第296話 “選ばれしもの”の訪問・その2
「これは……、川の水が聖水になっている!?こんなことが……!!」
聖水は本来聖職者にしか作れないものだ。
神に祈りを行い、聖水へと変えてもらう。
直接聖水を作れるのは祝福を授けることの出来る“選ばれしもの”たちだけだ。神の祝福がもらえなければ、水は聖水にはならない。
それをこの国の祭司たちがおこなえたとは考えにくい。おそらく源流そのものが祝福され、聖水の流れる川になったのだろう。
「この国は奇跡の国ですね。川に聖水が流れる国など、聞いたこともありません。」
「作物がここまでみのり豊かなのも、聖水を吸っているからなのですね。」
「この時期に麦というのも珍しいですが、それも聖水の影響なのでしょうか。」
「わかりません。すべてが異例ですね。」
重たそうに頭を下げた麦の穂を含む作物たちが、ふっくらと膨らみ、美味しそうに艶めいている。ここがついこの間まで飢饉にあえいでいたなど分かるはずもなかった。
本来なら既に麦の収穫の時期を過ぎていたのだが、あまりにスカスカな麦を刈り取る気力もなかったのだ。その為放っておいたものが、聖水により息を吹き返したのだった。
「ここまでの聖域であれば、この国に聖教会を移そうという話まで出るのでは?
聖水の流れる川など、本来であれば中央聖教会にあるべきものです。」
「確かにそうですね……。ですが、今まで忌み地とされてきた場所です。賛成する者と反対する者で、中央聖教会が割れましょう。」
「確かにその通りです。人の心に染み付いた嫌悪感情というものは、信仰を持ってしても簡単に消えることはないでしょう。」
「それであるからこその、忌み地です。
結果2000年もの間、失われた大地と呼ばれることにもなったのですからね。」
川のそばでなにやら話し込んでいる“選ばれしもの”たちを、早くしろと急かすことも出来ずに、御者と護衛たちは見守っていた。
「なにはともあれ、おそらく“ななつをすべしもの”が王宮におりましょう。会いに行ってそれを見極めねばなりませぬ。」
「そうですね、そろそろ参りましょうか。」
ようやく腰を上げた“選ばれしもの”たちに、誰ともなくホッとため息が漏れた。
何しろ王族を待たせているのだ。“選ばれしもの”が王族より上の立場なのはわかる。
中央聖教会の不可侵領域。エザリス王国が失われた大地と呼ばれる以前から、選ばれしもの”の存在は知られており、女神アジャリべの敬虔な信徒である人々の憧れの存在だ。
だがそれでも自国の王族を待たせるとなると話は別だ。自分たちまでもが不敬を働いている気持ちにさせられてしまう。
何よりも、失われた大地とされ、聖女殺しの大罪をおった先代王を排出しながらも、この地が自給自足で持ちこたえられるよう、尽力してきた王族なのだ。
今の代の国民たちは、みな王族を尊敬し感謝している。自給自足の果てに、どこにも救いを求められず、不眠不休で奔走した結果、幼い王女を残して国王と王妃はみまかった。
なによりも、この国の国民のことだけを考えて生きた国王夫妻の死に、国民はみな涙した。だから貴族は襲っても、王宮だけは焼き討ちされることはなかった。
国民はみな幼い王女を守りたかった。
貴族たちが後見人という名の乗っ取りを企てた際も、国民から強い反発があり、そこから貴族に対する焼き討ちが始まったのだ。
本来貴族の貯蔵庫から食料を供出すべきであるのに、彼らはそれをしなかったのだ。
幼い新国王の言葉に、貴族たちは耳を貸さなかった。自業自得といえるだろう。
戴冠式にて、聖女殺しの汚名を受けた国を立て直した、ゴザ・ケイオス・バイツウェル2世の名を引き継ぐと発表された際、国民たちは幼い新国王の強い意志を感じた。
新国王を信じていれば、いつかまたこの国は立て直すだろう。そしてそれはその通りとなった。前列にない“選ばれしもの”7人全員による、エザリス王国訪問。
神は見ていたのだ。新国王とその両親の、そして国民たちの願いと思いを。
干からびた川に水が流れ、魚が出回り、枯れかけた農作物は息を吹き返した。
それらはその結果であるのだと、新国王がおこした奇跡であると、国民たちは一様に思っていた。だからそんな新国王に不敬などはたらきたくはなかったのだ。
王宮に“選ばれしもの”を送り届けた者たちは、護衛をはじめとして、御者までもが、誇らしげに顔をほころばせていた。
これがなにをもたらすものであるのか、彼らにはわからない。だが我らが新国王に“選ばれしもの”が7人も訪問してきた。その事実だけでじゅうぶんであったのだった。
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