2 小さな冒険者
空中散歩
圧倒的なステータス。
それが何を意味するのか。俺はすぐに気づくことになった。
誰よりも速く動く。それだけで人間は目で追えない。
もちろん全く見えないわけではない。だが、チラリと何かを見つけて、確認しようとして視線を動かす。そのわずかな間に別の場所に移動してしまえば、相手にとっては最初からいなかったことと同じだ。
俺は誰にも制止されることなく疾走した。
宮殿の中は広かったが、この速度だとどこへ行くのもアッという間だ。
建物の中心、玄関にあたる場所はすぐに見つかった。ロビーのように広い空間になっていて、武装した兵士が大きな扉を守っている。
強行突破も考えたが、やはり騒ぎになるのはマズい。俺はロビーの階段を駆け昇り、ズラリと並んでいる部屋のひとつに入りこんだ。
ドアに鍵はかかっていなかった。どうやら清掃中らしい。ベッドからはシーツが外され、折りたたんだタオルが置いてある。
「脱出するなら窓からだな……。ミリア、俺がここから飛び降りたら、ケガをすると思うか?」
俺は、窓を開け放って下を見た。
ベランダはなく、伝わって降りられそうな場所もない。
たぶん天井の高さが違うんだろう。ここは二階のはずだったが、校舎の三階よりも高い気がする。
「イイエ。その可能性はありません。ただし、あまりオーラを集中するのはオススメできません。周囲の環境を破壊するおそれがあります」
「オーラ?」
「体にまとう魔力の障壁のことです。先ほど剣を防いだのもオーラの効果です」
「攻撃されても平気なのか」
「ハイ、ショウヘイ様なら対戦車ミサイルでも無傷です」
「そりゃあ確かに化け物だ……」
それでも飛び出そうとすると足がすくんだ。
大丈夫、大丈夫。ミリアを信じろ。俺は無敵だ。落ちたって死ぬわけない。
俺は必死に自分に言い聞かせた。いくらステータスが高くても、精神力まで底上げしてくれるわけではないらしい。
「えいっ!」
窓枠を蹴って外に飛び出した時、俺はまるで空を飛んでいるような気がした。
えっ、いや。まさか。本当に飛んでる?
ブーブーブー。空中でスマホが鳴った。
うわわっ、何だ。何が起きた。
スマホが震えている。地震速報とかの時に鳴る、アレだ。
「警告。緊張による魔力増大により飛行魔法が発動しました。制御が不安定なため、落下するおそれがあります。呪文による制御を推奨します。呪文コードは『ジャズニム、スーク』です」
音声だけでなく、画面にも呪文が表示されている。
何だよ、それ。子ども向けのアニメじゃあるまいし。
俺は自分の中の黒歴史を思い出した。小学生の頃、近所の公園でブランコから飛び降りてケガをした。その時は、呪文を唱えれば飛べるような気がしたんだ。
うわっ。
ためらっているうちに体が反転した。上と下とが逆になる。
風ではためいている制服のジャケットから、さっきもらったばかりの金貨の袋がすべり落ちた。ヤバい。あわてて、それを空中でつかむ。
「ジャ……ジャズニム、スーク!」
ヤケクソになって叫んだ瞬間、俺は鳥になった。
空中の散歩は爽快だった。
呪文を唱えてからは、制御が驚くほど楽になった。まるで背中から見えない翼が生えたみたいだ。右に左に。自由自在に空を飛んでいく。
宮殿の敷地も塀も、あっさりと越えた。このままどこまでも飛んで行けそうだ。
空から見ると、さっきまでいた王宮は都市のちょうど中心に位置していた。
都市全体が城壁で囲まれている。外敵から身を守るためだろう。その外側には川から引いた水路がある。
なかなか美しい
風が気持ちいい。地上にいる人間が小さく見える。
見える……。ちょっと待て。そうだ、俺のことは下からも見えるハズだ。
空を飛んでいる人間を見たらどうなる? 驚いて通報されるに決まっている。そうすればすぐにまた、王宮から追手が来る。
そうだ。それならむしろ、高度を上げたらどうだ。この魔法ならどこまででも飛んで行けそうだ。いっそのこと、別の国まで行ってしまえば追手を心配する必要もなくなる。
ピリッ。
不意に、電流のような痺れが体を走った。
あわてて高度を下げる。ちょっと待て。ここは都市の上空だぞ。さえぎるものは何もないはずだ。
「ミリア、これは何なんだ?」
「モンスターから王都を守る結界です。一定以上の魔力を持つ者は、この結界を越えられません。ショウヘイ様の魔力なら破壊して突破することも可能ですが、その場合はこの都市全体に警報が出ることになっています」
「一定の魔力って……そうだ。例の、ステータス偽装でゴマかせないのか」
「飛行魔法を使用中にステータス偽装のスキルは使用できません」
まあ、それはそうか。
ミリアの説明に、俺は妙に納得してしまった。
「つまり、まだ都市の中にいろってことだな……」
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