第19話 『勝負を挑まれ完勝する新人』

「おい新人、勝負だ!」


 ダンジョン――『鉄錆泉洞テツサビセンドウ』に足を踏み入れるなり、ギースがそんなことを言い出した。


「一応聞くが、なんの勝負だ?」


 まあ……正直なところ『やっぱりな』と思った。


 ここに来る間、ギースの目がずっと俺を睨んでいたからだ。


 結果的にケンカで負けた格好になったのが納得いっていないらしい。


 今度は武器ありで、とかいうつもりだろうか。


 ギースはギルドにいたときとは違い、重装鎧を着こみ、身の丈より長い斧槍かついでいるという完全武装だ。


 鼻息も荒く、準備万端のご様子。


 ちなみにメンバーのファルは大剣使い。


 ベティは支援系の魔術師という構成だった。


 しかし……これは困った。


『おーっ、いいねー。あーし、バトルは大好きだよ!』


『ふふん。ご主人、レイン、やっておしまいなさい』


 俺の気も知らず、レインとセパは言いたい放題だ。


 つーかセパは誰から目線なんだそのセリフ。


 お前実体化してたら絶対面と向かって言えないヤツだろソレ。


 それはさておき。


 俺はギースと戦えない。


 模擬戦でもだ。


 それはなぜか。


 聖剣レインの力が『魔力漏出ドレイン』だからだ。


 魔物は魔力で構成された存在だが、人間も当然魔力を持っている。


 それを身体から根こそぎ奪われれば、欠乏症で昏倒は免れない。


 今回は俺がファルたち『暁光の徒』との合同依頼だ。


 しかも先方は、このダンジョン最奥部に巣くう『オーガセンチピード』討伐依頼を受けている。


 ランクBの強敵を倒す、かなり難度の高い依頼だ。


 どこの世界に、そんな高難度依頼を遂行する前に仲間を戦闘不能にしようとするバカがいるか、という話だ。


 だが、ヤツの出した提案は俺の予想と異なるものだった。


「ハン! 決まってるだろ。鋼甲蜘蛛の討伐数だ。当然受けるよなぁ?」


「俺が必要としている素材は大した数じゃないぞ」


 義手作りに必要なのは、鋼甲蜘蛛十体分から取れる粘糸だけでいい。


 討伐数を競うような数は必要ないのだが。


「そんなの関係ねえ。このままじゃ殴られ損だ。収まりがつかねえんだよ」


 憤懣やるかたない、といった様子のギース。


 なんて自分勝手な奴だ。


 まあ、決闘でないだけマシではあるが。


 ファルが後ろで「また悪い癖が……」とか頭を抱えている。


 リーダーならちゃんと手綱を握っていてほしい。


「ブラッド殿……本当に、本当にすまない。だが、もしよかったらギースの申し出を受けてはくれまいか。もちろんどちらが勝っても負けても、私が貴殿の評価を変えるつもりはない。太陽に誓ってもいい」


「それはどうでもいいんだが……」


「私からも、頼みます。ブラッド様には、ギースがごろつきの類ではないと分かってほしいのです」


 ベティまで、そんなことを言ってくる。


 どうやらギースは、ファルたちに相当信頼されているようだ。


 もっとも、二人とも彼が勝つとは思ってなさそうな様子だったが。


 ……はあ。


 そうまで言われてしまえば、俺としても断りづらい。


 俺の依頼が終わった後には彼らの依頼をこなす約束になっているからだ。


 ちなみに『暁光の徒』が受けている依頼は、このダンジョンの最下層にいる魔物の討伐だ。


 オーガセンチピードという巨大なムカデの魔物で、その毒腺が必要とのことだった。


「分かったよ。そのケンカ、買った」


「おお、そうこなくっちゃだな! まあ断るわけがないと思ってたがな……ガハハ!」


 言って、ギースが豪快な笑い声を上げた。


「じゃあ、どうする? 規定数までとは言わないが、狩り尽くすような真似をしたらペナルティ喰らうだろ」


 ギルドの依頼は、ある意味乱獲を防止するための抑止力でもある。


 ダンジョン利権は、先の戦で大きな功績を残した冒険者ギルドのものだ。


 勝手に第三者が入り込んで魔物を討伐するのは王国の法律上禁じられているし、なにより冒険者ギルドを敵に回すことになる。


 実際、ギルドの警告を無視して魔物を乱獲しまくった冒険者(に偽装した素材転売屋集団)が賞金首に指定され、高ランク冒険者たちの広域殲滅魔術で拠点ごと消し飛ばされたことがあった。


