明日と明後日


 バッティングセンターの次は一体どこに連れていかれるのかとドキドキしていたが、彼女の次の提案は意外なものだった。


「実は、さっきの所でネタが尽きちゃったんだ。アハハ……」


 すまなそうに頭を掻く。

 毎日のようにクラスメイトと商店街を巡っているのだが、彼らと行く場所はメジャーなところばかりで、他のレビュアーたちとの競合が起こるのは嫌らしい。


「せっかくだから、他の誰もが気付かないような掘り出し物のスポットを紹介する記事が書きたいんだ!」


 彼女の言うことは、ある意味理にかなっている。

 多部ログの成り立ちを考えれば当然と言えば当然で、商店街の健全な活性化が狙いなのだ。

 みんなが普段通っているメジャーな店にばかり注目が集中するのは互いに避けたいところだし、その学院側の意図は、そのまま多部ログの採点基準にも反映される。


 おそらく、彼女はこのイベントでトップのレビュー記事をかき上げるつもりなのだろう。

 そうであれば、紹介する店がメジャーなものばかりでは絶対に届かない。


「だから、午後は商店街を散策してみない?できれば、メインストリートじゃなくて、昨日の喫茶店みたいにひっそりとした場所を」


 彼女の提案を断る理由はない。

 ただ、一言だけ断っておきたかった。


「いいけど、さっきみたいな連中に絡まれないように気を付けようね」


 




 いくつかの店を巡り、夕方に差し掛かった頃。彼女はまたも恐るべき提案を持ち掛けてきた。


「ねえ、よかったら明日もどうかな?」


 おいおい、どうしてこんなに積極的なんだ。

 いや、彼女の多部ログにかける情熱は本物なのだ。決して、俺と過ごす時間が気に入ったとか、そんなことはないのだ……残念ながら……。


「試しに、レビュー記事を書いてみようよ。お店の探索も大事だけど、肝心の紹介文がお粗末だったら話にならないじゃない?」


 確かにその通り。

 俺は黙って頷き、明日の待ち合わせの段取りを交わして、その日は家路についた。





「約束では、いくつか下書きを持って行って互いに校正しあうことになっていったからな。気合を入れて書かないと!」


 だてに毎日のように物書きやってないからな。

 彼女を唸らせるような、最高の記事を書いていくとしよう。


 というわけで、今日は珍しく小説とラブレターの下書きはお休みだ。


 今日一日の記憶を掘り起こし、俺は全身全霊でレビュー記事を書き始めるのだった。




 そして、この日、web小説の更新を初めてやらなかった。

 もしも少しでもwebサイトにアクセスしていたら、きっとあんなことにはならなかったに違いない……




 ──翌日、


「どう、かな?」

「……」


 待ち合わせの場所は、金曜日と同じ喫茶店。どうやら、彼女はここが気に入ったらしい。

 そして彼女は今、レビュー記事を覗き込んだまま、しばらくの間じっとしていた。

 よくよく考えてみれば、自分の文章を誰かに直接読んでもらうのって初めてだ。


 やべえ、この三日間の展開が怒涛すぎて何も考えてなかったけど、急に緊張してきた。

 そもそも、俺の小説ってネットじゃ全くと言っていいほどウケてない訳だよな。ひょっとして、俺って文才ないのかもしれない。

 ああ、なんだか一斉にいろんな不安が押し寄せてきた。


 降って湧いた恐怖に独り耐えていると、彼女がおもむろに顔を上げた。


「佐藤くん……」

「は、はいっ」


 小動物のように背中をピクリと震わせる、俺の手を彼女がギュッと握りしめた。


「凄いよ!こんなに文章が上手な人、初めて見た!」

「え、そ……そうかな」


 予想外のリアクションに、戸惑ってしまう。

 幸い、この喫茶店には他に客がいないため、どれだけ騒いでも目立つことはないのだが。


 とにかく、こんなに褒められるなんて思わなかったから、マジで嬉しい。

 俺の文章を世界で最初に褒めてくれたのはエドさんだが、リアルの世界で初めて感想をくれたのが彼女だなんて、感無量だ。生きててよかった。


「でも、なんだかこの文章。どこかで読んだことがあるような気が……」

「え?本当に?これでも結構本を読む方だから、無意識の内に癖がうつっちゃったのかもね」


 そんなはずはない、と思いながらやんわりと彼女の意見に同意する。

 何か引っかかるものがあるようで、何度か文章を読み返すも、やがて諦めたように顔を上げた。

 気のせいだろうか、いつもと違って肩の力が抜けているように感じる。


「あとはやっぱり店選びだね。超穴場スポットを見つけ出して、最高の記事を書こう!」


 一人盛り上がる彼女を見つめた後、俺はそっと手元の記事に目を落とした。

 レビュー記事は二本ある。もちろん、もう一本は彼女が書いたものだ。


「そういう青蓮院さんも、とてもきれいな文章を書くよね」

「え?あ、そうかな……なんか照れちゃう」


「うん、凄いよ。この店の珈琲の味、香り、そして少しくすんだ店内の空気まで浮かんでくるようだ。細かくて正確な描写は、まるで……」


 そこまで口にして、ふと口が強張る。理由は簡単だった、次に何を喋ろうとしたのか忘れてしまったのだ。

 あれ?なんだろう、この既視感は。彼女の文章を読んでいると、何かを思い出そうとするんだ。


 でも、何を?


 一人で頭を抱えていると、彼女は強引に俺の手元から原稿用紙を奪い去ってしまった。


「佐藤くんに比べたら全然だし。そんなにじろじろ見られたら恥ずかしいよ」


 珍しく顔を赤らめている。

 うん、こんな恥じらいのある表情も超可愛い。


 この顔の前じゃ、ちょっとした疑問もすぐに吹き飛んでしまうってもんだ。







 それから少しだけ商店街を散策して、今日は解散になった。

 事前に言われていたが、午後は用事があったらしい。


 まさか三日連続で彼女と二人きりで過ごせるなんて、夢のような週末だった……。

 これから一か月、ずっとこんな日々が続くのかと思うと幸せで脳が溶けてしまいそうだ。


 恍惚とした表情で自室の椅子に座る。

 いつもの流れでPCを立ち上げ、二日ぶりにwebサイトを覗いてみた。




 するとそこには、俺が想像もしていなかった光景が広がっていた。






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