余暉の覚え書き

 随分と急な出来事だった。

 いきなり志遠様がご自分の家を訪ねて来たのだ。

「余暉、頼む!」

 こんな風に慌て急いでいる志遠様を見るのは初めてだった。

 いつもなら悠長にやり取りをするのに直接言って来るとはどんな変化があったのだろう。

「少しお疲れですか? 休んで行かれては?」

 そうだな……と言って、ご自分の家でしばしのんびりされた後、すごく真剣な顔で言って来た。

「お前は知っているか?」

「はて、何でございましょう?」

「いや、心当たりがなければ良い」

 そう言って、後宮に戻られたが、本当は知っている。

 もうこの後宮の外でも有名な話だ。

 あの皇帝陛下のお側に居た方のお嬢様がねー……と。

 自害したようだよ、ご自分を責めてしまったらしい……。

 あんまり大声で言うもんじゃないけどね。

 人々はコソコソとそんな話をする。

 けれどそれを聞けるのはそこに住む人だけでたまにやって来る方には耳に入らないようにしていた。

 それを知って、どうなるものでもないが、とばっちりを食うのは誰だって嫌だからだ。何が原因でそうなるか分かったもんじゃないというのを心得ているからそうなっている。

 志遠様が行った事は間違いではない。正しい事だ。

 九垓にすら頼らなかったこともすごいと思う。

 だけれど結果として、それは悲劇になってしまった。

 他人はどうにもできないと、思い知らされた。


 の緑妃はこう答えたそうだ。

『あれはずっと側に居てくれて、愛しく思ったからです』

 それだけでそうなったのではないが、前例がある。

 月夜の蓮摘みだ。

 あれは子の母という決定的な立場があった為、その子共々殺されている。

 今回の場合はまだその子がない。だが万一の場合もあるということでその身を持って分からせる為、緑妃は後宮を出て幽閉ということになり、あの明明は噂話に救われる形で無理やり感が漂うも陛下の為にやっていた事ということになり、実際には志遠様がそういう事にする為、ひっそりと裏で根回ししたようで、春鈴の後宮入りの時に利用したのかされたと思われるどこかの貴族の家に下働きとして行かされることになった。

 緑妃の父はそんな娘の父ということで陛下の側近という立場でいるのが居辛くなり、その職を外され、遠い地でひっそりと生活することになった。

 殺されるよりは良いだろうという陛下の言葉でそれほどまでに期待されていたのかと皆思ったようだが、後に緑妃は妊娠していないことが分かり、こうなってしまったのは全て自分のせいと責めて噂通りの結末となった。

 あれから少し時が経ち、明明はその事を知らずにまだあの家に居るのが確認されている。

 その緑妃の代わりに新しい娘が陛下の所にやって来たのだが、お気に入りにはなれなかったらしく、また新しい娘を探さなくてはならなくなったと九垓がほざいていた。

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