第27話 銀狼の持つ希望
エルフの里を旅立った杏葉、ダン、ジャスパー、ガウル、リリの一行へと新たに加わったのは、エルフ大使のランヴァイリー、そして
【ボク、今度こそ役に立ちたいな~】
という犬男爵のクロッツと
【
というキツネの獣人ウネグ、
【自分もお役に立ちたいです】
黒鷲の獣人アクイラだ。
獣人騎士団は人間たちに恐怖を与えてもいけないからと、ガウルの判断でいったん報告のためにリュコスへ帰らせることにした。
ちなみに副団長であるバッファローのブーイについては
『獣人国王レーウに、処遇についての文を出した』
と里長のシュナがニヤリと言っていて
『あれって人質だよ。獣人てエルフのこと利用しまくってたからね、この機会にツケを払わせる気だよ』
ランヴァイリーが肩をすくめていた。
良好と思われていたエルフと獣人との関係も微妙だったことに、杏葉たちは気づかされる。
里から出て数時間。食事のために腰を下ろしたのは、広い草原だ。
見晴らしの良い代わりに相手からも丸見えだが、大木の影もあって過ごしやすい。皆で円になってお互いの背後を警戒することにした。
「川を渡るのは今や難しいだろう。どうするか……」
エルフが持たせてくれた携行食であるビスケットをかじりつつ、ダンが独り言のように呟くと、
「そっすねえ。俺らが使った船はもうないですし」
ジャスパーが水筒の水をあおりながら同意する。
「ランさん、フィールドして良いですか?」
『ん~? ……いいヨン』
その会話を聞いた杏葉は、ランヴァイリーに断ってから言語フィールドを展開した。
エルフの里で行っていた時は気づかなかったが、杏葉の周りから魔力が溢れて空中に霧散する
それらを、ランヴァイリーが精霊たちの力を使ってフィールドとして固定する。杏葉の目には、飛び回る精霊たちが取り囲んでくれているのが見えるが、他の人たちには見えないらしい。
すごいと杏葉自身も思うが、ランヴァイリーは『オイラとアズハが仲良ければ、精霊はこうやって助けてくれるんだよ』と微笑みながら魔力を高め、結界のようなものを維持してくれるのだ。
「ありがとうございます! えっと、ガウルさん。どうやって人間の国に入りますか?」
「そうだな……」
誇り高き銀狼騎士団長は、目を閉じて苦悩する様も素敵だな、と杏葉は思わず
それを見たランヴァイリーは
「んもー。アズハ! オイラもがんばってるんだけどぉ?」
と頬を膨らませて拗ねた。
「えっ!? ごめんなさいランさん!」
「ちぇーーーー!」
そんなエルフの大使にさえ
「鬱陶しいエルフにゃね」
平気で冷たい視線を投げつけるリリに
「リリちゃん!? ひどっ」
となぜかランヴァイリーは弱い。
「リリさんてば、相変わらずっすねー」
クロッツが肩をすくめる視線の先には、警戒を怠らないアクイラ。
「アッキーったら~。今からそんなんしてたら、肩凝るよ? ゆるくいこうよ~」
「え……でもクロッツさん。自分、夜になったら役立たずですし……」
そんな真面目な黒鷲を見たウネグが、目を細めながら言う。
「夜は俺が巡回するんで、交代っす。信用ならんかもしれないすけど」
「うん。全然信用してないけど、目的があるうちは容赦しとく」
「っ」
クロッツの鋭い言葉は、ウネグの心臓を突き刺すかのようだった。
普段は人懐っこく見せているこの男爵が、ひとたび本気を出すと獰猛なハンターへと豹変することは、獣人騎士団員なら誰もが知っている。
「……やっぱり、クロッツさんが一番怖いです」
杏葉は、そんなウネグに助け舟を出す気持ちで割って入る。
「え? アズアズそんな風に思ってた!? 心外っ!!」
「言動を軽く見せて油断させる人が、一番サイコなんですよね」
「サイコ……ってなに?」
「良心がなくて、殺すことも平気な、怖ーーーい人のことです」
ウネグとアクイラ、そしてリリが何度も頷いている。
「あーれえー? なんで? 僕こんな優し……」
「揉めてる騎士団をその存在だけで黙らせた時点で、お察しだよ、男爵君」
「えええ? 大使までそんなこと言うぅ? あれは国王
「いやいや、ちっこいネズミが書類持ってたって、踏まれるだけデショ」
「そかな~~~~?」
コテン、と首を傾げるドーベルマン。
言動や仕草は可愛いが、気配は油断ならない。
そのギャップがますます恐ろしいな、と杏葉は密かに思っている。
「……ふう。やはり手段はひとつしかないか」
そうこうしていたら、ガウルが、ようやく目を開けた。
苦悩の表情は、変わらない。
「団長」
リリが、心配そうな顔を向ける。
「ああ。……仕方ない。家に帰る」
「はにゃ~!」
「あ~そういうこと」
事情をすぐに察知したのはリリとクロッツのみ。
その他は黙って次の言葉を待っている。
「俺の実家……フォーサイス伯爵家へ行こう。俺の個人的なことだが、できれば皆、秘密を守って欲しい」
「ガウルさん、もしかして」
杏葉も、悟った。
「ああ。俺の幼いころ、人間の子どもと友達になった場所へ。恐らくそこしかないだろう」
「フォーサイス伯爵家……!」
「自分、行くことになるだなんて思わなくて、その」
ウネグやアクイラが心底恐ろしいという顔をするので、人間たちはたちまち不安になった。
「え、そんなに怖いところなんですか!?」
「ガウルさんの実家っすよね!?」
「……何か事情があるのか?」
「ううむ……なんといえば良いのか、その……」
ガウルが
「団長より二回りは大きい、黒くておっそろしー狼がいるにゃね。しかも伯爵! こわいのにゃああああん!!」
あっけらかんと告げた。
「二回り!?」
ジャスパーが改めてガウルをしげしげと眺める。今でも見上げるほど大きいのに、これより二回りも大きいとは、なかなかの迫力に違いない。
「黒い狼……」
ダンも想像して、思わずゴキュンと唾を飲み込んだ。
「アタイ、怖すぎて逃げたのにゃ~ん」
リリがぷるぷると震えながら自分の肩を抱いているので、ジャスパーがその頭を優しく撫でて慰める。
「だが、それが確実なら、行くしかないだろ?」
ダンは自分を鼓舞するように、ニヤリと笑う。
「ガウルに報酬を渡すためにも。な!」
「はは! そうだったな。すっかり忘れていたぞ、ダン」
「だから、商売には向いてねえよ、ガウル」
笑いながらゴツン、と拳をぶつけ合う銀狼と冒険者ギルドのマスター。
さすが組織の長はすごいな、と杏葉は二人へキラキラとした憧れの目を向け、ランヴァイリーは
「伯爵とはいえ、さすがにエルフの大使が来たら、
と懸命なアピールをする。
「ちょー!? ボク、また出番ない予感! ……あおおおーーーん!」
――クロッツの遠吠えが、青空に吸い込まれていった。
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