ。


 できることならここで素材を回収したい。


 それに……ドラゴンと戦ってみたいという気持ちもなくはない。


「いけるのか? 相手は見た感じ、『エルダードラゴン』だぞ」


 ドラゴンは、その体色や形状でいくつかの種類に分類される。


 一番の雑魚は矮翼竜ワイバーン。ただの空飛ぶでかいトカゲだ。


 次いで、頑強な鎧鱗を持ち様々な状態異常ブレスを吐く地竜や、強力な属性ブレスを吐く炎竜に氷竜。


 そして……そいつらをはるかに凌ぐ戦闘力と高い知性を持つ竜の上位種、エルダードラゴン。こいつらの特徴として、漆黒か白銀の竜鱗をまとっている。


 目の前のヤツは、どう見ても漆黒だ。


 疑いようなく、一番最後のヤツである。


 だがアリスは、俺の言葉を聞いて笑みを深めただけだ。


「ふふ……エルダードラゴンか、相手にとって不足はない。最近は魔族も大人しいし王国の貴族どもは口だけの軟弱者ばかりだし……なんというかぬるま湯みたいな生活だったんだ。……やっぱり兄さまに付いてきてよかった!」


 そういうなり、アリスの姿が消えた。


 『とき斬り』の力を使ったらしい。


「おいアリス!」


 声を掛けた時には、彼女はすでに広間の中央にいた。


「ふふ……くふふ……! 『強敵』は等しく僕の『友』! さあエルダードラゴン、そんな骨なんかと戯れてないで、僕と遊んでくれよっ! あと兄さまの仕事の邪魔をしたから死ね」


 ドラゴンの前に立ちはだかっている。


『ギャオ……ガオオン!?』


 突然出現したうえ完全に矛盾した言葉を叫んでいる人間を見て、エルダードラゴンが固まった。


 命も意思もないはずのスケルトン兵も、アリスの気迫に当てられたのか、動きを止めてしまっている。


「ふん、まさか怖気づいたのか? ドラゴン!」


 アリスが『刻斬り』を抜き放ち、ドラゴンを威嚇している。


「あの脳筋め……!」


 俺は頭を抱えた。


 彼女には『行けるのか?』と問うたが、一人で倒せとは言っていない。


 もちろん簡単にやられたりはしないだろうが……


 せめてタイミングくらいは図ってほしかった。


「ああクソ、まったく……!」


 というわけで、出遅れたものの俺も対ドラゴン戦に参加決定。


「アリス、お前だけを戦わせはしないぞ」


「兄さま! 来てくれたんだね!」


 俺が隣に並び立った瞬間、ぱぁっ! と顔を輝かせるアリス。


 うん、多分お前の意図とは違うけどな。


『グオ……ニンゲン、オンナト……オトコ……?』


 と、エルダードラゴンが俺に視線を移すと……何やら喋りだした。


「ドラゴンが喋った!?」


 驚愕の声はアリスのものだ。


 だが、俺は驚かない。


 エルダードラゴンは人間並みの知性を有する魔物だ。


 ゆえに人語を解し、喋る個体も存在するという。


 ……だが、友好的とは限らない。


「油断するなよ、アリス。人語を話したとしても魔物は魔物だ」


「わ、分かってるよ」


『グヌゥ……オンナ……オトコ……ツガイ……ニクイ……!』


 エルダードラゴンは俺とアリスを交互に眺めながら、訳の分からないことを口走っている。


 それと同時に、ドラゴンから放たれる殺気が増した気がする。


 目は血走り牙を剥き、今にも襲い掛かってきそうな様子だ。


「ふふ……つがい、かぁ! やっぱり君にはそう見えるんだ? くふふ……エルダードラゴン、君はとっても賢いなぁ」


 一方アリスはドラゴンの言葉にご満悦の様子である。


 俺にチラチラ流し目を送りながら、身体をクネクネさせている。


「おいアリス、ドラゴンの言葉なんかに惑わされるな!」


「うふふ……この子、いいドラゴンじゃないか。……でも兄さまの邪魔をするなら死ね」


 よかった、いつものアリスだった。


『グギ……ギ……ニンゲンオトコ……ニンゲンオンナ……イチャイチャシヤガッテ……!』


「…………」


 俺の気のせいだろうか。


 このドラゴン、どうもこっちに対する嫉妬みたいな感情が見え隠れしているような……なぜか涙目だし。


 ……もしかしてこのドラゴン、失恋でしたのか?


 いやいや、そんなまさかHAHAHA。


 どのみち脅威であることには変わりがない。


『ツガイ……ホロボス……ホロビロ……滅ビロッッッ!』


 カッ! とドラゴンの顎が開いた。


「アリス! 来るぞ!」


「分かってる!」


 喉の奥にチリチリと火の粉が舞い――


 ――ゴオオオオッ!!!!!


 火焔の奔流がスケルトン兵もろとも広間を呑み込んだ。


『カロ――――』


 さきほどまでブレスを喰らっても再生していたスケルトン兵が一瞬で蒸発した。


 すさまじい高熱だ。


 クソ、これがエルダードラゴンの本気ブレスか……!


「おいアリス、あれを喰らうのはヤバい!」


「たしかに、あれはちょっとマズいかも……」


 さすがのアリスも、顔を引きつらせている。


 ブレスは俺たちの退路を絶つように、薙ぎ払うような軌道を描いて迫ってくる。躱す隙はない。


 大丈夫だ、落ち着け俺。


 これは想定の範囲内だ。


 ドラゴンのブレスは高密度の魔力で構成されている。

 

 つまりこのブレスはレインの『魔力漏出ドレイン』とセパの『切断』、両方で対処できる。


 どのみち対処できなければ死ぬだけだ。


 やるしかない。


『滅ビロオオオオォォーーーーッッ!!!!!』


 ドラゴンの絶叫とともにブレスが迫る。


『……レイン、セパ。頼むぞ』


『とーぜん!』『当然です』


 二人の頼もしい声を聞きながら、俺は両手に持った聖剣二振りを前に突き出し『力』を全力開放。


 自然と気合の声が口をついて出た。


「うおおおおぉぉぉぉぉーーーーッッッ!!!!」


「――『百花繚乱』ッ!!」


 隣でアリスが技名らしき言葉を呟き、剣を突き出した。


 灼熱のブレスが俺たちを包み込んだのは、それと同時だった。



 …………。



 ……。



 炎が収まる。



 静寂。





『…………ナゼ、ダ』


 最初に口を開いたのは、ドラゴンだった。


『ナ、ナゼ……! オマエタチ、滅ビテイナイ……ッ!?』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る