第56話 『ケンカを売ったつもりじゃない』
「本当にいいのか? アリス殿ほどではないにせよ、私も剣の腕に覚えがある方だ」
三人(と実体化した精霊二人)で庭まで移動したところで、ガウル氏が念を押すように言ってきた。
言葉は丁寧だが、眼光は鋭い。
すでに彼の身体中の筋肉は張り詰め、殺気のようなものが立ち昇っている。
まあ、いきなり挑発されたらこうなるか。
「分かってる。だからやるんだ。『聖剣を錬成するのならば、己の身体で相手の剣を知らなければ始まらない』、これは俺の座右の銘でな」
俺はドヤ顔をキメながら、ガウル氏に言った。
とはいえ、である。
……本音を言えば、コスト的な問題が大きい。
試し斬りに使う巻き藁や木偶などは、意外と費用がかかるのだ。
以前ファルにみじん斬りにされたやつは新調したが、かなり費用がかかってしまったからな。
それをまたガウル氏にバラバラにされたくない。
もちろん建前どおりの気持ちもないわけではないが。
「さすが兄さまの言葉は含蓄に富んでいるな」
アリスが感心したように頷いている。
彼女はもうちょっと俺のことを疑った方がいいと思う。
「……なるほど。そういうことか」
とはいえ、ガウル氏も合点がいったようだ。
殺気が少しだけ収まった。
まあ、このスタンス自体はあながち間違っていないと思う。
やはり見るだけよりも、体感した方が理解が深まるというものだ。
「で……得物は、今腰に差している剣でいいのか?」
彼は今、長剣を携えている。
鞘にはリグリアの紋章が彫りこまれており、かなり豪華なものだ。
ただ彼の巨躯と対比すると、小さく見える。
イメージだけで言えば、もっと大きな……例えばファルが持っていた大剣なんかが似合うと思うのだが。
だがガウル氏は首を横に振った。
「構わない。この『サヴェージ・ハウル』で数多の魔族を屠ってきたからな。長年連れ添った、私の相棒だ」
言って、剣をすらりと抜き放つ。
鋭い刃が陽光を受け、美しく煌めいた。
ほう……
一目見ただけで分かる。業物だ。
が、それだけではない。
鋭利な刃が欠けにくいように『修復』、そして『撥水』『溶脂』の術式が刻み込まれている。
これならば戦場でも、剣の刃こぼれを気にする必要はないし、いちいち血や脂をぬぐう必要はない。
豪華な見た目だけでなく、きちんと実戦を想定してある。
聖剣錬成師としては、どこの鍛冶師が造ったのかとても気になるな。
……が、それは戦ったあとにでも聞けばいいか。
それはともかく。
「いい剣だな」
「だろう?」
お互い通じ合うような感覚に、にやりと笑みがこぼれる。
「あ~、ずるい兄さま……」
なぜかアリスが羨ましそうな顔をしている。
お前には『
「レイン、お前は力を使うなよ。セパと一緒に後方待機だ」
二人とも邪魔をするような真似はしないだろうが、ガウル氏からすれば気になる存在だ。
戦闘の前に、レインとセパに指示を出しておく。
「承知しました、ご主人」
「あいあーい。じゃああーしたちはマスターの応援とか、しとく?」
「好きにしろ」
「じゃー、そーする!」
「それではご主人、ご武運を」
レインとセパが庭の隅っこまで下がった。
「ガウル、健闘を祈るよ」
アリスも、精霊二人の近くに下がった。
三人で見物を決め込むらしい。
「ねぇねぇ君、マスターとはどんな関係なの?」
「私もご主人の過去、気になります!」
「ああ、聖剣レイン君と聖剣セパ君だったね。僕と兄さまは――」
早くもレインとセパがアリスに話しかけている。
三人で仲良くしてくれると、俺もありがたい。
「そろそろ宜しいか?」
ガウルは準備万端の様子だ。
「ああ。遠慮はいらない。俺を殺す気で掛かってきてくれ」