 さすがに俺はそんな連中と同じ轍を踏むつもりはない。


「フン、確かにその可能性もなくはないか。俺が狩り尽くしちまうことだってあるかもしれないからな」


 ……大した自信だなオイ。


 ちなみにファルとベティは苦笑している。


「じゃあ、こうしよう。どっちが先に鋼甲蜘蛛を十体狩れるかの勝負だ。これくらいならば乱獲にならんだろう。俺もそれ以上素材を集める必要はないしな」


 魔物を狩る以上、こちらも想定外の危険にさらされることがあり得る。


 規定数があるといっても、乱獲しなければ基本お咎めはない。


 鋼甲蜘蛛ならば、合計二十体程度狩っても問題ないはずだ。


「いいだろう。だが、それでいいのか? 三十分もかからんぞ?」


 ほう、大口を叩くじゃねーか。


「俺は問題ない。じゃあ、決まりだな。鋼甲蜘蛛が生息する階層に到着した瞬間からスタートでいいよな?」


「ハッ! 後でほえ面かくなよ?」


 こうして俺とギースの『チキチキ! 鋼甲蜘蛛ハントRTA』がスタートしたわけだが……


 結論から言うと、勝負はあっという間についた。




 ◇




「はあ……はあ……おい、嘘だろお前……鋼甲蜘蛛だぞ? 危険度Cの魔物だぞ……?」


 ギースが肩で息をしながら、信じられないといった顔で俺を見つめている。


「そうは言ってもだな。まあ、案外腕は鈍っていなかったみたいだ」


 俺の魔導鞄マジック・バッグの中には、きっちり十束分の粘糸が収まっている。


 正直、圧勝だった。


 というか、十分でカタがついた。


 どうやら鋼甲蜘蛛が繁殖期を迎えていたらしく、つがいで見つかることが多かったのだ。


 ちなみにギースのスコアは五体だった。


 まあ普通の武器でならば、十分で鋼甲蜘蛛を五体倒しただけでも十分凄腕の部類だろうとは思う。


 たしかにこのままいけば十体倒すのに三十分かからなかっただろうし、口だけのチンピラ気取りではなかったということだ。


 俺はギースの評価を『ファッションチンピラ』から『傭兵崩れ』に格上げした。

 

 しかしレインの『魔力漏出』やはり威力がエゲツないな……


 万が一にも負けたくなかったから多少ムキになったのもあったが、刃に触れた瞬間に魔物が蒸発するとか、錬成した俺もドン引きだぞ……


『ふーーっ♪ やっぱりバトルは楽しーね!』


『ハッ! 我が妹はダンジョンにて最強!』


 今回はファルたちがいるので実体化していないものの、レインも魔物と戦えたせいかご満悦だ。


 同じく実体化しない約束で連れてきたセパのドヤ声は……うん、オーガの威を借る妖精フェアリーってとこだな。


「クソ……俺の負けだ! だがお前……その口ぶりだと、元冒険者だったのだか? そういうことは先に言え、この新人詐欺野郎!」


 ギースが悔しそうな顔で地団駄を踏んでいるが、時すでに遅し。


「そういわれてもな。そもそも聞かれなかったし、新人だと決めつけたお前が悪い。戦いの勝敗は、お前が提案したときからすでに決していたんだよ」


『ご主人、それを『詭弁』と言います。ですがグッジョブです』


『まあ、勝てばよかろうなのだ! っていうじゃん? 言うよね?』


 人造精霊様のお墨付きも出たことだし、ここは俺の完勝ということで。


「つーかよ、なんだその剣は! あの鋼甲蜘蛛を粘糸ごと斬った瞬間消滅させるとか、一体どうなってんだ! ずるいぞ、このチート野郎!」


 散々な言われようだった。


 まあ、チートズルかどうかはともかくとして、ギースの戦斧は見たところなかりの業物だし、魔術による斬れ味強化くらいはされているだろうが……ごく普通の武器だ。


 対してレインは魔物絶対殺すガールもとい聖剣なので、確かにそこは大きく差がつくポイントだったのは確かだろう。


 だが、そもそも武器や装備の性能が生死を分けるのは冒険者ならば常識だ。


 最上のものをそろえるのは当然だし、ギースもそうしているはずだ。


 少なくとも俺はそうした。


 そこにズルも何もないし、ギースの言い分は完全にいちゃもんだった。


「ギース。負けて悔しいのは分かるが、そこまでにしておけよ」


「うっ」


 と、ファルの声がダンジョンに響き渡る。


 ギースが片足を持ち上げたまま固まった。


 いかつい顔が完全に引きつっている。


 ファルが深く嘆息しながら、先を続ける。


「以前にも忠告したはずだ。相手への敬意を失えば、ただのゴロツキに逆戻りだと。そもそもお前はブラッド殿の力量を過小評価しすぎだ。彼の物腰を見れば、新人かどうかなどすぐに判断がつこうというものだ……それにお前はいつも……」


 完全にお説教だった。


 さすがのギースも、これには耐え切れなかったようだ。


 ドカッと胡坐をかき、観念した顔つきで両手を上げた。


「わーった、わーったって! そんなのはコイツと勝負した俺が一番分かってんだよ! ダンジョンにおける立ち回り……索敵、位置取り、魔物に対する知識や剣技に身のこなし……何もかも上だ! 武器の性能なんざ、ただの負け惜しみだ! 言ってみただけだってーの!」


「ふふ……ファル様だって、本気でお説教をするつもりなんてないですって。負けは負けですが、そこまで自身を卑下しなくても大丈夫ですよ」


 ベティが吹き出しながらも、生暖かい目でギースを見ている。


 どうやら三人はいいパーティーのようだ。


「はあ……ブラッドとか言ったな。俺の完敗だ。すげえな、あんた」


 ギースが胡坐をかいたまま、拳を作って俺に差し出した。


「俺はいい勝負だったと思うぞ」


 俺も同じように拳を作り、ギースの拳にコツンとぶつける。


「そういうことにしとくぜ、新人詐欺野郎」


 相変わらず口は悪いが、声色に邪気はない。


 むしろ尊敬の念が感じられた。


「よし、これで貴様もブラッド殿とのわだかまりが解けたことだろう。皆で力を合わせて依頼をこなしていくぞ。……ブラッド殿、引き続きよろしく頼む」


「ああ、もちろんだ」


 そんなやり取りをしたあと、俺たちはダンジョンの奥へと歩を進めたのだった。

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