帰路に

 その帰路で何か話さなくては! と思ったのか春鈴は志遠にこう口走った。

「皇帝陛下の一族の方は昔から綺麗な方を望まれると言われているのですよ!」

 そうなのか……と志遠は思う。

 だから、湖妃になる前の浮光を初めて見た時、それに過剰に反応したのだろうか。

 なら――。

「お前は無理だろうな」

「何故?」

「綺麗というより可愛いから」

「な?!」

 そう思ったのは春鈴だけでなく、そう言った志遠もそうで、ここに九垓が居たら確実にこの場では騒がないにしても後で二人きりになった時にニヤニヤと笑いながらこそっとつついて来るだろう。

 九垓と雨露が居なくて良かった……。何故こうなってしまうんだ……? と戸惑いつつも安堵し、それでもこれは口外せぬようにと言い聞かせておこうと思い、志遠はゴホン! とわざとらしい咳払いを一つし、それ以上春鈴を喋らせないようにした。

 でも、まだ春鈴は何か言いたそうに口を微かに開けたり閉じたりするばかりで先が言えないでいる。

「何だ? そんなにおかしいか?」

「いえ! ただ……」

「何だ?」

「嬉しくて!」

「へ?」

 意表を突かれた。

 本当にぽぅ……となったような少し赤面しながらも春鈴は志遠の顔を見ずに言う。

「私、そう言われたこと初めてで、そうですか、食いしん坊じゃなくて良かった……」

 安堵したように顔をほころばせる。

 こちらも同じように冷静になれた。

「そうか、その道もあったのだな」

「な、何をおっしゃいます?! 今し方は可愛いって言って下さったのに!」

「宦官に言われても嬉しいものなのか?」

「え、それは……」

 少し黙った。

「そうですが、あなたは!」

「これ以上は何も言うな。言っただろ? 俺も少しいじわるをした。悪かったな」

「では、そう思ってないと?」

「いや、思ってはいるんだと思う。心のどこかでは」

 そうじゃなければそんなこと言えるはずがない。

 こんな宮女に――。

「それってどういう事ですかぁ……」

 と少しばかり不貞腐ふてくされる春鈴を見ながら志遠は思う。

 この宮女、まこと、不思議だ。やはり、前世はあの猫だったのだろうか? それが分かる日が来そうにないことは分かっている。その方が良いだけだ。

 確実に志遠は春鈴を思う日が増えて来た。

 だが、それはきっと出来ない者だからであって、あの時とは違う。

「さて、帰ったら」

「美味しいものですね!」

「まあ、それもあったな」

「じゃあ、何をするつもりなんですか?」

「お前が知らない事だ。それにお前には勉強やらがあるだろう?」

「そうですけど、口約束は嫌ですよ!」

「分かっている。すぐに用意はできないから待っていろ」

 何だろうな~……と楽しそうにする春鈴を見て、志遠は余暉に何か作らせようと考え、深潭にも何か仕事を与えるか……と考えながら歩を進めた。

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