軽く肩と首を回してから、俺は持ってきた聖剣レインを鞘から抜いた。
それからガウルに意識を向ける。
彼はそれに応じて小さく頷き、スッと腰を落とした。
「……ほう」
先ほどとは比べ物にならない殺気だ。
本気だということがビシビシと伝わってくる。
ガウル氏の構えは独特だ。
姿勢は前傾で低く、巨躯で剣を隠すように半身で構えている。
……なるほど。
巨体に見合わない剣のサイズは、このためか。
確かにこれでは攻撃のタイミングや剣筋が分かりづらくなる。
そこから導き出されるのは……『先手必勝』。
先の先を取り、相手の反撃を許さない。
獣人族の敏捷性と膂力の両方を十全に生かした戦法だ。
……だが、それだけ分かれば対処はそう難しくない。
「では、参る」
そう言うなり、グッ……とガウル氏の筋肉が凝縮する。
「ガルッ!」
獣の咆哮じみた気合ともに巨躯が弾む。
次の瞬間。ガウルは俺のすぐ目の前にいた。
「シッ!」
鋭い呼気とともに、ガウルの巨躯がギュルッと回転。
一瞬遅れて『サヴェージ・ハウル』の刃が襲い掛かってくる。
……が、ほぼほぼ予測してた動きと剣筋だ。
あとはその軌道上に、レインの刃を割り込ませるだけでよかった。
――ギャリッッ!
鉄と鉄のぶつかり合う甲高い音。
生じた火花が俺とガウル氏を
ここだ。
手首をグッとひねる。
レインの刃の腹で、ガウル氏の剣を滑らせるように受け流す。
それだけで、彼の放った回転斬りはあらぬ方向へと軌道を変えることになった。
「なっ……!?」
驚きの声とともにガウル氏の身体が流れ、たたらを踏む。
その隙に、俺は彼の間合いの外に脱出している。
ふう、危ない危ない。
内心、ほっと安堵の息をつく。
さすがにあの巨体の全体重を乗せた回転斬りをまともに受け止めたら、レインも俺の身体ももたないからな。
「今の技を初見で躱した……だと!?」
だが、ガウル氏は信じられない、といった表情で俺を見つめている。
「ふふ、やはり兄さまはまだまだ兄さまだったな」
「ふふ……ご主人はすごいのです」
「さっすがマスター!」
背後が少々やかましいが、とりあえずスルー。
「別に初見というわけじゃない」
俺はガウルに言った。
「まず第一に、剣を身体に隠す構えは珍しいが、唯一無二というわけじゃない。構えが分かれば、繰り出す攻撃のパターンもある程度絞り込める。それにガウルさんも、回避させないことよりも『型』を見せることに集中していただろ。だからそれほどトリッキーなタイミングで仕掛けてこなかった。だから受けるのは簡単だった」
ついでにいえば、ガウル氏は俺を本当にぶった斬ってしまわないよう、ギリギリとところで剣を止めるような動きを見せていた。
それも含めて、凄まじい技量だとは思う。
「まさかあの一合で、そこまで見抜くというのか……」
愕然とした様子のガウル氏。
とはいえ、ある程度熟達した聖剣錬成師ならば、このくらいはお手の物だ。
なんだかんだで達人たちの剣や戦いぶりを見て、そして身体で受け続けてきたのだからな。
……少なくとも元工房の先代はそうやっていたし、俺もずっとそうしてきた。
「よしガウルさん、もう何点か確認したいことがある。技のすべてを見せてくれとは言わないが、もう少々付き合って欲しい」
「うむ、承知した! ガルル……ブラッド殿、今度は本気でいくぞ! 出し惜しみなしだ!」
「……お手柔らかに頼むよ」
こうして俺は、テンションの上がりまくって当初の目的をすっかり忘れてしまったガウル氏の剣を、日が暮れるまでひたすら受け続けたのだった。
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