第44話 真実が壊すもの

※残酷な表現がありますので、苦手な方はご注意ください。



 ◇ ◇ ◇

 

 


 様々な命が息絶えて作った道しるべ。

 セル・ノアは今、それを辿って王都近郊に来ていた。


 全速力で走る豹に追いつける者はいない――汗と泥と魔獣の返り血にまみれた自身の身体は、鉛のように重いが、振り返っても追手がいないことに安堵あんどする。


【ちちうえ……】


 幼い子供のように、呼んでみる。

 王都の上空に浮かぶ異形の姿は、伝承の魔王そのものだからだ。

 だが――


【にん……げん……?】


 歪んだ二本の角が頭頂に生えた、黒い肌で赤い目の魔王は、黒い豹の尾を揺らすが人の顔をしているように見える。

 喉の奥が絞られるような感覚が、セル・ノアを襲った。


【そ……んな……】



 人間への復讐心で生きてきたのに。全てをそれだけに捧げてきたのに。



 ――えぇ~そんなのほんとに信じてるの?



 セル・ノアの頭の中を、クロッツの台詞せりふがこだまする。

 

【ちがう! ちがう! あれは、父上ではない!】


 走り出した。

 心臓が引きちぎれそうに痛い。全速力で走って来たその体中が、悲鳴を上げている。


 心も、悲鳴を上げている。

 足元が崩れ落ちそうだ。

 

 

【魔王は、やはり、邪悪な人間だったのだ! 父上を、助けに行かねば!】



 セル・ノアは、走る。自分の信じたい道を。




 ◇ ◇ ◇




 杏葉は、浮いている自分の体を自覚して戸惑う。

 次に、戦いつつも見上げる皆の動揺した顔に、戸惑う。

 最後に、敵意むき出しのマードックの視線に、戸惑う。

 

「あれ……」

 

 手のひらを見つめると、光に包まれていて。

 さらによく見ると、様々な精霊たちが取り囲んでくれている。


「あ、そっか。私……」


 頭の中に、前魔王の声が響いてきた。


 

 ――もしも遠い未来。神の困難を乗り越え、全種族交わる時が、再び来たならば。我は償いとしてそれを助けよう。

 


 孤独を抱えた杏葉は、前の世界で、それでも通訳として人々を繋げたいと強く願っていた。

 だが、その機会を奪われて、絶望。両親のもとへ行きたいと、無意識に願ったのかもしれない。



 ――過酷な世界へ呼んでしまってすまない。だが、その命を失うというのなら、欲しかった。君の力が必要だったのだ。



「そっか……」


 

 ――再び皆を繋げてくれたこと、感謝する……もう、あやまちを繰り返させたくはないのだ。



「うん。分かります!」



 ――すまない……頼む……



「ううん。呼んでくれて感謝してます、魔王様――カイロス。だってね」


 

 杏葉は、少し離れた場所で魔王と相対していたガウルを探し、見つめた。

 ガウルはそれに気づき、マードックを警戒しつつも、心配そうな顔で見上げてくれている。

 透き通った青い瞳で。



「好きな人が、たくさん、できたんです! みんなを、守りたい!」


 

 ――そうか……ならば、願うと良い。強い思いこそが、力だ。



「はい!」


 背中を押されて、強く願うと。

 身体から、魔力があふれ出したのが分かった。それらは大いなる力となって、仲間たちを包むかのように、王都中へ広がっていく。


 すると、魔獣たちの動きが止まった。

 襲い掛かろうとした姿勢のまま、はく製のように固まるそれらに、騎士たちは警戒しつつも、地面に片膝を突いたりしている。

 とっくに全員限界を迎えていたことが分かり、ガウルやランヴァイリーが今のうちに休め! と方々に指示を飛ばすため、走り回る。


「あじゅー!」

「アズハ!」


 ジャスパーとダンに杏葉が手を振ってみせると、ようやく安心した顔をしたが同時に。


「魔王が!」

「気をつけろっ!」


 気づくと眼前に、マードックが浮いていて――


「邪魔者めが」


 両手に黒い炎を掴み、無造作に杏葉へ放り投げた。


「っ!!」

【アズハッ】


 杏葉の身体の前に、両腕を広げて無防備に飛びあがったのは


「リリッ!」

【ギャニャッ】


 咄嗟に走って来たリリだ。

 杏葉をかばって黒い炎を全身に受け、黒焦げになって落ちていく。杏葉は咄嗟に抱こうとしたが――そのまま一緒に落ちるしかできなかった。


「リリッ、リリッ!!」

 

 精霊たちの助けで何とかふわりと地面に降りられたが、リリの全身は黒く染まり、ぐったりとして反応がない。


「リリーーーーーーーーーーーーッ!!」

 

