第14話 この世界の一部を、また知る



 翌朝。


「ん、ん、んー!」


 大きく伸びをしながら起きた杏葉は、近くの床でスヤスヤとダンとジャスパーが寝ていることに、激しく動揺した。


「ほわ!? ここ、どこ……」


 きょろきょろするまでもなく、見知らぬ家の中だ。

 起こさないようにコッソリ言ったはずが、ダンもジャスパーも眉を動かし……


「んおぉ」

「あじゅ……?」


 起きてしまった。


「ダンさん、ジャス」

「んんんー! よく寝たなあ」

「やっぱ家の中は違いますよねぇ、ぐああああ~~~」

 

 のんびりと伸びをする二人に戸惑う杏葉は、恐る恐る

「あの、ここは?」

 と聞いてみると

「半郷といって、獣人と人間の子供が隠れ住む場所なんだそうだ」

 ダンが優しい顔で言う。

「え! そんな場所があったの!?」

「ああ。ガウルたちも知らなかったみたいだ」

 ジャスパーが、まだ伸びをしながら

「んー! あじゅが急に倒れてさ。助けてもらったんだ」

 と言い、眉尻を下げる。

「無理すんなよ。もう大丈夫そうか? 心配した」

 その下ろす手でそのままぽんぽん、と膝を軽く叩かれて、しょんぼりする杏葉。

「うん。大丈夫。ごめんなさい」

 

 

 ――ガタン。


 

 物音がした、と全員で振り返ると、のしのし歩いてくるのは、

「オキタ?」

 家主のバザンだ。

「起きたよ。ありがとう、バザン」

 ダンが声を掛けた先にいる、大きな男性。人間の顔の、頭の上に熊の耳、の存在を初めて見た杏葉は――


「うわあ!」


 と叫びながらソファから飛び降りて。


「あ! おい」

「あじゅ!?」


 戸惑う二人の人間を置き去りに。


「かんわいいいーーーーーーーー!!」



 ――叫んだ。



「あのー、ダンさん。俺なんかこの光景、見たことあるんすけど」

「奇遇だなジャスパー。俺もだ」


 


 ◇ ◇ ◇

 

 


【……】

【団長拗ねてるにゃ?】

【拗ねてない】

【分かるにゃよ?】

【……今すぐ鼻ふさげ、リリ】

【にゃっはっはっはっは!!】

 

 ガウルとリリ、そして兎獣人のワビーもバザンの家に集合し、一緒に朝食をとのことだったが、杏葉がずっとキラキラした目でバザンを見ている。


【……何だ】

「あのあの、私、アズハと言います!」

【俺は、バザン】

「バザンさん! あのっ、大変失礼って分かってはいるんですけど!」

【?】

「あの! お耳! 触ってもいいですか!」

【なんだそんなことか……良いぞ】

 杏葉が近寄ると、バザンは触りやすいようにと、お辞儀をするように上体を折ってくれ、杏葉はその優しさにさらに感動する。

 そっと手を伸ばして触れると『もふっ』とした。やわらかい。

 

