エピローグ
第148話
久しぶりの会社は、別人のような澄ました顔をしていた。
エレベーターホールをおりてフロアに入っても、まだ人っ子一人いない。
始業二時間前、ビルが開くのと同時に来たのだから、当たり前と言えば当たり前だった。
机の上に積み上げられた決裁の書類と、お土産らしいお菓子がいくつか。
パソコンをつけると、ポンと音がしてメールが新着二十五件。
チェックしながら机を片付け、慌ただしく処理に入る。
二、三日休んだところで何も変わらない。
それどころか自分が辞めたところで、平然と会社は回っていくだろう。
空しくないと言えば嘘になるが、同時に安らぎを覚えるのも事実だった。
本当は責任なんて誰も背負っていなくて、大人になっても子供のような間違いばかり繰り返している。
自分にしかできないことなんて存在しないのに、そこにはちゃんと目をつむって居場所を与えられている。
だったらせめて、少しでも上手に泳いで渡れたらいいと思う。
江本弥生がここにいたことが、遠い昔のことのように思えた。
ドアが開いて入室してくる影に、英理は振り向いて言った。
「おはようございます。浅間さん」
頭には三角巾、口にはマスク、手には掃除機を持った栄は、うさんくさそうにこちらを見つめている。
「待ち合わせ時間も場所も合ってます。俺がヴェリナスとして、あなたにメールを送たんです」
父の死後、ヴェリナスのIDがまだ生きている間に、英理はパーソナルメールを使って最後の一人と連絡を取っていた。
「あなたがデーミウルゴスだったんですね」
全てを知る眼差しで、栄は下ろした掃除機を壁に立てかけた。
「江本さんをこの会社に引き入れたのも、翼の帝国を使って親父と接点を持たせたのもあなたでしょう。シュン君を誘拐したとき、潜伏場所を提供したのもあなたじゃないですか」
栄はマスクを外し、暑苦しそうに三角巾を取った。
「理由を聞かせてもらえませんか。どうして、江本さんに協力しようと思ったんです?」
唇を真一文字に引き結び、栄はひたと英理を見据えていた。
――違和感は、ずっと感じていた。
美咲が丘中学での弥生は、明らかに普段の彼女とは様子が違っていた。
話す必要のないことまで話し、こちらが問い詰めるまでもなく新薬や実験や江本教授のことを暴露した。
まるで彼女の意思ではなく、台本に沿った台詞を喋っているかのように。
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