第13話 アーノルドの望み

「遠慮するな、一刻を争うだろう」

 アーノルドは促す。


「魔石はまたどこかで見つかる。しかしエルの恋人を生き返らせるチャンスは、今しかない」


 エルが感謝を込めて頭を下げた。


「ありがとう、アーノルド」




 エルが魔石に手を当て、集中する。

「モナの魂が戻りますように…」


 自分と再び共にいてくれればと、魔石に願いを込めた。




 パキンと音を立て、砕けた。



 キラキラとモナの体に降り注ぐその光景は、とても綺麗だ。


「頬に血の気が通ってきてる」

 モナの体に赤みが増してきた。


「モナ!モナ!僕の声が聞こえるかい?ねぇ、起きてくれよ!」

 悲痛な声が室内に響く。





 何度も呼びかけると、モナの瞼がゆっくりと開いた。


「モナ!」


 瞳には光が宿っており、はっきりとエルを映した。


「エ…ル…?」

 嗄れた声だ。


「そう、僕だよ!あぁ、良かった。僕のもとに戻ってきてくれた!」

 か細い手を握り、涙を流す。





「もう君を一人にしないよ、ずっと一緒だからね」


 モナの目からも涙が一筋流れた。




「ありがとう…」

 そのまま、またモナの目は閉じられる。

 エルは焦るが、呼吸しているのを見てホッとした。






 暫くエルはモナにつきっきりになった。


 早く回復するようにと、栄養管理から体調管理まで徹底して行い、けして部屋から出さなかった。



「もう二度と君を失いたくありません」

 そう言って溺愛していた。



「本当に失っていたのだから、離れたくないのは当たり前か」


 エルを無理に誘うことはせず、アーノルドは一人で依頼をこなしていく。


 エル達の為にと差し入れと称して色々な物を渡しにいった。


 二人は丁寧にお礼の言葉を述べる。

「必ず恩を返します。モナが良くなったら、何でもしますから」

 エルはアーノルドと約束した。


「アーノルドさん、ありがとうございます。エルから色々な話をお聞きしました。あなたは本当に私達の命の恩人ですわ」

 モナも感謝の意を示す。




「早く回復するといいな」

 エルが隣にいて当たり前になっていたので、何だか寂しい。


 エルに甘えっぱなしなのを再認識させられた気もする。


 一人で来るギルドも何だか味気なく感じ、依頼一覧を気怠げに見ていると、事務員が声を掛けてきた。


「アーノルドさんにお客さんですよ」

「俺に?」

 一体誰だ?と思いつつ見ると、人目を引く美女がいた。


 蜂蜜色の髪をしっかりと纏め、白銀の軽鎧を着た女性だ。

 腰には細身の剣を差しており、緑の目はやや緊張で強ばっている。


 その人を見てアーノルドは動揺した。


「アーノルド!」

 名を呼ばれ、ハッとした時には彼女はアーノルドの胸に飛び込んでいた。


「えっ、あっ、なぜあなたがここに?」

 本来いるはずのない彼女がここにいるのだ。

 アーノルドは驚いて、まともに話せない。



「あなたが遅いから、わたくしが来たのです。何年も待たせるなんてひどいわ」

 女性と話そうとし、はっとした。

 周囲の視線が集まりすぎている。


 事務員に頼み、応接室を借りて二人きりになった。


 向かい合わせに座るとすぐに、アーノルドは謝罪をする。




「すみません。約束を果たせずに」

 アーノルドは深々と頭を下げる。


「しかしあなたがこんなところまで来るなんて。国王…あなたの父上がそんなことを許すとは思えないのですが」


「父上を脅…説得して、家出をしてきました」

 アーノルドは更に驚いた。


「何でそんな事を…」

「魔石をなぜ持ってこれなかったか、こちらでも調査させてもらいましたわ」


 アーノルドは確かに魔石を手にしたという情報は、すぐに入った。


 誰かが魔石を持ち出せばダンジョンが作り変えられる事。

 そしてアーノルド達が深層にいったという目撃証言が多かった事。

 アーノルドが泊まっていた宿屋の主人が魔石を見ていたことから、手にしていた可能性が非常に高いとなった。


「では魔石はどこへ行ったのか。これはあなたの相棒であるエルさんの、恋人の病気を治療するために使用されたと思ったわ。魔石の力が必要な程難病だったのよね、死の淵にいる女性を見捨てるなんて、アーノルドに出来るはずないもの」


 エルの不在について、周囲に問われたたアーノルドも看病の為と言っているし、予測など容易についただろう。


 モナが一度死んだ者とは言えないが。



「あなたは変わってないわね、昔のままの優しいアーノルド…だからずっと待っていたのだけれど、もう待てない。お願い、わたくしの側にいて」


「シャルロッテ様…」


 自分の為に城を飛び出してきた彼女を、どうしたらいいかと頭を悩ませる。


 何不自由ない暮らしをしてきた彼女をこのまま受け入れて、自分は幸せに出来るのだろうか。


 アーノルドはしがない冒険者だ。



「いいえ、俺は変わりました。もう昔の、あなたが知っている優しいアーノルドじゃない。だから城へお戻り下さい」





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