「はわわわーーーーーー!! もふもふーーーーーーー!!」


 こげ茶色のふんわりとした毛に覆われた丸い耳を前に、どうしても我慢ができなかった杏葉。

 そしてそれを見て盛大に拗ねるガウルを見て、笑いが止まらないリリ。

 という、騒がしい朝になった。


【ふは、くすぐったいな】

「ごめんなさい、バザンさん!」

【満足したか?】

「まだ触りたいですけど、とりあえずは!」

【っ、はははは】

「わー! 笑顔も素敵ですねー!」

【面白い人間だな。こちらの言葉も分かるとは】


 バザンが優しい顔で杏葉の頭頂をポンポンすると

「あー、あじゅー?」

「そ、そのぐらいにしとけ」

 ガウルの尋常でない殺気にびびる人間二人が、焦りつつ止めた。


【グルルルル】

【……団長ー、喉鳴ってるにゃよー】

【グル……んんん】


 ワビーはそんな様子を見て

【狼は、一途ですもんねえ】

 と頬に手を当てて微笑んだのだった。


 バザンもガウルの殺気に気づいたようだ。

 テーブルにパンとサラダを並べながら

【心配するな。俺には妻と子供がいる】

 とぶっきらぼうに言った。

【っ、いや俺は別に】

【よかったにゃー】

「え? 奥様とお子さんがいらっしゃるんですか? でも……」


 杏葉がきょろきょろするが、無理もない。

 バザンの家だというのに、二人が住んでいるような気配がないのだ。


【……】

【バザン……】

 ワビーがそっとその背中に寄り添って、撫でる。

【これ、食べながら話そう】


 テーブルと椅子が足りないので、バザン、ワビー、ガウル、リリがテーブル。ソファにダン、ジャスパー、杏葉、と分かれて腰かけた。

 杏葉は真ん中に位置取り、お互いの言葉を通訳します、と申し出ると、バザンとワビーが驚く。


「私は人間ですが、なぜか私の言葉は、両方に通じるんです」

【そうみたいだな。助かる。では、こちらの言葉だけで話そう】

 パンをむしって口に入れながら、バザンが語りだす。


【――俺は、この半郷で生まれた】

 

 

 

 ◇ ◇ ◇


 


 獣人王国に隠れ住む、獣人と人間との間のこどもたち。

 大昔はそれでも、堂々としていた時期もあったが、『半端者はんぱもの』と罵られ差別と迫害がなくならず、逃げるようにして辿り着いたのが半郷と呼ばれるこの場所だった。

 

 森が深く、気づかれにくい上に、川があり土壌も豊かな土地。自給自足で住むのは大変だったが、なんとか協力し合いながら、暮らしていけている。


 偶然流れ着いた者や、ここで生まれる者など人口が増えると、見た目が『人間そのもの』『獣人そのもの』な者たちが生まれる。彼らは、この里を助けたい、とそれぞれの国に行くことを決め――密かに物資を届けたり、援助をしてくれているのだという。


 バザンの妻は、事情があって獣人王国に潜り込んだという人間だった。

 偶然近くの森で出会った彼女は、病で倒れていた。幸いここには、薬草が豊富にあった。バザンは気丈で明るい彼女に看病で接しているうちに恋に落ち、結婚した。それが。


【エリンだ】

「エリンさん?」


 杏葉がその名前を言うと、

「!!」

「だ、ダンさんっ」

「エリンだというのか!!」

 ダンが叫んで立ち上がり、ものすごい勢いでバザンの襟首を掴んだ。

 

「そのっ、エリンは! エリンはっ、どこだ!!」

【……いない……】

 バザンが、悲しそうな顔でされるがままになっているのが、痛々しい。

「いないんですって……」

 杏葉の胸も、痛んだ。

 

「いないだと!? どういうことだ!!」

「ちょ、ダンさん! 落ち着きましょう!」

「なぜだ! どこにっ、くそ、どこにいるんだ!!」

「ダンさんって!」

【ダンッ】

【怒りと、悲しみと、戸惑いにゃね……】

「エリン! 俺の娘は! 今どこにいるんだ!」

「ダンさんの、娘さん!?」


 杏葉の叫びに、全員が、驚愕する。


 そんな中、ガウルが力ずくで、ダンをバザンから引きはがす。

【落ち着け、ダン】

 ダンはバザンから離されると、力を失ったように、よろよろとソファに尻餅をついた。

 

【……こどもが、生まれたんだ。男の子だ。アーリンと名付けた。彼は――人間そのものだった】

「バザンさんと、エリンさんの子のアーリン君は、人間の見た目?」

【そうだ。だからエリンは……どうしても孫を見せたい、と】

「孫を、見せたい。って!」

 杏葉はダンを振り返る。

「まさか、ソピアに! ソピアに向かったと言うのか!」

「そりゃマズイすよ!!」


 今ソピアは、物騒なことこの上ない。

 戦争の準備で国境という国境はほぼ封鎖。騎士団が武装して巡回している。

 治安も悪化している。

 子供を抱えた母親が無事でいられるなどとは、到底思えない。


【エリンもバカではない】

 バザンが、テーブルに肘を突いて深く息を吐く。

【助けを請いに、エルフの里へ行くと】

「エルフの里に、行ったんですね!」

【そうだ。俺が狩りでいない隙を狙って、手紙を置いて飛び出してしまった】

「え、手紙を置いて出ていっちゃったんですか?」

 

 

 ――それ、なんかどこかで聞いたな? と杏葉が思った瞬間。

 

 

「あーんの娘ぇーーーー、またかあああああああ!!」


 ダンが叫んだ。

 

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