第26話

――何で黙るの?


昔から、特に女性に言われることが多く、トラウマになっている台詞の一つだ。


これといった理由もなく、会話の途中で言葉が出てこなくなることがある。


会議の場で意見を求められても、とっさに脳内で言葉を組み立てることができない。


思考回路と、言語中枢がうまく結びついてくれないのだ。


――何かしゃべってよ。


大勢でいるときは聞き役に徹することができるからいい。


けれど二人きりになると、いくつも大きな沈黙のエアスポットができてしまう。


もらった言葉に対しての反応はできても、自分から新しい話題を切り出すことができない。


沈黙を埋めようと頑張ろうとすればするほど、空回りばかりだった。


そして最後は、こう言われるのだ。


――一緒にいてもつまんない。


話が下手な自分が嫌いで嫌いで、克服しようと会話術の本を読んでみたりもしたけれど、ふとした瞬間に生まれる沈黙を恐れて会話は上滑りするばかり。


一旦ぎこちなくなり始めると、あとは油を差していない機械のように、会話は空中分解を始める。


初対面の相手と話すのは、特に苦痛だった。


思っていることがないわけではない。


むしろ心の奥には、熔炉ようろのように高温になった感情が渦巻いている。


思考の海底から、言葉が水面まで小さな泡になって浮かび上がるまでに時間がかかる。


急かされたり強制されると、たちまち混乱して舌がもつれ、頭が真っ白になってしまう。


ようやく言葉にできたときには、目まぐるしいおしゃべりは、もう次の話題に移っている。


だから話すのが苦手だった。

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