??? 灯火なき街 9
何故かって?
俺のこの顔色を見てもわからない?
え?真っ暗で全く見えない?それは失礼。
恐怖で震える足を強引に動かし、血の気の引いた手のひらで床をまさぐる。
そう、俺は今、完全なる"フリーズモード"に突入していた。
この館で彼女の落とし物を捜すにはこの方法しかない。
金木さんの話と、中に入った連中のリアクションから推測して、この館はあらゆるセンサーで侵入者の恐怖のサインを探している。
監視カメラの位置は、おおよそ予想がつく。そもそもこの暗闇ではまともに機能しない。
残るセンサーは赤外線カメラや、湿度センサ。ひょっとしたらCO2センサも備えているかもしれない。
つまり、人が生きている限り発するもの──体温、汗、呼吸を検知し、その変化から恐怖の度合いを測っているのだ。
少しでも恐怖のサインを見せてしまえば、それに応じて館のルートが変更される。──つまり、"青蓮院ルート"からはずれてしまう。
それを防ぐためには、一切の恐怖のサインを出してはならない。
俺の"フリーズモード"は、それを可能にする。
簡単に言えば、仮死状態になってるってことだけどさ……。
緊張を極限まで高めることで、すべての身体機能を極端に抑える。
え?人の視線を感じない闇の中で、どうして"フリーズモード"が発動するのかだって?
すべては俺の意識の問題。
つまり、|俺《・》が《・》周《・》囲《・》の《・》視《・》線《・》を《・》感《・》じ《・》て《・》い《・》る《・》と《・》錯《・》覚《・》す《・》れ《・》ば|、このモードは発動するのだ。
いわば、自発フリーズモード!!
(ふっ……理論上は可能だと思っていたが、まさか本当に可能だったとはな……!)
などと格好つけてみたものの、何のメリットもない、ただ無様なだけの無駄な特技だ。
情けないったりゃありゃしない……。
いつものフリーズモードと違い、かなりキツい。
意識レベルを保ちながら、身体機能を極端に落とすために相当の負荷をかけなくてはならなかった。
頼む、俺の意識が飛ぶ前に、早く見つかってくれ……!
「どういうことなの、一体、何が起きてるの?」
画面を見つめている、
彼女の理解を超えた存在が、未だに館の中にいる。
すべての気配を消し、遅々とした速度で、同じ場所を何度も往復している。
完全に意味不明だ。本当に、亡霊が彷徨っているとでも言うのか。
「イヤ……
まさか、怖がらせる対象である侵入者に、逆に恐怖させられるとは夢にも思っていなかった。
人は、未知の存在に恐怖を覚える生き物なのだ。
それは、
「恐い……どうしよう……!どうしよう……!」
パニックに陥りかけている
それは、教師として最も待ち望んだ彼の姿、その一端を垣間見れたからだ。
心の中で、エールを送る。
(頑張れ……!佐藤クン……!)
(やっと……みつけた……)
暗闇の中でつかんだ確かな手応え。
この形は、間違いなく眼鏡だ。
……かすかに彼女の匂いがする……
ちょっとだけかけてみようかな……。
いや、ダメだ。そんなことをして心拍数を上げようものなら、瞬く間に館のギミックの餌食になる。
最後まで油断せず、このままのペースで出口まで向かうんだ。
(……しまった!)
出口を目の前にして、俺は致命的なミスに気づいた。
間違いなく致命傷だ。どうしてこんな簡単なことに気づかなかった?
このまま出口から出たら、間違いなく目立つ。
彼女の眼鏡を持ったまま、悲鳴一つあげずに館を攻略したヒーローとして。
(……考えただけで恐ろしい!)
周囲の生徒から浴びる、羨望の眼差し。
ただでさえ自発フリーズモードで疲弊している状態なんだ。瀕死の時にそんな視線の集中砲火を浴びようものなら、間違いなく死んでしまう!
しかし、このままここに居座るのも限界だ。
自発フリーズモードを維持することもできない。
つまり、八方塞がりだ。
(まさか、こんなところで……!)
俺が諦めかけたそのときだった。
「──きゃっ!?」
「おい!どうして館の外まで真っ暗になってんだよ!?」
すぐそばの出口から悲鳴が聞こえる。
どうやら、すべての照明がOFFになったらしい。
こんな都合のよいことがそうそう起こるわけがない。
そんなことを起こせるとしたら──
『今なら、暗闇に紛れて眼鏡を渡せるわ。そんなに長くは持たないから急いでねぇ』
「──香田先生……」
すぐそばのスピーカーから、ささやくような先生の声。
『早くクリアして頂戴。そして、恐怖で生徒を支配するなんてことが、いかに愚かなことかを証明してねぇ』
「先生──」
俺は静かにその場に立ち上がり、スピーカーに向けて小声でこう応えた。
「生徒が隠している本名をばらすぞといって、散々人をこき使った教師の台詞とは思えませんね」
『あ、あれは本当に切羽詰まってたのよ。反省してるし、そう思ってるからこそこうやって助け船を出してるんじゃない』
「なにはともあれ、助かりました。本当に……」
こうして、俺の恐怖の館探索は幕を閉じたのだった。
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