 華奢な身体を抱きしめて、杏葉は叫んだ。

 杏葉の怒りと悲しみで、大地が震える。


「はん、雑魚が邪魔を……」

「殺すなっ!」

「あ?」

「殺すなって言った!」

「ふはは、小娘が甘いことを……弱者は蹂躙じゅうりんされるが運命よ」

 マードックは、愉快げにまた炎を生み出し、無差別に投げ始めた。

 


 ――ゆるさない



 杏葉は、物言わないリリをぎゅうっと抱きしめる。

 駆け寄ってきたジャスパーがその身体を引き取ろうとするが、離さない。


「あじゅ……」

「リリ、リリ」

「あじゅ、俺が……」

「リリ。私の大切な友達。絶対助ける。助けるの」

「ぐっ」


 そんなジャスパーの右腕も黒く燃え、徐々にそれが燃え広がっていき、膝を崩す。


「あ……じゅ……」

「ジャス! ああああっ」


 リリを抱えたままジャスパーに腕を伸ばすが、彼はそのまま倒れてしまった。

 

「フハハハハ。どうせ滅ぶ」

 

 杏葉が顔を上げると、仲間たちが次々と黒い炎に包まれていくのが分かった。

 滅びの炎に包まれて、ガウルをはじめとした獣人たちも、騎士たちも、エルフたちも。

 順番に地面に伏していく。


 その地獄のような光景の中、杏葉は独り立ち上がり、マードックと対峙した。


「滅ぼして、何になるの?」


 涙で濡れた頬で、杏葉は問う。


「殺したから、何だっていうの?」

「子供には分かるまい。我が楽園を、地上につく……」

「ばっかみたい」

「なに?」

「屍の上に立って、楽しいの?」

「力こそ正義だからな!」

「誰もいなくて、いいの?」

「足手まといなど、不要!」


 途端に、杏葉の雰囲気ががらりと変わった。

 

「羨ましくてたまらなかっただけだろう」

「なに?」


 ぎりっとマードックを睨むその表情は、彼女のものではない。


「黒豹は、白狼令嬢に横恋慕したが、叶わなかった。たかが人間に取られるなど、プライドが許さなかった。だろう?」

「な……」

「貴様の方がくだらん。ただの嫉妬だ」

 

 マードックが限界まで目を見開く。


「デタラメをほざくな!」

「デタラメならどんなに良いか」


 杏葉が生み出した白い光がマードックを覆うと、彼は身動きが取れなくなった。


「……ブランカが、ミラルバの手記を持っていた。気が狂う前に急いで書いたのだろう。字が乱れていて大変だったが、ブランカが懸命に解読したのだそうだ」


 杏葉は大きく息を吸い、そして吐き出した。


「前世も、今世も。これは、狂おしいほどの、貴様の……ただの嫉妬だ」

「きさ、きさまあああああ!!!!!」


 杏葉――カイロスは、白き光を一層強める。


「精霊たちが見てきた真実を、今、もたらそう」


 マードックは、割れそうな頭痛に襲われる。

 激しく頭を振って逃れようとするが、光は容赦なく魔王を覆い尽くした。


「やめ、やめろ! やめろ!」




 ◇ ◇ ◇




「ミラルバ! 人間と婚約すると、そう言うのか!」

「あら。それがなんだと言うの?」

「っ……」

「むしろ私は黒豹だから優れている、というような貴方様のその態度、好みませんの」

「……人間となど、うまくいくわけがないのだぞ!」




 ◇ ◇ ◇

 



「マードックッ、あなた、あなたまさか! 獣人!? そんな……けが、汚らわしいっ! このわたくしを、騙すなんて! この、ケモノ!」

「待て、待て! そなたは、私の妻だろうっ」

「ケモノごときが! 人間のこのわたくしを娶るなどと、なんてこと! 触らないでっ!」

「何が人間だ! ふん、お前の家柄は手に入れた。……もう、用済みだ」

 

 


 ◇ ◇ ◇


 


「憎い。憎いぞ人間ごときが……おおそうか、獣人と人との子が狂ったならば、ミラルバも目を覚ますであろう……くく、ククク」


 


 ◇ ◇ ◇


 


「人間の方こそ、欲にかられたケモノだ……獣人こそ至高……そうだ、この半人の、魔力で、獣人だけの世界を……!」




 ◇ ◇ ◇




「浅ましいだろう? 恐れることはない」


 杏葉のよく通る声が、王都中を駆け巡る。


「っくは、ははは、だが、この滅びの炎で! 全員焼き尽くし……!?」



 覆っていた光が収束すると同時に、マードックの眼前に迫っていたのは……



【なーにか言ったかにゃ?】

 


 白い光を帯びた鋭い剣を突き付ける、リリだった。





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お読み頂き、ありがとうございます。

マンウィズの『絆ノ奇跡』を聴きながら、書いております。

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