第339話 思い出の料理店

「作物や動物は奉納してくれるけど、料理を奉納してくれる奴らが少ないからなー。」

 マルグス兄さまが、組んだ腕を頭の後ろにやりながら、残念そうにそう言う。


「料理のほうが嬉しいものですか?

 農作物そのままは、困るとか?」

 神さまたちにも要望があるんだね?


「それはそうであるな。野菜や動物をそのまま捧げられても、正直扱いに困るのだ。」

「私たち、人間のように料理をするわけではないのよ。だから素材そのままは、ねえ。」


 なるほど。野菜を奉納されたら、まるかぶりってことになっちゃうのか。

 動物を奉納された場合も、解体して料理するわけじゃないから食べられないんだね。


「それは知りませんでした……。」

「別に食べなくても生きていかれるから、食べる楽しみはオマケみたいなものだけどな。

 でも味のあるものは刺激になるんだ。」


「え?普段なにも食べないんですか?」

「そうよぉ?必要がないもの。でも味はわかるから、食べることは楽しいの。」


 食べる必要がないのなら、食べたものはどこにいってるんだろ。

 まさか、誰もトイレに行かないとか?


「それに、俺たちが口にしたものは、食べたら元気の出る食べ物に変わるのさ。全員分に均等に配分されることで、効力こそ弱まるもののな。捧げて人間にも損はないんだぜ?」


「元気の出る食べ物に変わる?

 それはどういう状態なのでしょうか?」

 叔父さんがガレシア兄さまに質問する。


「俺たちは食べたもののエネルギーを、自分たちに必要としないからな。加護の力に変換されて、地上に降り注ぐのさ。」


 食べたものが排泄物として出ずに、宝石に変わってコロンと出てきます、って言われてるような状況だねえ。さすが神さま。というか、やっぱり全員トイレいかないんだ。


 そんなわけで、僕たちは叔父さんオススメの料理店に行くことになったんだ。

 とても大きくて美しい、白と青の外観が、海の近くの店という感じがするね。


 たくさんの人たちが既に料理を楽しんでいて、中からいい匂いが漂っている。僕は小さ過ぎてあんまり記憶にないけど、ここがみんなで来た思い出のレストランかあ。


 みんなが分散してテーブルについて、思い思いに料理を注文している。

「あら?なんか……ねえ?」

「ああ、前と違うな。」


 美味しいんだけど、叔父さんと母さまは、なんだか納得がいかないみたいだ。

「ごめんなさいね、シェフが変わったりしたのかしら?味が以前と違うのだけれど。」


 お皿を下げに来たウエイターを、母さまが呼びかけて質問する。

「はい、オーナー兼シェフが変わったと聞いています。」


 ウエイターさんがそう答えてくれる。

「そうでしたか……。大変残念です。

 その方は、今どこに?」

 と叔父さんがたずねる。


「……。僕が話したと人に言わないで下さいね。捕まってしまったらしいです。この国で禁止されている生魚を提供したことで。」

 ──ん?どっかで聞いた話だな。


「なんという方ですか?」

「確か、ザックス・ヴァーレンさんですね。

 この国1番の料理人だった方ですよ。」

 ウエイターは皿を下げて去って行った。


「え?」

「どうしたの?アレックス。」

 その名を聞いて驚いた僕に、母さまが不思議そうに首を傾げる。


「その人今、僕の店で働いてます……。」

 ザックスさんが、叔父さんと母さまとの思い出の店の、元オーナーシェフだったの!?


「まあ、そうだったの?アレックス。ならぜひあなたの店でその人の料理が食べたいわ。

 それはどこ?リシャーラ王国かしら?」


「いや、リシャーラ王国の店は魚屋だろう?アレックス。料理は食べられないよな?」

 嬉しそうにそう言う母さまに、叔父さんが眉を下げてそれを否定した。


「あ、いえ、もともと解体職人として雇ったんですけど、実は焼肉屋さんの隣りが空いた場所に入れることになりまして。そこに麺と魚料理の店を、出す予定でいるんです。」


「そうなのか?」

「はい、僕の実績が評価されまして。」

「まあ、凄いのね、アレックス。」

 母さまが誇らしげにそう言ってくれる。


 料理を出そうと思ったのは、レンジアとザックスさんがいたからだけどね。

 魚屋は魚屋として残して、市場の入口近くの店は、レストランにするつもりだ。


「プレオープンに向けて、今は配膳や調理の練習を、新しい従業員にしてもらっている最中なので、料理を提供するだけなら可能ですよ?ぜひ母さまにも食べて欲しいです。」


「なら、今日はどうせ舟遊びは無理なんだしさ、少し観光して回ったら、いったんリシャーラ王国に戻って早めの夕食にしようぜ。それで明日改めて舟遊びをしに来よう。」


 マルグス兄さまがそう提案する。うちはいつでも提供出来るから、僕はそれで構わないと伝えると、母さまと叔父さんは料理がお目当てだったようで、そうしたいなと笑った。

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