さいかいの言葉
限りある命を生きる者なら、永遠を求め焦がれる気持ちを理解できなくもない。でも命に限りがあるからこそ、生きていることを実感できるのかもしれない。
良いことも悪いことも長くは続かない。一見良いことに見えても次の瞬間には悪夢に変わってる、なんてこともある。
無駄に長い時を卵の中で過ごした。冗長な思考を嘲笑うように、目が覚めている間に過ぎる時間は矢のように速い。
矢が飛んでくるのは見たことがなかったけどね。今の今までは。
あ、僕死んだかも。
◇◇◇◇◇
置手紙だけで家出してきたマイノに魔法使いがお説教してまた町まで戻って母親の許可を貰ったり、旅の間お馴染みになってしまった狼と仔豚の小競り合い、魔法使いの信憑性の薄い偽情報に踊らされ、森の回復の泉で休憩中にナイアスに水中に引きずり込まれそうになったり、いくつかの町や村を通り抜けて、大陸から島に渡る船の中で海の魔物や海賊に襲われたりと、大小様々な事件は起きたけど、それは長くなるのでまた今度。
何日かの航海の後、無事に火山の国アクロデールに到着した僕らは、魔法使いの知り合いだという神殿の神官に会いに行く前に、宿を取り付近を探索することにした。
遠目に見える黒い山の頂からは噴煙が絶えず立ち上り、平地は地熱の影響で暖かく、町の至る所で蒸気が上がっていた。その熱を利用して調理したり部屋を温めたりしているらしい。
可愛らしいオレンジ屋根に白い壁の家々が連なる町、灰色煉瓦の敷かれた広場の噴水前で、魔法使いが朗らかに宣言する。
「俺、温泉入って泥パックしてくる~。君らも夕方までに宿に集合な。独りで行動せず、危険な場所にも行かないように。はい、時間までかいさ~ん」
お前は単独行動いいのか、と言う前に、魔法使いの姿は消えていた。焦ってもいいことなどないのは分かっているけど、こっちは人生かかってるのに呑気なものだ。
マイノは異国の町の料理が気になるらしく、嫌がるディルを連れて溶岩鳥の温泉卵を食べに行ったし、僕は特にすることもないので、レイと一緒に温泉街を散策していた。
一応服の上から見える部分は魔法で変えてあるけど、人目に触れるような温泉に入りたい気分でもない。
獣の王国が消えてから100年以上経って、あの時残された子供たちと、外に出ていて難を逃れた獣人が人間の世界でどれほど受け入れられているのか正確には分からないし、あまり目立つような真似もしたくない。
僕は町に入った時から感じていた空気の香りを味わうために、こっそりと舌を出した。どうやら硫黄の成分が混じっているらしく、独特な香りがする。
旅の間に学んだことだが、嗅覚の鋭い狼や豚などと違って、僕はあまり鼻が良くないらしい。匂いを嗅ぎ分ける為には舌を空気に触れさせる方がいいのだけど、人前でずっと舌を出していたら馬鹿みたいに見えるだろ?
一応僕もお年頃なので、そういうことは気になる。
「レピ、町の外れまで行けば珍しいものが見られるそうですよ」
『なに?』
この頃になれば、簡単ながら意思の疎通も出来るようになっていたし、必要以上に恭しく扱われることも少なくなっていたので、僕はレイの言う『珍しいもの』に興味を惹かれるまま尋ねた。
「行けば分かる」
レイはにっこり笑って僕を促した。銀髪に青眼の青年は、ディルと同じ顔のはずなのに女の子には麗しく見えるようで、町を歩く少女たちから遠巻きにちらちらと視線を送られている。
性格も粗野なディルに比べると穏やかで、その辺りが女性受けが良いのかもしれない。
先を歩くレイの後ろをついて町の外れまで歩いて行くと、辺りの空気がより温かく湿り気を帯びてきた。硫黄の匂いも強くなってきて、鼻の良いレイが顔をしかめている。
ごつごつした岩といくつかの裂け目が点在する開けた場所。遠くに見える赤いものは冷めきらない溶岩だろうか。
何が始まるんだろう。
僕が首を傾げた時だった。突然離れた場所で大きな音がした。それはまるで、お師匠さまが実験に失敗した時の小規模な爆発の音。
地面に開いた裂け目から蒸気と共に大きな白い水の柱が吹き上がる。いや、あれは熱せられた水だ。
時間を置いて次々に立ち上る水柱を息を呑んで眺めていると、隣に立ったレイが教えてくれた。
「地元の人間は『雲竜』と呼んでいるそうです」
『雲竜…』
地中に溜まった水が地熱で温められ、噴出する現象だと聞いたことがある。高く高く吹き上がる水飛沫が、空に昇っていく竜のように見えることからそう呼ばれているらしい。
竜か……。大人になったら僕も竜型になって飛べたりするのかな。
そんなことをぼんやり考えていた時だった。
ヒュン!と空気が唸るような音がして、足元に何かが刺さった。驚いて下を見ると、地面に矢が刺さって揺れている。
「レピ様!」
レイに腕を引かれて慌てて上を見ると、水柱を切り裂くように茶と黒の斑な矢羽が次々とこちらに向かって飛んでくるのが見えた。
あ、これ死ぬのかな。
観念して首を竦めたが、余裕の表情で飛んで来る矢を全て剣で払ったレイが、姿の見えない相手に向かって怒鳴った。
「やめろ!出てこいアデーレ!」
何が起きたか分からない僕が呆然と突っ立っているうちに、頭上からばさばさと羽音が聞こえ、視界を影が覆う。逆光を背負ったその姿はかなり大きい。
やがて、ふわりと舞い降りたのは、羽の生えた女性。羽!?
キリリと結い上げた真っ直ぐな黒髪にきつい光を放つ釣り気味の黒い瞳。レイと同じか少し低いくらいだが、とても背の高い女性だ。
手には大きな弓を持ち、簡素な革のビスチェを身に着け、目のやり場に困るような短いズボンを穿いてブーツに包まれた長い足を惜しげもなく晒している。
「あら、あたしの名前覚えてたの?」
紅い唇から投げつけるように出たのは蔑むような声と言葉。
僕がこっそりレイを見上げると、彼は気まずそうに目を逸らして彼女に言った。
「久しぶり……」
ええと……。これはどういう状況?
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