第150話

「結局あんたは、自分が欲しい答えだけを手に入れた」


辛辣な口調で栄は責めた。


英理が反駁しようとすると、


「私だってそうさ。夫がハンドルミスをするわけがない、ブレーキの故障なんてあり得ない。そういう答えが欲しくて、何年も私なりに一生懸命調べたよ。でも、何も分からなかった。何も」


硬く引き絞られた瞳が、英理の目の底を射抜く。


「事故当時の、バスの席順を知っているかい」


「いいえ」


乾いた声で英理は答えた。


「最前列の左側には担任の教師が座っていた。そして運転席の真後ろに、三上保という少年が座っていた」


その名前を聞いた途端、英理の心臓は大きく波打った。


「転落後にバスが引き揚げられたとき、運転席には主人と三上保、そして担任の白井という教師が三人、折り重なるように倒れていたそうだ」


足元が崩れていくような感覚があった。


痛く激しい鼓動の奥で、流れる血潮は耳鳴りとなって蜂のような唸り声を上げる。


――保が……。


運転手を助けようとしたのか、運転手を妨害しようとしたのか、それとももっと別の目的があったのか。


あのバスの中で、本当は何が起こっていたのか。


断片的な情報の一つ一つが何を意味するか、きっとこの人は百万回も考えてきたに違いない。


そして恐らく、弥生も。


「世の中には、私なんかの手には到底負えないことばかりだ。それでも、生きていくしかないんだから仕方がないだろう」


投げやりな口調で栄は言った。


――自分は、今まで何をしてきたのだろう。


――江本さんは俺に、何と言った?


思い出そうとしても、靄がかかったように記憶はすぐにぼやけてしまう。


弥生は目の前にいたというのに、彼女を通してずっと過去の幻影を見続けてきた。


自分が見たいものだけを見て、聞きたい言葉だけを聞き、要らないものには見向きもせずに蓋をして。


「真実を知りたいとは思わないんですか」


「真実?真実だって?」


栄は侮蔑の入り混じった視線を投げかける。


「全ては終わったこと。今さらほじくり返してどうなるの。過去を変えることは、どうあったってできないのに」


ようやく置き所を見つけたはずの記憶が、再びじくじくと古傷のように痛み出す。


一生この解けない謎に縛りつけられ、不愉快さを抱えて生きていかなければならないかと思うと、気が狂いそうだった。

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