けついの言葉

『いい加減にしろ!!』


 怒鳴れるものなら怒鳴っていたが、そうもいかずに僕は指を鳴らした。旋毛風が巻き起こり、3人を軽く吹き飛ばす。

 地面に尻もちをついた狼と仔豚は、何が起きたのか分からずポカンとしている。

 しかしすぐさま気を取り直したディルとレイが駆け寄ってきて、滑り込む勢いで平伏し地面に額を打ち付けた。


「申し訳ございません!レピ様ぁ!」

「お見苦しい所をお見せしましたぁ!」

「いや待てお前ら。人前だぞ」


 魔法使いの呆れた声にも勢いは止まず、額を赤くしたディルが憎々し気に後ろを振り返った。


「あれは人ではありません!」

「なんだとこの犬っころ!!」

「犬じゃねえ!狼だ!」


 あ、また阿呆な喧嘩が始まりそう。僕は再び指を鳴らした。3人の頭上から大量の水が降る。頭を冷やせ。

 僕は魔法使いの袖を引いて、この場を治めるように促した。


「あー……。うちの息子が怯えるから喧嘩はやめてくれるかなー」

『怯えてない』

「なんだ!?何が起きたんだ!?」

「さすがレピ様!」

「素晴らしい!!」


 状況の飲み込めてない少年と、なぜか感激している双子狼。魔法使いは頭痛を堪えるように額を押さえた。


「………とりあえず町に行こうか」


◇◇◇◇◇


 トラシュレオンの町は、お師匠さまの森からさほど遠くないので、僕も何度か訪れたことはあった。大きな街道の通過点なので、メインの通りには宿屋や食堂、雑貨、服、武器防具の店が立ち並び、食べ物を売る屋台などでそこそこ賑わっている。

 もっともその時は、お師匠さまの荷物持ちや軽いお使い程度でなるべく目立たないようにしていたので、自分が主体で来るのは初めてだ。


 ここで必要なものを揃えて長旅に備えるつもりだったが、なぜか僕たちは少年の父親が営んでいたという店に行くことになってしまった。

 少年は猪と酒樽の絵の描かれた看板の下で立ち止まると、使い込まれた丸い木の扉を大きく開いた。


「ここが父ちゃんの店『猪の祝日亭』だ。今は母ちゃんと弟たちと一緒に切り盛りしてる」

 

 一家の稼ぎ手がいなくなったからといって、残された家族も生活の為にいつまでも悲しんでばかりはいられない。

 まだ開店前であろう店の厨房の奥から、女性の声がした。


「マイノ!どこ行ってたんだい、仕込みを手伝っとくれ」

「ごめん、母ちゃん。お客さん連れてきた」

「あらあら。まだ開店前だから何もお出しするものはないよ」

「お構いなく」


 のっそりと現れた雄牛のような大男と、屈強な若者2人、それにひょろひょろの僕が加わって、少年によく似た福福しい母は目を丸くする。

 しかし軽く鼻をうごめかして、表情を強張らせた。


「うちは狼お断りだよ」

「母ちゃん、この2人は多分悪い奴じゃない」

「分かるもんか」


 獣人は鼻が良い者が多い。匂いで分かったらしい。

 拳で語り合ったのが効いたのか、少年は警戒心をあらわにする母親を宥めるようなそぶりまでする。


「旅の商人とその護衛だって。あの子は商人の息子」

「ふーん………ちょっと待って、その子……」


 あ、なんかイヤな予感。聚合の魔法使いほどではないが、僕も認識阻害は使える。町に入る前に使っておけば良かったけど、あの騒ぎですっかり忘れていた。

 狼たちの後ろに隠れる頃には、少年の母はもう顔を覗き込めるほどに間近に来ていた。

 

「珍しい匂いがするわ。あんたたち、どこから来たの?」

「ああ、奥さん。この子は言葉が不自由で……」

「あらそうなの?ごめんなさいね。こんな田舎の町じゃ嗅ぎなれない良い香りがするから、つい」


 匂いで種族判別するって獣人の間じゃ普通なのかな……。人間と魔女としか接してこなかった僕には軽いカルチャーショックだ。

 魔法だけじゃなくて獣人のことももっと学んでおけば良かった。


 これ以上の詮索を避けるために、僕は首を傾けて、にこっと笑った。これをやると、商店街のおねえさんに何故かたくさんオマケをしてもらえる。

 果たして、少年の母親も少女のように頬を染め、ぷくぷくとした掌で、魔法使いの丸太のような腕をバシバシ叩いた。


「ほんとにあんたの子なの!?全然似てないわね!」

「親子で似たようなことを……」

「まあいいわ、何もないけどゆっくりしていきなさいよ。マイノ!あんたは手伝い!」


 僕はにこにこしながら丁寧に頭を下げ、突っ立ったままの魔法使いを小突いた。

 これからどうすんだよ。と、半眼で睨むと、男は奇妙なものを見る目つきで僕を見下ろした。


「お前……けっこういい性格してるな」

『ふん』


 僕は鼻を鳴らしてそっぽを向いた。お師匠さまの前以外では従順でいる必要なんてない。

 決めた。使えるものは使わなきゃ。獣人のことも旅の間に学ぼう。


 そして、一刻も早くお師匠さまの森へ戻るんだ。

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