第30話 相棒の資格-side幽雅-5
次の日。
いつも通り始業よりもかなり早めに出社した灯屋君を見付け、私はすぐさま腕を掴んで会議室に引っ張り込んだ。
「うお!? なっ、なんですか突然!?」
筋力的にはほぼ互角かもしれないが、不意をついた私に分がある。
体勢を崩しながら部屋に入った灯屋君を近くの壁に押さえつけて扉の鍵をかけた。
「え、ちょっ、うわッ!? んんッ??!」
そのまま私は灯屋君に正面から体を密着させ、壁と私で前後から動きを封じて口付けた。
解呪などと関係ない突然のキスに灯屋君は混乱しているのか全身を緊張させている。
彼が混乱のまま抵抗も忘れているのをいい事に、私は何度も唇を押し当てた。
それからゆっくりと私が口内に舌を忍び込ませると、いつもよりぎこちないながらも灯屋君も舌を絡ませてきた。
「んっ…………ふ……ぅ」
「……ぐ……ッン…………は、ぁ……」
粘膜の触れ合いの心地良さに私達は酔いしれた。
静かな室内に荒い息遣いだけが異様に響いているようだ。
この特に理由の無い行為によって、私は彼との口付けが好きなのだと実感する。
下半身が兆しを見せる前にゆっくりと唇を離した。
「……と、いうことだ」
「ッ何がですか?!?」
目を白黒させた灯屋君が叫ぶ。
いかんいかん、また言葉が足りていなかったようだ。
私は誤解のないように必死に言葉を紡ぐ。
「だからだな、私は仕事じゃなくても君とできると……いや、それも言い方が駄目か。仕事とは一切関係なく、君となら何でもしたいと思っている……と、伝えたかったんだ。私から口付けでもしたら少しは信憑性が増すかと思ってな」
「は、はぁ……なる、ほど……?」
まだ混乱している灯屋君の反応が鈍いので、私は会議室の中心へ向かって腕を広げて見せる。
「とりあえず座ってお茶でもしようじゃないか」
「うわ、マジでお茶会みたいになってる!!」
突然部屋に引きずり込まれた灯屋君の目に入ってなかった室内の様子にようやく気付いてもらえた。
長机などは全部畳んで奥に片付け、真ん中に白い丸テーブルと椅子を配置してある。
ティーセットにお菓子、小さな籠のフラワーアレンジメントが彩りを添える。
用事が終わればお付きの者が片付けてくれるため、私達は気にせず退室して始業できるように手配済みだ。
私が椅子を引けば、灯屋君は恐る恐るだが座ってくれた。
灯屋君の前にあるカップにお茶を注ぐと灯屋君が笑った。
「嘘でしょ、何でここまできて緑茶なんですか」
陶器の白いティーポットから出てきたのが紅茶ではなく緑茶だったのが予想外にツボだったらしい。
さっきまでの動揺も忘れて灯屋君は笑い続けている。明るい表情になってくれてホッとした。
私も席に座り、自分のカップにも緑茶を注いだ。
「給湯室から拝借した」
「あ~あれ美味しいですよね」
お茶会といえばこういう感じだろうと準備をしたが、私は紅茶に詳しい訳でもない。
それならば普段から美味しいと感じている物で良いと思い、仕事中に飲んでいる緑茶にしたのだ。
幽雅グループが全社に設置するため、大量購入で比較的安価に仕入れた高級緑茶である。
まろやかな甘みを感じる香り高い素晴らしい品だ。こういった福利厚生は大事だぞ。
灯屋君は笑いが落ち着いたようで、緑茶を一口飲んでから私を見た。
私も水分で口を湿らせてから謝罪を告げた。
「昨日、無神経な事を言ってしまったから謝りたくてな。すまなかった」
「一応自覚はあるんですね」
「正直、小路君に言われるまで何もわからなかった」
「ははは、幽雅さんらしい。なんて言われたんですか?」
「仕事のためなら誰とでも寝る男だと灯屋君に思われているんじゃないかと」
「ふはっ、あの小路さんがそこまで……!」
灯屋君にはウケているが、私にとっては笑い事ではなかったんだ。
ムッと自然に唇が前に出てしまっている私に気付いた灯屋君が微笑む。
「こうして真剣に考えてくれて嬉しいです。再考してもらってる最中なのに、俺も大人げない反応をしてしまってすみませんでした」
「いや、私が未熟過ぎただけだ。君のためになら何でもしたいと思ってしまうのは私のエゴでしかないのに、匙加減がわからないまま言動に出してしまった」
その私の言葉にサッと灯屋君の頬が色付き、照れたように視線を外した。
「それ、普通だったら凄い告白なんですけどね」
「普通じゃなくて悪かったな」
拗ねたように言えば、灯屋君は首を横に振った。
「でも俺もわかってきましたよ、その感覚。絶対に幽雅さんを落とすぞ、とは思ってますけど、最終的には幽雅さんが幸せなら何でも良いのかもしれないって考えたりもします。幽雅さんが別の誰かと結婚しても、それが幽雅さんの幸せなら祝福できるのかもなって」
そう言われて私は咄嗟に叫んでいた。
「私を諦めるのはまだ早すぎるだろう!!」
「それを待たせてる側が言いますか!?」
確かに、私は凄く自分勝手な事を言っている。
今まで迫られた事しかなくて、相手がいなくなるなんて考えが皆無だった。
灯屋君は良い男だし、プレイボーイの実績もある。本当に悠長にしていたら、いつの間にか彼が誰かと交際していたなんてあり得る話だ。
何で私はそんな当たり前の事を放置していたんだ。
自分でも驚くほどに私は焦りを感じた。
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